平凡な女が素敵な旦那様を手に入れる犠牲とは?
今日という特別な日のための真っ白な衣装に、赤黒い物が付着した。
二週間後に結婚式を控えてユリアナは浮かれに浮かれていた。
旦那様になるダルトェイは本当に素敵な人で、皆にうらやまれるほどだった。
プラチナバイオレットの髪色に、青磁色の瞳に見つめられると、自分を保っていられないほどに狂わされるような気がする。
結婚式を前にダルトェイが。美しかった髪を切った時、私は叫び声を上げてしまった。
「あんなに美しかったのに、どうしてっ・・・?!」
そんなふうに嘆いて惜しんで、切り落とした髪を私は懐紙に包んで、大事にとっておくことにした。
普通は女性にすることかも知れないけれど、そうしても不思議ではないほど美しい髪だったのだ。
ベッドの上で、彼の髪に口づけるのを楽しみにしていたのに、残念でならなかった。
「どうして髪を切ったの?」
「男の髪に長さは必要ないからね。結婚を機に短くしようと思っただけだよ」
と私にウインクして、頬にキスを落としてくれた。
ダルトェイは誰が見ても美しいと証言するほど美しい人だったけれど、私は、平凡中の平凡だった。
見る人によっては可愛いかも?とクエスチョンが付く程度で、私が婚約者で本当にいいのかとダルトェイに何度も尋ねてしまうほどだった。
「ユリアナの内面を好きになったのであって、外見はどうでもいいんだよ」
そんな風に言ってくれて私は世間の厳しい目を撥ね返しながら、ダルトェイの隣に立つ権利を勝ち取っていた。
結婚式の十日前から、ささやかだけれど、私を喜ばせる贈り物がダルトェイから贈られてきていた。
この国ではまだ珍しいガラス瓶に入った飴玉だったり、美しい便箋だったり、お風呂に入れるバスボムだったりした。
毎日ありがとうと、もらった便箋でお礼の手紙を書くと、ダルトェイが夜遅くにも関わらず、我が家へとやってきた。
「遅くにごめん。手紙をもらって慌ててきたんだ。僕が贈った贈り物じゃないんだ。だから決して受け取らないで。使わないでほしいんだ」
と、言ってきた。
我が家は騒然として、今まで送られてきたものをダルトェイに見せると、何かを考え込み始めた。
「何か心当たりはあるかい?」
そうダルトェイは聞いてきた。
私には何の心当たりもなかったので、首を横に振り「心当たりはないわ」と伝えた。
ダルトェイが「調べてみるよ。僕は直接しかプレゼントは贈らないことにするから、決して受け取らないで」と言われて、私は頷いた。
何か解らない気持ち悪さに背筋が震えた。
送られてきたものはダルトェイに渡して、髪にキスをされて「不安がらせてごめんね」と言って帰っていった。
結婚式が日一日と近づいてくる。
心がはずんで、結婚式の日が待ち遠しくて仕方ない。
ダルトェイは、手紙は送ってくれるけれど、忙しいようで、会いには来てくれない。
少し寂しいと、メイドにこぼした。
「会えない時間はよりいっそう強く好きな方を思う為の時間なのですから、それもまた楽しんでください」
そんな風に励まされ私はダルトェイのことを思いながら、その夜も素敵な夢を見ようと夢の世界の住人になった。
会えないまま結婚式当日になり、ダルトェイはもう式場に入っていると聞くと「もういらしていますよ」と式場の人に微笑まれた。
ほんの少しだけ結婚式に来てくれないのではないかと思っていた不安が消えた瞬間だった。
結婚式前に新郎と新婦が会うとよくないらしくて、会いたいのに会えない寂しさを結婚式までの我慢。と自分を慰めていた。
結婚式の開始の時間が近くなり、心臓がドキドキする。
お父様も緊張しているのか、何度もネクタイを触っては、歪ませている。
「お父様、落ち着いてくださいませ」
「そ、そうだな・・・解ってはいるんだが、落ち着かなくて・・・」
ドアがノックされ、私と父が呼ばれた。
「あと少しで私の可愛い娘が他所の男に取られるのかと思うと、悔しくてならないよ」
「お父様・・・今までありがとうございました。私は幸せになります。今までと同じように見守っていてくださいませ」
「ああ。もちろんだとも」
父の目尻の深いシワに、私が色々苦労かけたせいだろうかと、少し反省した。
閉じられた扉の前で父の腕に手を添えて、扉が開くのを待った。
扉が開かれ、私の進行方向には、こちらを向いて待っていてくれるダルトェイが立っている。
彼の元に早く辿り着きたくて、足が勝手に急いでしまう。
父は苦笑して、私の手をポンポンと叩いて、私を落ち着かせる。
父の顔を見て、薄く笑い、ゆっくりと歩く。
父がダルトェイに渡す時「娘を頼むよ」と言い「解りました」とダルトェイが笑顔で答えてくれて、私の胸はいっぱいになった。
滞りなく式は進行していき宣誓書にダルトェイがサインする。
