9、見られていたことについて
たとえ目の前の恋人がロボットだとわかっていても、チューをすればそれなりに興奮するし、彼女の背中に手を回せば、人間とかわらないその温かさや柔らかさに、自然にまさぐらずにはいられない。
さわさわと、彼女の背中を撫でまわすと、由香里の細い背筋を感じる。女の子ってこんなに華奢なんだな。でも骨ばってなくて柔らかい。服の上からでもその柔らかさはわかる。そのままさわさわと腰の方へ手をのばし、腰のくびれを撫でる。いい具合に手がなじむ。
「くすぐったい?」
チューしている口をちょっとずらして、顔をのぞき込むようにささやくと、彼女はうっすらと目を開けて、コクンと可愛くうなずいた。
かわええー!
恋人ロボットのAIの“感覚”というものはこうやって育つらしい。つまり、俺が腰に手をやって、くすぐったいかを聞くと、ロボットは“腰はくすぐったい。俺がそれを望んでいる”と理解してくすぐったいしぐさをする。そんで、AIがそれを覚えて育つという仕組みだ。こんな具合に自然にプログラムされているっていうのが、技術の使いどころだ。
初めて風俗に行ったときはそれがわからなかったし、だいたい風俗ロボットはすでにそういうことは出来ているけれど、自分好みに育てたいなら、こうすると良いと先輩が教えてくれたんだ。風俗ロボットは、ちゃんとどの客がどんなプレイが好みか覚えているらしい。さすがプロだな。
ということで、そこで得た知識で、自分の恋人ロボットを自分好みに育てられるというわけだ。
いやしかし、俺好みに育っていくと思うと鼻息が荒くなるぜ。
「外でチューするの、恥ずかしいな」
いちいち言葉にして教えないとならないのがもどかしいが、まあ、周囲には誰もいないし、ここはひとつ、どんどん仕込んでいこうじゃないの。
耳元で囁くたび、彼女は可愛くうなずいたり、真っ赤になったりして、少しずつ俺好みに変化していった。
さて次は。
と思った時だ。
「だあー!」「うわっ」「押すな!」「ぎゃあ」
と、いろんな声が聞こえてきたと思ったその瞬間、向こうの垣根から人がなだれ込んできた。
「なっ」
さすがに、こんなところ人に見られたくない! ぱっと彼女から手を離すと、彼女はぽかんと呆けた顔をしたものの、すぐに俺に倣って普通に座りなおした。
「す、すみません!」
「どうぞ続き、してください」
「我々はいないものと思って、さあ」
さあ、って。
できるか!
「え、なに。あんたら、なんなの」
垣根から転がり出てきたやつらは、なんと10人もいた。数人はすぐに垣根の向こうに隠れたが、ほかのやつらは隠れようともしないで、俺たちに続きを促している。って、見学状態じゃねえか。
「お邪魔してすみません。我々は執事養成学科の学生です」
なぬ!?
「わが校のサンプルAIロボットではないロボットを見かけましたので、プロのロボットの動きと、持ち主の育て方をぜひ勉強させていただこうと思いまして」
それで、のぞき見をしていたと。
なんて恐ろしい。
「我々は隠れますので」
「失礼しました」
って、言われてもなあ。
「とんだ邪魔が入ったね。帰ろうか」
「うん」
さすがにもう、ここでチューしようとは思わん。立ち上がると、垣根からまたわらわらとやつらが。
「えっ、帰っちゃうんですか!」
「もう少し、もう少しでいいんです」
「お願いです。どんなふうに接するのか、見せてください」
「いい加減にしろ! 恋人とのデートを見せびらかす趣味はない。俺たちは帰るからな」
さすがに怒った。
しかしめげない、執事養成学科たち。
「す、すみませんでした」
「じゃあ、せめて、彼女を見せてもらえませんか」
「少しで良いんです」
彼女を見せるってなんだよ?
「は?」
わけがわからずに、許可ともなんとも言ってないのに、やつらは垣根からわらわらと現れると、彼女の周りに群がった。
「おおー、可愛い彼女ですねえ」
「素晴らしいボディですね。パーツカスタマイズされたんですね?」
「とくにどのあたりを、こだわって作りましたか?」
「恋人になってどのくらい経ちますか?」
「いい表情しますね」
「ほおー、爪まで」
「ちょっと声を聴きたいのですが、ぜひひとこと」
「洋服の好みはAIで育てましたか? それとも、もともとのセンスですか?」
う、うるさい。全員いっぺんにしゃべるな。
ていうか、褒められてるような気もするが、ここまでジロジロ観察されるのはいかがなもんか。
「うるさい! 見世物じゃないんだ。散れ! さ、由香里、帰ろう」
「え、うん」
「ああー、そういわず、もうちょっと」
「すみません、じゃ、せめて、お兄さんの名前だけでも」
「どこの学科ですか?」
「また彼女、連れてきてください」
「明日も来ますか?」
くそう、なんだ、この集団。
しかし、どうやらこいつらは由香里に興味があるようだが、俺は執事養成学科のやつらと話してみたいと思っていたはずだ。そうだ、いい機会でもある。
「話がしたいんだったら、いっぺんに話しかけるな。それと、俺の話も聞け」
「はい、わかりました」
「もちろんです」
「話したいです」
だから、全員で言うな。
「じゃあ、一人だけデータやり取りするから代表!」
「はい!」
「僕が!」
「ぼくが!」
「おれが!」
だーかーらー!
「じゃ、お前。はい、端末出して」
「はいっ」
らちが明かないから、俺が決めて、情報交換しておいた。
あとはこっちから、連絡することにして俺と由香里は足早にそこを去った。
「必ず連絡くださいねー!」
「また、お会いしましょうー!」
はいはい・・・うるさい奴らだった。