ようこそ、JC部へ!
「はぁ~あ……」
桜舞い、新入生を祝福するかのような晴天の下、静かに新学期が始まった。
中高一貫で高校へと進学した柊季たち一年生は、教室どこを見回しても変わらぬ顔ぶれに普段通りの期待や興奮を露にしている。そんな中、柊季はため息と共に不健康な顔に拍車をかけていた。
「どうしたんだよ、さっきからため息ばっかり」
「長宮か……今は触れないでくれ」
「そうか。じゃあ一つ、別の質問いいか?」
「……おう」
「大森さんと何かあった?」
「質問変わってねえよ」
長宮一徹。薄いベージュ色をした髪に、完璧とまではいかないが整った顔立ちをした、柊季の中学からの数少ない友人の一人だ。誰とでも気さくに話せて運動神経も決して悪くないのだが……天然というか、純粋な所がたまに傷である。
「じゃあ話してもらおうか」
長宮は一度気になったら最後まで追求してくるタイプなので、乗り気では無いことを表情で訴えながら重々しい口を開く。
「あーなるほど、そりゃ大変そうだな」
「他人事だな」
といいつつも、淡白に話を切られた方が柊季にとっても楽だ。自分の領域にずかずかと踏みいられるのは嫌だし、したくもない。それが二人の共通認識であり、友人の定義だと言える。
もちろん、一般的にはずれているのだが。
「とりあえず運動部でも入ってストレス発散でもしたら?」
「俺が運動嫌いな事は知っているはずだが」
「まぁまぁ。とりあえず、色々見学に行こうぜ」
「今日は入学式だし、どこもオフじゃないのか」
「それもそうだなー、だったら目星だけでも」
今日が普段の新学期と違う所は、部活動が新しくなる所だ。中学の時は無かったような部活動が増えたり、逆に無くなったりもする。
そして、部活動の義務化。
これまで柊季のように無所属だった生徒も、必ず一年間は何処かに所属しなければならないという面倒なルールだ。
長宮は中学からの剣道を続ければいいだけだが、先の発言や後方の黒板から持ってきた部活動一覧のプリントを見るに、新たな部活を選ぶつもりだろう。
「ほら、こっちが運動部で、こっちが文化部」
長宮が柊季に手渡した二枚のプリントには、部活名と活動内容が書いてあった。当然、柊季は文化部の方を手に取る。
「ええと……おいこれ、いくらなんでも多すぎやしないか」
ぱっと見だけで、ざっと十数の欄がある。それはJRCや科学、吹奏楽や軽音楽といったメジャーな物からマッスル部や覚醒部といった訳のわからない物まで多様だ。
「一応聞くが、そっちはどうだ?」
「ん? 運動部は前とそう変わらんよ。カバディやモンゴル相撲が増えたくらい?」
「この学校は何を目指しているんだ」
柊季は目にかかった前髪を右手でわざとらしくかき上げ、ため息を溢す。
謎の部活は活動内容を見ないとわからないので(見てもわからないが)、今日見学ができるところを二人で一つ一つ探していく。
「一つだけ今日見学可能な所があるっぽいぞ」
「ん、どれどれ……本当だ。しかもお悩み相談ときた、こりゃあ行くしかないっしょ」
「いやまて、まだ入ると決めた訳じゃ」
「見学だからいいだろ。とりあえず、な」
行動力のある長宮に引きずられるようにしてその部活動へと向かう。互いに細身の体型だが、日々の登下校で培った脚力は剣道とは比べ物にならないほど貧弱であったと知った。
……まあ中には登下校を含むので当然と言えば当然なのだが。
随分長く歩いたと思えば、そこには見知った廊下や教室群が広がっていた。
「……おい、ここって」
「中学校だな」
そんなはずはない、と長宮からプリントを奪うと、確かに中学校の二階、空き教室と記されている。
その横に気になる一文を添えて。
「中学生女子限定……?」
「細かいことは気にするな、ほら!」
長宮はドアを開くと同時に、柊季を中へと突き飛ばした。柊季はよろけながらも顔を上げると、顔付きは幼いでいて―――それでもって制服が似合う、桃色の髪を肩まで伸ばした端正な顔立ちの少女が驚いたような視線をこちらに飛ばしていた。
「あーすみませんドタバタしちゃって。部活動見学に来ました」
少女は一瞬たじろぐような素振りを見せたかと思うと、すぐに余所行きの美しい笑顔を見せた。
「ようこそ、JC部へ! 貴方の為にご奉仕します!」
長宮は呆気にとられている柊季の背中を軽く叩き、室内へ足を踏み込む。掃除の後だろうか、床は埃一つ無く清潔さをアピールしており、棚には様々な本が綺麗に揃えられている。そこに天使の生まれ変わりか、とも思える美少女がいるため、不健康な容姿の柊季はなんとも居たたまれなくなった。
そんな様子を察してか、コミュ強である長宮が軽々しく口を開く。
「JRC部じゃなくて、JC部なのか?」
純粋に首を傾げる長宮に対し、さも当然かのように少女は頷く。
「といっても、活動内容はそんなに変わらないんですけどね」
口を抑えて微笑する少女に、思わず顔が綻びそうになる。あんなことがあった後だ、仕方がないと言えばそれまでなのだが。
柊季のそんな様子を見て、長宮は歯を見せて笑う。
「まあ俺は二次元にしか興味ないが……お前も彼女いるんだしほどほどに――」
長宮は、柊季の刺すような目付きに、両肩を抱えておどけて見せた。
「ええと、ご用件は……」
「こいつの入部兼お悩み相談をお願いしまーす」
「お、おい勝手に」
「え!? あの、ええと」
「そういうことで、俺の友人をよろしくお願いします。では!」
「待てよ長宮―――!」
廊下へと消え行く長宮の背中に伸ばされた柊季の腕は、叫びと共に空を掴んだ。
気まずい雰囲気を残したまま、中学生の女の子と二人きりのお悩み相談が始まるのだった。