バレンタイン・デイ
「今日はいよいよ、あの日ですね! 女の子として失敗は許されません!」
枕に顔を沈めながら足をバタバタさせる紫、今日がバレンタインと言うことでテンションが上がっている。
「お兄ちゃんは喜んでくれるかなあ……ま、かわいい妹からなんだから嬉しいよね!」
そうしてパタパタと兄の部屋へ奇襲をかけに行くのだった。
――
「おにいちゃーーーん! 朝ですよー!」
紫の声だ、うるさい……朝か……長い間寝ていた気がする、眠気の残る目をこすりながら体を起こす。
カレンダーの二月十四日、紫が描いた花丸のマークが付いている。
紫がこの日は外出しないでとうるさく言っていたのでさすがに覚えている。
そうだ、今日はバレンタインか……
キッチンへ降りていくと紫が朝食を用意していた。
香ばしい香りが漂っている。
「どうぞ」
紫がコーヒーを煎れてくれた、ブラックだった。
苦味で目が覚めてくる。
「お兄ちゃんには、あまーいチョコを用意してますからね」
そう言えばコーヒーもチョコもカフェインが入ってるな、などととりとめのないことを考えつつ、
俺は自分の部屋で紫と朝のコーヒーを飲んでいる、紫は紅茶だ。
「さあお兄ちゃん、私からの愛の結晶を受け取ってください」
重い……愛が重い……
俺はでかいチョコがどーんと出てくるかと思っていたが持ち出してきたのは普通の小箱だった。
予想より小さい包みに少し驚く。
これなら受け取っても問題ないか。
「ああ、ありがとうな」
「にへへ……」
紫の顔がだらしなく緩む、自分の感情に素直なやつだ。
ああもう可愛いなあ……だが妹だ。
「ええと、ありがとう」
「はい! もっと喜んでいいんですよ!」
「わーうれしーなー」
お気に召さなかったらしいのでもう少し嬉しそうにしてみる。
「気持ちがこもってませんね」
「いや、そんなことはないぞ、超嬉しい! マジで紫は女神様です!」
そこまで聞いて満足したのか胸を張って自慢げに話す。
「そうでしょうとも、モテないお兄ちゃんに心のこもったチョコを渡す私マジ天使ですね」
「はいはいYMTYMT」
紫ちゃんマジ天使!
自信満々な紫を見つつチョコの包装を開ける。
紙を破らないようにテープを剥がすと中から無地の箱が出てきた。
無地なのでどうやら手作りらしい、買ったんならロゴが入ってるはずだしな。
「手作りか」
「はい! 思いっきり心を込めて作りました!」
心……欲望とかがずっしりと詰まってそうだな。
「さあさあ、食べてくださいよ!」
箱を開けると……まあ予想通りハート型のチョコが入っていた。
手に取って匂いを嗅いでみる。
危険物の感じはしない、ぱっと見髪の毛とかも入ってなさそうだ。
「大丈夫! わたし特製だよ!」
「それはアカンやつだろ」
なんてやりとりをしつつチョコを口に入れる、ビターチョコなのだろう甘さと苦さが流れ込んでくる。
紫がなにやら熱い視線を送っていたが気にしないようにしよう……
「おいしいな」
「でしょう! 心がこもってますから!」
うん、確かにうまい、身内びいきと言われるかもしれないが俺の好みにぴったりの味だ。
しかし、よく俺の好みが分かったもんだ、別に希望なんて出してないはずなのに。
なんにせよ俺のために作ってくれたと思うと感慨深いものがあるな。
「ありがとう、本当に嬉しいよ」
「はい!」
その日最高の笑顔を見ることができたので満足だった。