5.クリスティーネの望み
「クリスティーネ。あなたはこれからどうしたい?こんな阿保の皇帝に嫁ぐなんて、国・お家のためと言えども嫌でしょ?」
リューウール神の使徒瑤子様は、わたくしの心を読み取ったようにおっしゃった。
本当の望みを口に出していいと、そうおっしゃっているのですか?
今では叶うことが出来ない。わたしくの切望。
わたくしクリスティーネ・スチュアートはこの帝国の公爵の嫡女として生まれました。
清廉潔白な生真面目な性格の父と、従順で控えめな母の教育はとても厳しかったのです。
教育は公爵家に生れた者としての務めだと思っていましたから、辛いと思ったことはありません。ただ動物を飼いたいという望みだけは叶いませんでした。何故ならペットが粗相をしたり、毛が抜けてドレスに着くことを良しとせず、飼うどころか、触れることさえ出来なかったのです。
それだけが残念で仕方なく、使用人の子供たちが話す動物の話に耳を傾けるのが楽しみでした。
そんなある日侍女と庭を散策していると、どこからか迷いこんできた一匹の猫に出会ったのです。
「まあ、可愛い。お前はどこの子?」
その猫に近寄ろうと塀の近くまで行ったとき、わたくしは塀の向こうに隠れていた3人組の賊に襲われました。
「クリスティーネ様!」
その声に一番に反応して、助けて下さったのがテオ様でした。
「その子から離れろ!」
あっという間に剣で賊を捕らえました。
「大丈夫か?」
駆け寄ってきてくださったにも関わらず、怖くて震えており頷くことしかできません。
その時にその方を見上げました。金髪でとても綺麗な目をしていると思いました。
見惚れていることに気がつかれたのか、とても綺麗な目を髪で隠されてしまいました。とても残念に思いましたが、淑女として男性を見つめる行為は恥ずべきことでしたら、諦めてしまいました。
思えばこの時しっかりと目を見るべきだったのです。
後で気が付いても、後の祭りでした。
お父様に猫に近づいて危ない目にあったことを咎められましたが、その後お母様と一緒に泣きながら、お前が無事でよかったと抱きしめられました。
わたくしはそんな大きな愛に包まれて育ったのです。
すぐにわたくしは今日の男の子のことを聞きました。助けて下さった方はどなたですか?と。
ですが、明確な答えを父様も母様もくださいません。
碧く澄んだ目が綺麗だったと伝えた時に、両眼を見たのかと聞かれましたが、どちらかは髪の毛で見えませんでしたと答えました。
父様は少しだけ悩んでおられましたが、「テオ様」とだけ教えてくださいました。
「テオ様」
「クリスティーネはテオ様が好きなのかい?」
そう父様に言われても仕方ないぐらい、名前を聞いただけで頬を染めたのです。
熱くなる頬に手を添えて、冷まそうとしますが、そう思えば思うほど、赤らむのを止められませんでした。
「わたくし、テオ様と一緒になることは出来ますか?」
どんな身分の方かもわかりません。自分の役割だけは自覚していたので、先にそのことを尋ねました。
「ああ、クリスティーネが完璧な淑女になれば、きっとその願いは叶うだろう」
それからというもの、わたくしはテオ様のお嫁になる。と決意してどんなに厳しい教育も頑張れたのです。
その後、テオ様と言われる方は本来ならば二人いらして一人が皇太子殿下、一人は皇弟殿下ということでしたが、皇弟殿下は馬からの落馬により命を落とされたそうで、テオ様は皇太子殿下だろうと皆が噂しておりました。
それを聞き、わたくしは婚約者となるべく努力したのです。そして王妃になるための必須魔法「闇」を発生させることが出来たのです。
7歳になったある日、神託がありました。
神託「光あるところに闇がある。光と闇は一体表裏。この国に安寧をもたらす女性を王妃に」
その時に闇魔法を使えたのはわたくしだけ。しかも身分にも問題なく神託がなくとも婚約者候補だったこともあり、すぐに婚約の儀となりました。
その時お会いした皇太子殿下は、あの頃よりも背が伸びとても溌溂とした方で、腰に帯びている剣がとても似合っていました。
目が合った瞬間、目の色を確認をしたくて、淑女とあるまじき行為でありながら、目を覗き込んでいました。
「珍しいだろうこの色の瞳。光魔法を保有している証なんだそうだ」
なんでもなかったかのように、ニッコリと手を差し伸べられた時、わたくしの努力は報われたと思ったのです。
だけど僅かな違和感がずっとつき纏いました。
それが何なのかはわかりません。勘が違うと告げるのです。
それでも決まったことだと、次期皇妃として教育を受けてまいりました。
二人の仲は悪くなかったと思います。ただわたくしが7歳、皇太子殿下が14歳ではおままごとのようだったでしょう。
それから8年の月日が経ちました。
わたくしが15歳になった時、皇帝が病によって倒れ22歳という若さで皇帝につくことになりました。
わたくしも微力ながら支えようとしたのですが、段々と遠ざけられるようになり、気が付けば断罪されていました。
皇帝であるテオ様が言われていることに、全く身に覚えがないのに、証拠があるといわれ、お父様もお母様も既に捕えたというのです。
目の前が真っ黒になりました。
わたしくを愛しみ、ここまで育てて下さった両親が謂れのない罪、冤罪で罰せられるなどあり得ないことです。
ここで罪を認めれば、両親の罪は問わないと自白を強要する皇帝は、一体誰なのでしょう。
全くの別人になったとしか思えないほど、聖女と呼ばれるユリア様を傍に召してから、おかしくなりました。
この皇国の闇が深くなったと感じます。
ああ、だから皇帝には闇が必要だったのかと、ここで頭でなく身をもって知ったのです。
あの時の噂をわたくしが信じなければ、このようなことにはならなかったのでしょうか?
「本当に皇太子殿下と婚約してもいいのかい?」
最後の問いかけのようなお父様の言葉も、覚悟があるのかと聞かれていると思ってしまったのです。
娘の間違いを正したくても、正せない事情があったのでしょう。「はい」と返事をした時の苦虫を噛み潰したようなお顔は、忘れることが出来ません。
テオ様・・・テオドール様
そう、現皇帝の名はテオドリーコ・サージェント、亡くなったとされていた前皇弟殿下は、テオドール・サージェント。
わたくしが恋焦がれていたテオ様は、テオドール様だったのです。
今のわたくしの望みはただ一つ。
テオドール様にお会いしたい。
読んで頂き、ありがとうございました。
今日はこれでラスト、頑張った。




