6、恋人ロボットとの別れについて
初めて恋人ロボットを買ってもらってから1年くらいは、俺はその“おもちゃ”に夢中だった。本物の人間みたいな肌触りや質感、顔は映像だけどそれなりに自然だし、女の子ってものを初めて知るから、面白くてたまらなかった。
だけど、しょせんロボットはロボットだ。人間じゃない。生き物じゃない。
こんなに精巧につくられてるのに、人間のサガとでもいうんだろうか、俺は彼女の人間らしさだけじゃなくて、人間じゃないところを無意識に探していた。
彼女と楽しみたいという気持ちはある。
いやきっと、彼女と心底楽しみたいと思っているからこそ、無意識に人間らしさを探してしまったのだろう。
今日こそキスをしようと、顔を近づけた時だ。
良い雰囲気作って甘い言葉をささやいちゃったりしてさ、その時はキスしたいからそれで良いと思ってるんだけど、そんな俺を冷静に分析している俺がどこかで見ている。
それに彼女はきっとプログラムされた反応をするだろう。俺の恋人ロボットなんだから、キスをしたって嫌いと言われることはないだろう。どんな反応だろうが最終的には俺の“恋人”を演じるはずだ。
ま、ちょっと「キス」「キス」って考え過ぎていたせいか、若干口がタコみたいになっちまった感はぬぐえないが、それでも俺なりに自然にキスにこぎつけたつもりだった。
唇に触れるだけの軽いキスをして、それから目を見てもう一度口を寄せた。今度はガッツリえろ~いチューをするつもりで。
ところが、彼女の唇にたどり着いて、彼女の口を開かせてその中に押し入ろうとした時、彼女は急に身を引いたんだ。
なぬ?
エロいチューはダメなのか? そういうロボットか?
頭のどこかでそんなことを考えた次の瞬間、彼女はこう言った。
「今日は、水分の補充が…」
水分? 補充?
あ、ああー、水分ね。
口の中の水分ね。
う、うん~。そうだけどさ、確かにロボットだから水分の補充をしないとならないよね。そうしなきゃチューして、口の中に唾液っぽい何かがないと違和感があるだろうし。
って、すでに違和感だよ!!
補充とか言うなよお~。
人間の夢、壊すようなこと言うなよお~。
ということで、俺はそのころから少しずつ恋人ロボットから冷めていった。
とはいえ、後日水分の補充を済ませた彼女とエロいチューをしたが、それはそれで興奮しまくった。男なんてこんなもんだよな。
◇
初めて買った恋人ロボットはショートカットの可愛い子だった。
でもちょっとサバサバしていて、身体を動かして遊ぶようなデートをするにはよかったけれど、しっとりとした恋人同士のような雰囲気のある子じゃなかった。
まあ、それを選んだのは俺なんだけどな。
部活やバイトもあったし、進学のために本格的に忙しくなると俺はだんだん彼女と会わなくなった。意識して距離を置いているわけじゃないんだけど、積極的に連絡をとろうとしなくなった。
勿論会えば、彼女は俺がして欲しいように接してくれるけれど。なんとなく俺の心は彼女から離れて行った。
そうすると彼女のAIは育たない。いつまでも子どものままだった。
ロボットのAIを育てるにはかなり時間がかかる。根気よく何パターンも覚えさせたりしなきゃならないし、たくさん話しかけてやればそれだけAIは育つが、俺のようなガキが恋人ロボットに求めるものなんてエロいこと以外にそんなにないから、色んな事を話しかけるって実はかなり難しいことだった。
つまり、俺の恋人とロボットは“俺が”育てなければならないというのが、重荷だった。
そんなことを親父に言ったら、
「じゃあ、その恋人ロボットは売りに出すか。どうだ?」
「あー、うん。いいよ」
これから進学のための試験があるから、今は恋人ロボットなんていなくても構わなかった。
「進学先が決まったら新しい恋人ロボットを買ってやろう。もう少し大人なやつが良いだろう」
「やったね」
親父のご褒美作戦はバッチリだった。
俺は最初の恋人ロボットに「今までありがとう」と伝えた。
最後のデートの時、彼女は笑顔だった。
「わたしも楽しかった。ケイ君のこと大好きだった」
と言ってくれて、なんかすごく切なくなった。
だけど、これもプログラムだ。俺が、泣いてすがって追いかけてくる女は嫌いだからこういうふうなことを言うんだろう。もし俺が、やきもち焼いて欲しいとか、俺なしで生きられない女が好みだとか言ったら、彼女はその通りにしたんだろう。
でも、しょせんロボット。別れた次の日には売りに出されて俺が育てたAIの俺に関する記録と記憶は消されるはずだ。顔も映像だから変わるだろうし。
つまり彼女は、この世から消えるわけだ。
でも、作ろうと思えばまた作れる。顔が同じでほぼ似たような動きをする、俺のことを好きなロボットを。
彼女と別れて数日後。
塾へ行く途中で、俺は彼女を見かけた。
いや、彼女じゃない。彼女と同じ顔の恋人ロボットだ。
恋人ロボットと手を繋いでしまりのない顔で歩いているのは、俺の弟だった。