突然後方から「この結婚に反対いたします!!」と女性の声で聖堂に響く声が上がった。
私が驚いて後方を振り返ると、声の主は私達の方に向かって歩いてきているのだけれど、なにか袋を持っていて、そこから赤黒い液体がポタポタと落ちている。
私達のすぐ前まで来て生臭い匂いがする袋の中身を私に向けて振りまいた。
なにかの塊がポンポンと私のドレスに当たり床に落ちた。
それは掌ほどの大きさの何かだった。
この異様な光景に目が離せなくてじっと見てしまう。
それはなにかの生き物の死骸だった。
頭が大きく手足があって指が・・・人間の赤ん坊だと気がついた。
私のドレスには赤黒いシミが広がっていく。
恐怖のあまり声も出せないまま口だけ開けて叫んでいた。
ダルトェイは私の前に出て何かを怒鳴っていたが、私の耳にはまともに聞こえていなかった。
ダルトェイの白いズボンの裾にも赤黒いシミが目の端に映る。
足元に落ちている小さな赤ん坊から目は離せず、私は声無き叫びを上げ続けていた。
母が私の様子に気がついて私をその場から離してくれて、控室に入るなりドレスを脱がせてくれた。
そして私はやっと叫び声を上げることが出来た。
母に抱きしめられ背を擦られて「大丈夫よ。もう大丈夫」と慰められた。
結婚式はそのまま中断となった。
投げつけられた赤ん坊は本物の赤ん坊で堕胎された子だと後に解った。
女は「ダルトェイの子だ」と言い、ダルトェイは「その女の事は知っているが絶対に私の子ではない」と身の潔白を私に告げた。
その子供が誰の子であれ結婚式の最中に堕胎された赤ん坊をぶつけられた私はどうすればいいというのか。
女が狂っていたのかどうなのかは私には解らない。
赤黒く汚れたウエディングドレスは二度と着ることは出来ない。
一生の思い出が血塗られたものになってしまった。
父がダルトェイに関係ないのか調べたところ、ダルトェイとは本当に関係はなかった。
いや、関係はあった。
一方的に言い寄られ付き纏われていた。
私は全く知らなかった。
けれど多くの証言でダルトェイが拒絶していたことが解った。
ダルトェイが髪を切った理由はあの狂った女がダルトェイの髪を掴み、ナイフで一部を切り落としたせいだった。
その目撃者は多く一度は憲兵に捕まっていたことも解った。
ダルトェイにとっては顔も見たくもない女だった。
なら堕胎された赤ん坊は誰の子だったの?
女は狂ったように楽しげに笑う。
「これでダルトェイとあの女は結婚できないでしょう?ダルトェイは私のものよ」
牢の向こうにいる女は笑ってダルトェイと父に向かって言ったらしい。
赤ん坊のことも調べたけれど狂った女の赤ん坊だったのか、堕胎された赤ん坊をどこからか盗んできたのか、どれだけ調べても解らないままだった。
女はあっさりと牢から出された。
状況的には大したことはしていないと判断された。
ただ赤ん坊のことだけは頑として口を開かなかったので通常よりかは長く勾留されたらしいが、それでもたった十日ほどのことだった。
女の両親が慰謝料として私達に大金を払い、二度と娘を私達に近づけないと約束して事件は終わってしまった。
私とダルトェイは何度も何度も話し合った上で、新しいウェディングドレスを着て、別の教会で親族だけの小さな結婚式を挙げた。
けれど私が出来たのはそこまでだった。
初夜に触れ合うことが恐ろしくて、ダルトェイを強く拒絶してしまった。
ダルトェイに触れられると私のドレスに当たりポトンと落ちた赤ん坊が目に浮かんでしまう。
一度拒絶してしまうとただのキスですら触れ合うことができなくなってしまった。
ダルトェイも、始めは、私の気持ちも解るからと言って、優しく接してくれていたが三ヶ月が経ち、半年が経った頃には、ダルトェイは諦めた。
ダルトェイは少し悲しそうな顔をして「あの女の思う通りになったね」と言い、離婚を切り出した。
私はそれを受け入れ離婚届にサインをした。
その後、私は修道院へと自ら入り堕胎された子供の冥福をひたすら祈った。
祈りを捧げて一年が経ち、二年、三年が経って私はやっと外に出る覚悟が出来た。
門の前には両親と、ダルトェイが待っていてくれた。
私はダルトェイに抱きつき何度も謝った。
「傷ついたのは君だから」と言ってくれて温かく私を迎え入れてくれた。
半年後、私はダルトェイと再婚した。
今度は初夜を終えることができて、ダルトェイの腕の中で幸せな目覚めを迎えることが出来た。
それからは触れられることに恐れを抱くことはなかった。
けれど私は毎日神に祈りを捧げる。
あの赤ん坊が今度は幸せになれるように。
私達の子供が不幸なことにならないようにと。
も、もしかしてホラー案件でしょうか?!・・・。