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変態教師

 端正な顔立ちを一層際立たせるような、優しい笑顔。艶のある肌にくりくりとした丸い目、弾力のありそうな唇は不思議と触りたくなる。

 少女と無言で見つめあってから、柊季はそんなことばかりを考えていた。彼女は既存のため、もちろん他意は無いのだが。


「お悩み相談、ですかね?」


 先に口を開いたのは少女の方だった。少女から目線を逸らすように俯き加減だった柊季は、慌てて瑠璃色の瞳に視線を合わせる。


「あ、いや……それは口実というか、長宮の奴が勝手に言ってるだけで。俺は部活動見学に来ただけだ」


 少女は一瞬考える素振りを見せたが、納得したのかぽん、と手を叩いた。


「なるほど、事情はわかりました。ですが……」


 続きを躊躇って苦笑いをする少女に、柊季も同じく顔をひきつらせる。

 悩み相談と言っても解決できる事柄ではないし、第一、長宮にも隠そうとしていた位だ。ましてや他人に易々と言える訳じゃない。


「ここ、入部は中学生限定なんです」

「は?」


 もう一度顔を見返してみる。

 どこかあどけなさの残る幼い顔……そして、どこか無理をしているような、渋い表情。

 部室の場所を考えると、合点がいく。


「もしかして、後輩……?」

「はい。合奉館中学二年、JC部部長の桐生瑞希きりゅうみずきです。折角来てくれたので、お悩み相談位なら」

「いや……遠慮しとく。急に押し掛けて悪かった」


 自己紹介までさせておいて本当に申し訳ないと思う。だが同年代……及び先輩ならまだしも、後輩に、中学生に相談を持ちかけるほどプライドは低くない。最も、卑屈はあるのだが。

 思いきって踵を返すと、前には四角の眼鏡をかけた、小太りの冴えないおじさんの姿があった。


「話は聞かせてもらったよ、立花くん!」

「……先生」


 万年ジャージ姿の変態。いつしか生徒にそう呼ばれるようになった男の名は、坂畑一夫さかはたかずお

 行動・発言共にグレーゾーンの割には、節度をわきまえている……自称紳士。

 柊季とは一年間の付き合いで、去年担任を受け持っていた。


「ここは僕が顧問を務めるJC部の部室……つまり聖域!……いや神域だよ! だから最終決定権は僕にある。柊季君、君には入部を認めよう」


 中学生と一緒に、部活。しかも女子と。

 昨日までの桜が聞いたら卒倒しそうな内容に、柊季はノーと首を振る。


「なんだかめんどくさそうなので、遠慮しときます」

「……待って」


 早足で部室を後にする柊季を呼び止めたのは、坂畑ではなく桐生の方だった。


「せめて、悩みだけは聞かせて。じゃないと」

「じゃないと?」

「JC部が何もしてないように見えるじゃない!」


 先程までとはうって変わり、眉を釣り上げて頬を軽く膨らます桐生。それならば、微笑みのぎこちなさにも合点がいく。


「実際何してるのかわからないしな。あと、猫被ってたのか」

「何って、奉仕活動に決まってるじゃない! 部名と顧問のせいでそういう、ほら、あーいう感じの活動っぽく聞こえるかもしれないけど……あと、第一印象は大切だから」


 もしかすると、長宮にはいかがわしさの方に目的が向いていたのかも知れないな。


「まあいいわ、お悩み相談始めるからそこに座って?」

「いや、遠慮しとく。言いたくないことだ」


 対面の席に誘導する桐生を尻目に、柊季は今度こそ部屋から一歩踏み出す。だが、坂畑がそれを許さなかった。


「もしかして、桜ちゃんと別れちゃった?」

「え、は!?」


 図星かぁー、と額を抑える坂畑に動揺し、危うく腰を抜かしそうになる。多少なりとも桜と言葉を交わす長宮ならまだしも、先生が、ましてや中学校で担任だった男が知っているのは想定外だ。

 モテる女の噂は流れるのが早いな。


「いや……そもそも何故先生が付き合ってることを」

「まあいいから座ってよ。ミズキちゃんはここの部長だし、どんな悩みも解決できるよ!」

「そういうこと。大船に乗ったつもりでどんと来なさい!」


 バレてるなら仕方ない……と経緯を要所だけ切り取って桐生に話した。彼女は終始うんうん、と頷いて聞いていたが、内容が内容なために、解決できるとは到底思えない。


「ふむふむ、なるほどー。それで、その桜さんの本当の思いが知りたいと」

「まあ、仲直りしたいってのが本音かな」

「ぶっちゃけ直接聞けないってチキンだよね」

「やめい」


 突然の罵倒にも反応できるのは、経験あってこその物か。桜と付き合っていれば、周りの評価も自然に―――いや、今はそんなことを考えている時ではない。


「ではその悩み、この私、桐生瑞希が解決してあげましょう! そして解決できた暁には、ここの部員になってもらいます」

「……わかった。よろしく頼む」


  柊季と桐生が固い握手を交わす様子を、坂畑は羨ましそうに眺めていた。

 柊季はそもそもJC部に入る気など毛頭ない。だが、相手の提案を受けた理由は、仲直り―――基い復縁が絶対に叶わない事柄であるからだ。

 何故ならば柊季は頬をぶたれる前日―――二人が結ばれるきっかけとなった学校の屋上で、桜と別の男が一緒にいるのを目撃しているからだ。

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