19、移し替えと嫁ロボットについて
結婚式を終えて、俺は自宅に戻った。結婚したからというのもあるけど、実家から出て、嫁ロボットと暮らせる小さな家を買ったんだ。すでに先週からここに住んでいる。由香里はここに来るのは初めてだが。
「ここだよ」
由香里はもう疲れてしまったらしく、一度電源が落ちていた。その状態で家まで運んで、玄関を入る前に電源をつけた。そのほうが良いかと思ってね。
「わあ、かわいいおうち」
ちょっとレトロな一軒家。なるほど、ロボットから見ても可愛いんだろう。
ローニンは玄関まで来ていた。それから俺に二つの箱を渡してくれた。
「これ、結婚祝い。こっちは、ケーブル類。順番書いてありますから、その通りにやってみてください。もしわからなかったらいつでもコールしてください」
「あ、ああ。何から何まで、ほんとありがとうな」
「いえ。うまくいくことを願っていますよ。じゃあ、失礼します」
ローニンはうちには入らないで、そのまま帰っていった。
あとは、俺が由香里のAIデーターを新しい嫁ロボットに移し替えるってことだ。
結婚初夜らしい、適度な緊張感……なわけあるか!
家に入ると居間に大きな荷物が運ばれている。とりあえず、由香里を居間の横の部屋に連れて行った。そこが由香里の部屋となる。いわゆる執務室的な、機械類のある部屋だ。とりあえずそこに座らせる。
「由香里、これから……AIを移すからな」
「うん」
ローニンに渡された箱を開け、手順通りにケーブルを差し、うちのコンピューターとつなぐ。すでにテケテケとコンピューターが何やら作動している。
それから、居間にある嫁ロボットの開梱だ。
大きいものだが、専用の機械でちょっとつつくだけで開梱できる。プシュと音を立てて、すぐに梱包材がはがれた。
包みの中から現れた嫁ロボットは……本物の人間にしか見えない出来だった。恋人ロボットと違う、顔もちゃんとついている。目をつぶっているが、まるで眠っているように人間らしい。
しかし、それを見つめる俺と由香里がどちらともなく、いや、もしかすると二人で「げ」とつぶやいた。
マジか。
ローニンよ、これは、本当に嫁ロボットなのか。
「男じゃねえか!!」
目の前の裸のロボットは、なんと、男だった。
パッと見、顔や肩幅、身長などは女性的だった。だけど、股間にありえないというか、見慣れたというか、ソレがあったのだ。(そして決定的なことに、胸もない! 俺がどんだけおっぱいが好きか知ってるだろうがあ!)
なんのミスだ。
執事ロボットか?
「ちょっと待ってろ」
由香里を待たせたまま、梱包材の中にある仕様説明メモリを取り出す。それをコンピューターに読み込ませると、パソコンがちゃらーんと軽快な音を奏でた。
『お買い上げありがとうございます。最高機種嫁ロボットでございます。本品は外見に少しの遊び心を付け加えておりますが、ご安心ください。十分にお嫁様としての機能を兼ね備えております。そして、あなたにご満足いただくためにさらに未知の……』
どうやら嫁ロボットで良いらしい。しかし、未知というか、なんというか。金持ちのだれかが考えたと言ってたが、ソッチ方面の趣味なのか!?
