意味もなく組織に潜入するのが趣味の僕はおかしいですか。
なにも恐れるものはないといった風で先頭を突き進む“今回の”上司の後に続き、進んでいく帝国の軍服姿をした周りの人間に合わせて、僕も石でできた階段を昇っていく。
ここで重要なのは、周りと同じようにいかにも上司を信じきっています、という顔をすることだ。ただ、心酔しきった顔は良くない。
あくまでも周りと足並みをそろえて目立たないことが大切なのだ、そう僕にとっては。
◆◆◆◆◆◆
少し薄暗かった階段を昇りきり日に照らされた明るい場所に出るとそこは数十人は並べる大きなテラスになっていた。
ここは帝国の国境近くにあるこの都市において、中央に位置する高い建物のため、都市が一望できなかなかの絶景だった。
その光景に思わず顔がにやけて緩みそうになるのを我慢し、皆と同じように前を見る。
我らが上司の前、テラスの端には、こちら背を向けて街を見下ろすようにして黒髪の若い男が立ち、そして、その男の側には若い女性が二人、こちらを厳しい目で睨んでいる。
二人とも顔立ちからすると、年の頃は僕と同じ十代後半ぐらいか、その前後。表情は冷たいものの、顔は整っており、街中を歩いていれば多くの人間が振り替えるレベルだった。
僕はふと彼女たちが着ている服に気がつく。
(あの服装は帝国軍の特務隊。僕らのような一山幾らの一般兵と違ってエリート様だね、あれは。しかも二人とも蒼髪、となればそこそこの貴族階級かぁ。)
そんなことを思っていると、ストレートの髪をした、どちらかと言えばかわいい系の女性が僕らの上司に問いただす。
「こんなに大勢の兵士をつれて、いったい何用ですか? ベルザ少将。 今日訪問されると言う話は聞いていないのですけれど。」
「黙れ、先のない上司に媚びるしか能のない雌犬が。俺はそこにいる愚物にありがたい連絡をもってきてやったんだよ、なあ、特務隊長ミルド中佐殿。」
上司様のその言い方はどうなのかといった言葉に、彼女は冷たいを通り越した極寒のような表情をして目の鋭さを増して無言で睨み付けた。
(うわ、顔コワ。かわいい顔が台無しだね、あれは。 美人が怒ると怖いってのは本当だったんだ。)
それまで無言のままで街を見下ろしていた男がゆっくりとこちらを向いた
その男は容姿は我らが上司と同じ程度に整っているものの、その雰囲気はまったく異なっていた。
(これは主人公と噛ませ犬だね、間違いなく。我らが上司が間違いなく噛ませ犬だ。)
「それで何か用か。少将殿。何か用があるならさっさとしてくれ。」
「お前、その物言いは何だ。地位は俺の方が上なんだぞ。」
「ふん、お前こそコネでもらった役職だろう。それに、こっちは防衛任務やら、いろいろ忙しいんだ。お前たちが荒らし回った火消しでね。」
「くっ。」
(いやいや、くっじゃないよ。と言うか、こういう時、くって本当に言うんだ。)
言い返せずに下を向いて拳を握りしめ震えていた上司が顔をあげる。小悪党のようにずる賢い顔をしてニヤリと笑った。
「ふ、ふん。そんな態度で良いのか。俺が上に伝えるとお前の立場なんぞどうとでもなるんだぞ。」
「ここは帝都から十分に離れている。お前の権威がここで通用するとでも? 少し教育しておくか。」
「なっ!?」
その声が合図であったかのように、ストレートの髪の女性が剣を抜く。
彼女の背以上もあるその剣は、日の光に照らさ青白く反射していた。
(あの色合いはミスリル? さずが特務隊員、高級品だね。)
そんなことを思っている僕をよそに、彼女達に比べて練度の足りてない周りの同僚達は慌てて剣を抜こうとしている。僕も同じように剣を抜こうと慌てる。
彼女はその剣を振りかぶると地面に叩きつけると、すぐに跳ねあげた。
バーンっと音が響き、足元を構成していたいくつかのブロックが破片と共に空中に飛び散る。
恐らく全ての同僚たちは彼女と飛び散る破片とブロックに気をとられていたが、同時に今まで何もしていなかったもう一人の女性が姿を消す。
(何てあくどいやり口。自分に目を引き付けて、片方から目をそらすなんて。さすが特務隊。しかもあの速度で移動されると消えたとしか思わないんじゃないかな。)
高速で移動した彼女は僕らの後ろに回ると、間を駆け抜けて、手にしていた大きな鎌で、同僚たちを切り刻んでいった。
彼女は僕の側にも駆け寄ると鎌を振り抜く。
シュンっという音共に、青白い光の筋が走った。
「ぐわぁ。」
僕は次々に倒れていく同僚に驚いた風にして、体を傾けて致命傷にならない程度に血糊の入った袋と共に切られると、その場にうつ伏せに倒れた。
彼女は駆け抜ける間際に、違和感を感じたのか、一瞬、こちらにちらりと目を向けたものの、立ち止まることなく、他の同僚たちを切り刻んでいったのだった。
◆◆◆◆◆◆
辺りが赤い海に沈み、我らが上司と特務隊の三人以外動くものがなくなっていた。
上司がイケメンの隊長に引きずられて階段を降りていった後に続き、彼女たちも階段に向かう。
彼女たちが階段の入り口まで向かい、目と意識をそらした隙に、僕はうつ伏せの姿勢のままでテラスの外に跳ぶ。
僕はさっさとこの場を後にする。
こうして今回の久々に刺激的な潜入活動を終了したのだった。
◇◇◇◇◇◇
「えっ?」
「どうしたの、ユミル?」
ストレートの髪をした女性が、突然、声を出し後ろに振り返ったもう一人のポニーテールをした女性に問いかける。
ストレートの彼女も後ろを振り替えり、倒れている兵士たちを見る。
「あぁ、あれ? あとで誰かをやって片付けさせるわ。」
「そうじゃなくって。もう一人いなかった?」
「そうだった? 数えてないけど。それに減るわけないじゃない。」
「うーん、そうだったかなぁ、ひとつ足りないような気がするんだけど。一人切ったときの感触が変だったし。」
「何訳わかんないこといってるの? ほら、行くわよ。隊長を待たせるわけにはいかないでしょ。」
そう言って彼女を急かして階段を降りていくのだった。