サタナエル編2-2
テンペルはシベリア人の宗教共同体である。テンペルでは兄弟愛が推奨されている。
テンペルの信徒は同じ兄弟姉妹として同一の共同体に入ることができる。
テンペルでは現世を天界・地上(人間界)・魔界に三区分し、来世を天国と地獄に区分けする。
聖堂ではディオドラがオルガンを奏でていた。美しい旋律が聖堂の中に響きわたる。
「隣、いいか?」
アンシャルがディオドラに尋ねた。
「兄さん、どうぞ」
「ありがとう。あいかわらずおまえの演奏は美しいな」
アンシャルはディオドラが奏でる音に耳をかたむけた。
アンシャルは妹ディオドラが奏でる演奏は実に美しいと思った。ディオドラは演奏を続ける。
アンシャルは博学だった。アンシャルにとって知的好奇心は尽きることがなかった。
テンペルの兄弟姉妹からは聖堂博士とみなされていた。その上、一流の剣士でもある。
セリオンに剣術を教えたのはアンシャルである。
最近はアンシャルとディオドラは一緒にいることが多くなった。
セリオンがエスカローネと結婚し、独立したからだった。ディオドラの美しい演奏はアンシャルに時間を忘れさせた。そこにセリオンが帰ってきた。
「ん? セリオン」
「あら? セリオン、帰ってきたのね」
ディオドラは演奏をやめた。セリオンは険しい表情で聖堂に入ってきた。
「セリオン、どうかしたのか?」
アンシャルが尋ねた。
「俺は軍の旧基地で、悪魔と戦った。その悪魔の名はサマエル」
「悪魔と戦っただと?」
「ああ、サマエルは言った。サタナエルが復活すると。そして地上に帰ってくると」
「しかし、サタナエルは死んだはずだ」
「ああ、俺もそう思う。だがサマエルが嘘を言っているようには思えなかった」
信じがたいために、沈黙が流れた。
「また、戦いになるの、セリオン?」
「母さん……また新しい戦いが起こるかもしれない」
ディオドラは心配そうに。
「セリオン、あなたは死んではだめよ。あなたにはエスカローネちゃんがいるんだから。あなたの命はあなただけのものではないのよ」
「分かってる」
「どうやら、戦いの兆しがあるようだな。悪魔サマエルが何を考えているかは分からないが、気を付けておいたほうがいい。スルト団長には私から報告しておこう」
アンシャルはその場を離れた。
「サタナエルが復活する……俺には信じがたいことだ。あいつは確かに死んだ。それにもかかわらず、死を超えて復活するという……」
「サタナエルの存在はあなたの宿命よ。サタナエルが復活するのならあなたは再び彼と戦うことになるのね。私は正直心配よ。私にはあなたが生きて帰ってくることを祈ることしかできないから……」
「安心して。俺はあいつに殺されはしないさ。必ず勝ってみせる。約束するよ」
魔界――砂上の宮殿。
「ふう……」
サマエルは魔界にある自らの宮殿の一室に戻ってきた。
「サマエル様、お戻りになられたのですね」
「アナト Anat」
アナトはサマエルに一礼した。アナトは先の整った長い茶色の髪に深紅の服、ミニスカートを着ていた。
「セリオンに会ったよ。彼を倒した男にね」
「それで、いかがでした?」
「セリオンは強いね。さすがにあの彼を倒しただけはある」
「次なる手はいかがいたしますか?」
「そうだね。彼が復活する喜ばしい時だ。ぼくたちとしても、この劇場に参加しないわけにはいかないね。フッフフフフ。第二幕が上がる。主役はセリオンとサタナエルだけれども、ぼくたちも敵役として活躍しないといけないね。第二幕は大きく派手にいこうじゃないか。アナト、君にはあの二人の修道女の娘をさらってもらいたい」
「二人の娘ですか?」
「そうさ。セリオンをまるで兄のように慕っているあの二人の娘だよ」
「はい、お任せを。二人の標的を確保してごらんにいれます」
「頼んだよ」