世界で一番兄に優しい妹
俺には妹がいる、我が妹は一言で言えば甘い。ダダ甘だ。
どのくらい甘いかというとだ……
「お兄ちゃん! 何で勉強なんてしてるんですか!」
「いや、学生の本分は勉強だろ!?」
正論で返したがとにかく俺に妹様にはお気に召さないらしい。
「お兄ちゃんは私が養うんですよ! 生活力なんて付けてもらっちゃ困ります!」
この兄をダメにする妹の名前は「紫」という。
そして俺は「須藤槐」という。
そしてこの紫は俺としっかり同じ名字をしている。
決して妹的存在などではない、血縁関係バッチリの妹だ。
「おにいちゃーん! そんな退屈なことしてないで私の相手してくださいよ」
気楽に言ってくれる。ちなみにコイツは俺より1個下で学年成績トップを突っ走っている。
そして優等生のサガか、生徒会に誘われたが俺が帰宅部なのでとにべもなく即答した。
俺たちが通っているのは公立の海神高校だ。偏差値はそれほど高くなく、紫は数ランク上の高校には入れる成績だが俺が通っていると言うだけで高校を選んだ。
そして初回の中間考査でトップを取って、なんでこんなとこにいるんだろう? と噂されていたりする。
え? 両親は何も言わなかったのかって?
「お兄ちゃんが進学する大学がある県のトップ大に入るから大丈夫!」
という理論をごり押しして俺と同じ高校に入ってきた。
「あーあ、日本にも飛び級制度欲しいなあ……」
「飛び級制度あったら多分俺の先輩になってただろうな……」
「そこはアレよ、全力は出さないから大丈夫!」
どうにも紫には俺と同学年になりたかったようだった。
「年子じゃなかったのを恨め」
そう返すとやれやれと言った風に紫は分かってないなあ……と言う。
「まあ私はお兄ちゃんの妹で良かったって思ってるよ、転生システムがあっても兄ガチャはもう回したくないなあ」
「さよか」
いつものやりとりをしつつ明日の憂鬱に思いを巡らす。
海神高校はこのご時世に考査の成績トップを数十人張り出すのが習慣になっている。
個人情報とかどうなんだろうと思うが、今までそうだったから……以上の理由は無いようだ。
俺が憂鬱なのはこれに張り出されることではない、そう、紫がぶっちぎりでトップに載る予定のことだ。
入学以来紫は俺にべったりしていて弁当も手作りを学年の違う俺の教室に食べに来ている。
最近は「いつものこと」と流されているが、問題は今回が初テストと言うことだ。
もう紫が成績の良いことは知られているが、必然的に俺にも注目が集まる。
そして俺はあまりできる方ではない、ということで成績上位者のリストに載ったことはない。
と言うことは必然俺と紫が比べられてしまう。
正直妹より成績が圧倒的に悪いのはかっこ悪い。
俺にだってプライドが少しくらいある。そんなわけで明日張り出される成績リストのことを考えると心が深遠に沈んでしまう……
そんなことを考えていると悩みの元凶が俺に飛びついてきた。こういう過剰なスキンシップももはや日常になっていて、昔は距離感をつかめなかったが時間が解決してくれ、こういうものという認識になってしまった、世間の兄妹事情を知らないがこのくらい普通だよね?
「お兄ちゃん! なにか悩みがあるんでしょ! 私がバッチリ解決してあげるよ!」
お前のことなんだよなあ……とも言えず、成績に自信が無いことを正直に話す。
話さなくても俺の個人情報を根掘り葉掘りしている妹様からすれば余裕で分かることだろう。
「まったくもう……お兄ちゃんは実にくだらないことで悩むんですね?」
「くだらなくはないだろ俺だって進路は多い方が良いんだよ」
「それが分かってないって言うんですよ? お兄ちゃんは私に永久就職する以外の進路は残ってないんですよ?」
ナチュラルに暴論をぶつ我が妹を前に何か諦めのようなものが浮かぶ。
しかし……しかし、だ。諦めるわけにはいかない、もし俺が偏狭に進学したらコイツは絶対付いてくる。たとえ大学がFランしか無い地域でもしっかり付いてくるだろう。
もっと恐れているのは「俺が高卒だったらコイツ大学行かないんじゃね?」という危機感がある。
何をやっても完璧な妹なので高卒でもそれなりに良い就職ができるのかもしれないが、将来の選択肢をわざわざ狭める事は無いだろう。
「まーたなにか考えてる! お兄ちゃんは私に付いてくれば良いんです! 絶対幸せにしますよ!」
俺の将来は安泰なのだろうか?
何より怖いのはコイツが俺を好きになるエピソードらしきものは無いことだ。
ただ妹というだけで物心ついた頃から「私はお兄ちゃんのお嫁さんになる!」と公言してはばからないやつだった。
妹というのは無条件に兄を愛するものなのだろうか?
幸せの形は人それぞれと言うがこういった歪な感情も愛と呼ぶのだろうか?
考えていると紫が諭すように語る。
「私はお兄ちゃんの妹であり恋人であり母親であり姉であり恋人なんですよ? もう全部入りなんだからバッチリ甘えて良いんですよ!」
なんだかよく分からない理論で安心しろと言われた。
ま、鳶が鷹を生むなんて言葉もあるし俺と比較されることなんてあんま無いだろう……
と希望的観測をもって、
「ああ、まあ頼りにしてるよ」
そう言って明日は厄介ごとが起きないと良いなあと思いつつ布団に体を投げ出すと、テスト期間の夜までやった勉強の反動か眠気が襲いかかって俺の意識はそこで途切れた。