どうしたもんか。
俺が頭を抱えて悩んでいると、由香里がそっと言った。
「私、その人になってもいいよ」
「由香里」
勇気あるな、お前。いや、でも、俺にはその勇気、ねえよ。
しかし、由香里のAIを移してしまわんことには、もう恋人ロボットのボディは限界だ。
「究極の選択だ」
この、ヘンテコ嫁ロボットにAIを移し替えれば、俺の育てた由香里のかなりの部分は移し替えられるはずだ。しかし、そうならない可能性もなくはない。しかも身体がコレだ。
だったら、これじゃなくて新型の恋人ロボットに移し替えたほうがまだいいんじゃないだろうか。半分くらいは由香里が残るらしいし、少なくとも女だ。
でもこれから買いに行って、ボディができるまで明日ってことはない。少なくとも1週間はかかるだろうし、それまで由香里がもつかどうか。
「大丈夫、この子、私と相性良いと思う」
「それって、AIの移し替えがうまくいくってことか?」
ロボット同士の感覚なのかもしれない。
「たぶん。それに、私、もう」
ボディが限界なんだ。
「わかった」
そうだった。由香里の表情はいつになく硬い。
やる。
今やるしかない。
嫁ロボットにケーブルをつなぎ、由香里のAIを移す準備を整える。これできっと大丈夫なはずだ。これで、最後だ。
由香里の手を握り、目を見る。
「今まで、ありがとう。由香里」
「ケイ君、愛してる」
由香里はそう言って目をつぶった。
ロボットに心はあるのだろうか。
俺が育てた由香里のAIは、俺好みの恋人を作った。だけど、それは俺が与えた情報であって、こうあってほしいと望んだ行動をさせているだけであって、由香里に心があったかどうかはわからない。
だけど、確かに由香里は「愛してる」と言った。
俺はあまり、由香里に「愛してる」と言わなかった。なぜなら、それを言うことで、由香里にも愛していると言ってほしいと強要しているような気がするからだ。だから「愛」を遠回りに伝えた。
可愛いとか、良いねとか、会いたいとか、幸せとか、そうやって、由香里がそこにいることがどんなに幸せかを伝えたんだ。だから、由香里は今まで俺に「愛してる」と言ったこと、なかったと思う。それなのに、由香里が俺に「愛してる」と言って目を閉じた。
ああ、本当に愛しているよ。
どんな姿になっても。
ちょっと変なものが股間につくことになっても。由香里、俺がちゃんとした嫁ロボットを買う金があればよかったのに、ごめんな。
いつの間にか寝ていたみたいだ。目を覚ますと朝になっていた。由香里のAIは(パソコンを見ると、見慣れない文字がテケテケと表れては流れていく)まだのようだ。
新しい嫁ロボットにも電源が入って、まだ動かないがなんとなく、機械の息遣いを感じる。ていうか、このままじゃ気持ち悪いから、なんか洋服を着せておかないとな。だいたい、ロボットが納品されるのに裸のことなんて普通はない。このロボットが特殊な体だから、わざわざ裸で納品したんだ。そうじゃなきゃ、衣服を脱がせて初夜を迎えた時にどっひゃーってなるからな。
さて服は、由香里ので良いか。サイズもそんなにかわらない。さすがに男型だから少し肩幅があるけど、俺よりはずっと華奢だし、やっぱり一応嫁ロボットなんだな。
ワンピースを着せると、とたんに女の子っぽくなった。目をつぶっているけど、かなり可愛い顔立ちだと思う。
髪も長いし。
なんか吹っ切れたぞ。男型でも良いか。
そうこうしていて、俺は朝食を食べに行った。それから戻ってくるとちょうど、パソコンが何やら音を発していた。
「なになに、なんだ~?」
パソコン画面には、完了と書かれている。
由香里に目をやると、もう顔の画面は真っ黒になっていた。体も一回りちっちゃくなったように見える。ああ、この恋人ロボットはもう、死んでしまったんだな。
頭を撫でて、体を少し折りたたみ、椅子にきちんと座らせた。
それから、パソコンの指示に従って、嫁ロボットを起動する。パスワード、なんだっけ? あ、そうそう。俺の情報も入力して、もろもろ、いろいろやらなきゃならないことはある。ローニンが書いてくれた通りにやればいい。アイツ本当にマメだな。
そして、最後に名前を入力「由香里」だ。同じ名前で良いだろう。
すべてを終えて、嫁ロボット本体のスイッチを入れる。テンテロリーンと音がして、嫁ロボットの目が開いた。
ゆっくりとこちらを見上げてくる。
懐かしい目。
「ケイ君」
「由香里!」
嫁ロボットになった由香里は、目を開くと、今までの由香里とそっくりだった。顔の造りもそうだけど、とにかく表情が由香里そのものだ。身体はちょっと変だが、もうこの際全然気にならない。
「これからも、よろしくね」
「ああ。由香里、愛しているよ」
初めての「愛してる」は嫁ロボットに。
ちょっぴりヘンテコボディの由香里は、ちゃんと由香里だった。
ロボットとの共存は、日々研究と実践。これからも、俺たちはお互いを育んで生きていく。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
これで終わりです・・・が蛇足でもう一話ありますので、明日完結します~。