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1、神楽坂茉莉花は脱却したい (1)

四月下旬。入学して二週間が経とうとしている今日この頃。


私、神楽坂茉莉花は人生最大級の不幸な目に遭っていた。


「ねぇ聞いた⁉ 神楽坂茉莉花、また人の彼氏とったんだって!」


「嘘⁉ 今度は誰の⁉」


「隣のクラスの七瀬さんの彼氏! 昨日デートしてたらしいよ!」


「うわっ! 水沢君と⁉ サイテー! これで何人目よ!」

「確かもう五人目じゃない? ホンット、よくやるよねぇ? ちょっと可愛いからってチョーシ乗りすぎー」


聞こえてる、聞こえてる、聞こえてる! 教室後方からの集中砲火が! 悪口なら本人のいないところでやってよ! 傷つくよ! 可愛い女の子から投げられる石ほど痛いものはないんだよっ!


……まぁ恐らく、あの子達は下らない偽善で私に聞かせたいのだろうけど。


ストローを口に挟み、紙パックの牛乳を啜る。もう十年以上牛乳と共に生きているけど、成長期の兆しすら見えない。


それでもやめない。例えお腹を壊して、五限の授業中にトイレに籠ることになっても、身長があとに十センチ伸びるまでやめない。


そう。神楽坂茉莉花は絶対に諦めない女なのだ。


「ちょっと! 神楽茉莉花ってどいつ⁉」


驚きのあまり、肩が飛びあがる。ドスの聞いた女の子の声は私の名を呼んでいた。……呼ばれるなら、もっと甘い声で囁いて欲しい。


「……わっ、私です」


ゆっくり振り返ると物凄い剣幕の上級生が三人、ドアの前に立っていた。


ああ、死んだ。ついに上級生にまで目をつけられたか……。


コギャルという言葉がしっくりくる三人は、私をキッと睨みつけ、こちらに寄ってきた。


「あんた、私の彼氏に手ぇ出したでしょ⁉」


「……いいえ」


ドンッと机を叩かれる。ひぇぇ…・・・そういう趣味はないんですぅ……。


「嘘つかないでよ! じゃあ私の彼氏が嘘ついたっていうの⁉」


知らねぇよ! まず貴方の彼氏を!


先程のクラスメイトの悪口だって誤解だ。


昨日の放課後、昇降口の前で私を待っている男の子が告白してきた。無論速攻で断った。しかしヤツはしつこく、校外まで付いてきた。


本当は回し蹴り決めて急所を潰したかったけど、学校付近では生徒も多いので下手な真似は出来ない。恐らく優しい言葉で拒絶しながら歩いているところを見られたのだろう。最悪だ。


先輩が今言っている『私の彼氏』もそんなところだろう。何故見ず知らずの男にここまで人生を乱されなくてはならないのだ。マジで見つけ次第殴る。……まぁもう顔も名前も覚えていないから、見つけられないけど。


そう。神楽坂茉莉花は男に興味も関心もないのだ。


「はい! だって私手なんかだしてないです!」


でも出していいなら、私は貴方に手を出したいです! ……という本音を隠し、先輩を睨む。こういうギャル系の先輩と美術館とかに行きたいという本音を隠す。う、うん。我慢だ。だから留まれ、私の妄想。


ここで怯んではいけない。罪のない女の子を睨むなんて一生の不覚だが、ここで否定しなければ、私の評判はもっと下がってしまう。


それだけは嫌だ! チヤホヤしてくれる女子がいない上に友達もいない今の状況をなんとか脱却しなければ!


「はぁ⁉ だから嘘つくなって言ってるでしょ!」


「ぎゃっ!」


容赦なく私のツインテールを掴み上げる先輩。……何ならそのまま引きちぎって欲しかった。こっちだって好きでロングヘアをやっているのではないから。


「二度と伊吹に近づくなよ⁉」


誰だよ、伊吹! 言われなくても私からは近づかねぇよ! 望んでもないのにくっせぇものぶら下げた男から近づいてくるんだよ!


はぁ……どうして私はこうなんだろう……。好きでこんな超絶可愛いアイドルフェイスをしてる訳じゃないのに。


うん。もういっそのこと整形をしよう。あとインドで性転換。そうすれば少なくとも今よりはいい状況になるだろう。


色々なものを諦めたその時だった。


「あの。先輩方うるさいです」


窓側一番後ろの席から一際低い声が教室に響く。


マジか……アイツかよ……!


きっと今の私の顔は、史上最大級のおぶすフェイスだっただろう。


「く、胡桃くんっ⁉」


上ずったような高い声を発した先輩は慌てて私から手を放す。


どうして私と話すにそういう声を出してくれないんだろう。あーあ……めっちゃいやになる。


「後輩の教室で騒がないで下さい、迷惑です」


 チッ……いつの間に戻ってきたのだろう。いつも昼休みが始まると、逃げるように教室を出るくせに。


「ち、違うのっ胡桃くん! これには事情が……」


 もう私なんかに興味がないのか、先輩は胡桃の方へ駆けより、へこへことごまをする。先程の威勢はなんだったんだ? 二重人格かよ。


イケメン相手だとそうも態度が変わるのか⁉ ああ⁉


「とにかく目障りです。さっさと教室、戻って下さい」


 胡桃は一度も得線を上げず、ペンを握ったまま先輩を邪険した。私はその態度が気に喰わなくて仕方ない。


「う、うん……ごめんなさい……」


 背筋は曲がり、しょぼくれた様子の先輩は大人しく教室を出た。おいおい、私に謝罪はないのかよ……! クソ……なんかムカついてきた……。ポリシーに反するが、一発ぐらい殴ってやればよかった。勿論、本気は出さないけど。


「胡桃くんっ! いつからいたの⁉ 私全然気づかなかったよー!」


「……………」


「胡桃くん、ずっと勉強してたの? 私お弁当作りすぎちゃったから一緒に食べない?」


「…………」


「胡桃くん、今日放課後空いてたりする……? よければカラオケ行かない……? あ、勿論二人じゃないよ⁉ と、友達沢山呼んでいいか

らっ……!」


「…………」


 いつの間にか胡桃の席に群がる女の子たち。恐らく隣のクラスの子も混じっている。ハッキリ言って羨ましいことこの上なしっ! 


 胡桃海斗。彼はまさに私の目指すハーレム国の王子に直結する外見を持っている。


身長180センチ。スタイルも良い。帰宅部だが運動神経はよい。祖父が病院の経営者であり、将来医者になるとかならないとか。成績は上位。この間の中間テストは一位だったらしい。


一方私、神楽茉莉花。身長153センチ。体重47キロ。超絶可愛いアイドルフェイスと兄に共有されたツインテールが特徴のただの美少女。……はぁ。


私はこの男が、大っ嫌いだ。私の欲しいものを持っているのに、女の子に優しく出来ないコイツが大っ嫌いだ。


女の子は常に無視。女の子に優しくない癖に女は離れない。なんだそれ! 死んでしまえばいいのに! それかそのハーレム国を私に受け渡せ!


「はぁ……」


神様は不公平だ。毎日二リットル牛乳を飲んだのに背は伸びない。ダイエットしても男が寄るだけ。毎日十時間勉強しても、中間テストは学年二位。きっと、私の夢は一生叶わない。


こうして指を咥えて麗しの女の子達を眺める。それが私の人生なのだ。





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