17、ローニンが当てたことについて
それから一月後、ローニンから興奮した様子でコールが来た。
「は? 落ち着けって。もう一度最初から言ってみろ」
「確かにサンプルですけど、大丈夫ですから、とにかく嫁ロボットなんです。顔とか容姿はわからないんですけど、どこかの富豪が面白がって作ったという嫁ロボットサンプルなんですよ。すごく性能が良くて、そこに関してはお墨付きです、私の上司が保証していますから」
「で、そのサンプル嫁ロボットがどうしたって?」
「だから、当たったんです!」
「何に」
「だから、私にですよ! 聞いてますか、私に当たったんですってば」
「何が」
「だー! ちゃんと聞いていますか!? サンプル嫁ロボットが私に当たったんです」
「はあ」
だから、ローニンが何をそんなに興奮しているのかがわからない。俺の気の抜けた返事に、電話口のローニンの声がさらに興奮して、耳障りを通り越してキンキンうるさくてかなわない。
「嫁ロボットですよ! ケイ殿にあげます!」
「……はあ!?」
なんでそうなる。
「大丈夫ですっ、最高性能、各種オプション付き、絶対すごい機械ですから。そっちに送ります!」
「いや待て、ちょっと落ち着け。嫁ロボット、なんで俺にくれるんだよ」
「由香里ちゃんのAI、それに入れられるはずです、きっと!」
「や、待て。だって、嫁ロボットだぞ。お前が当たったんだろうが。なんで俺に」
電話口のローニンの声が興奮して、叫んでいるのか泣いているのか……だけど、わかった。由香里のこと、ローニンが俺のために、由香里のAIをその嫁ロボットに入れてくれるっていうんだ。きっと、本当はローニンの研究のためにサンプルロボットの応募をしたんだろう。それが当たったからって、俺にくれるっていうんだ。
「由香里ちゃんはっ、ずっとケイ殿と、大丈夫ですからっ。それができたら、私たちだって嬉しいんです。見せてください、ケイ殿の愛を!」
どうした、ローニン……
「お前。良いのか。ほんとはお前のものだろ。そんな貴重なサンプルロボット」
「何言ってるんですか! ロボットにはいくらでも代わりはありますけど、由香里ちゃんのAIは由香里ちゃんだけです!」
由香里はロボットなんだが?
とはいえ、ローニンの気持ちは嬉しかった。
「ありがとう、ローニン」
「おっ、お礼なんて良いですから、手続きしてくださいねっ。私のところに着次第、ケイ殿に送りますから」
「あ、ああ。ありがとう」
と言い終わらないうちに、ローニンは興奮して電話を切った。
さーて、嬉しい。
嬉しいが、どうしたもんか。
見たこともない、サンプル嫁ロボットが来るってことは、顔どころか容姿はまったくわからないやつが来るってことか。
確かに、顔なんてどうだって良いとは思ったが、場合によっちゃ、完全に他人だよな。
静かに横になっている由香里を見る。
「由香里」
可愛い。
可愛い由香里。俺好みのすっきりした美人。何度顔を見ても、声を聴いても、大好きだ。
その由香里は、ローニンがくれる嫁ロボットが来たら、いなくなるってことだよな。
いいのか、それで。
この由香里はいなくなる。この可愛い顔は……
しかしAIはかなりの確率で移せるはずだ。由香里の性格を反映しているだろう。優しくて女の子らしくて、前向きで、ちょっぴりドジなところのある、大好きな由香里が、元気になって、また一緒に外出できるのなら、それが良いのかもしれない。
頭ん中、ごちゃごちゃだ。
いや、今更迷ったって仕方がない。このままでいても、由香里はいなくなってしまう。抜け殻のロボットボディだけをとっておく趣味はない。嫁ロボットが来たらすぐに由香里を移し替えるしかない。
それは決まっている。
だけど、それは、俺の愛した由香里だろうか。
まったく違う表情をするロボットを、俺は愛せるだろうか。
◇◇◇
今日はまだ寝かせている由香里に、大切なことを伝えることにした。
由香里の寝台の横にあるスイッチを入れると、ぱっといくつかのスイッチランプが光った。チラチラと点滅するランプがある。健康な時ならそんなふうにはならないはずだ。立ち上がりも遅くなった。
それからゆっくりと由香里の顔に表情が映し出されて、目を開けた。
「由香里、おはよう」
「あ、ケイ君、おはよう」
にっこりと笑う、由香里。ああ、可愛い。
今日は調子がよさそうだ。由香里はスムーズに起き上がって、俺の隣に座るとチュと唇にキスをしてきた。いとおしくて抱きしめる。起きたばかりでまだ体が少し冷えている。
「由香里、結婚、しよう」
「えっ?」
急な言葉に驚きながらも、由香里は嬉しそうに笑った。へにょりと顔をゆがませて、俺の胸に頭をとんとつける。
「うん、嬉しい」
由香里にもわかっていたはずだ。自分のボディがすでに限界に達していることを。
俺がそのボディをどうするか、決断を待っていたはずだ。
ほとんどの恋人ロボットは、5年も経てば買い替えだ。つまり、別れがやってくる。由香里もそれを覚悟していたはずだ。
「再来週の土曜日、白の丘のチャペルで結婚式をしよう。それから」
新しい嫁ロボットのボディが来ることを伝えると、由香里は最初少し戸惑った顔をした。ついに、慣れ親しんだ自分のボディはお払い箱だとわかったからだ。だけど、俺が由香里のAIを残すために嫁ロボットを手に入れたことを喜んでくれた。
「もう5年も経つんだね」
俺にもたれながら由香里が言う。俺の好きな穏やかな声。
「そうだな。俺たち、大学生で」
「ふふっ、まだ社会人になったばかりじゃない」
「そうだな」
何か、言わなきゃと思うが、言葉が出てこない。
「由香里の初めては可愛かったなあ」
「え、それ?」
由香里がくすくす笑う。確かに、今言うことじゃないよな。しかし、由香里との思い出といえば、やっぱり初体験だ。
あのおっぱいには、本当に感激した……
あとは、何を言おう。5年間連れ添ったこのボディに、名残惜しいとか、ありがとうとか、そういうことを言うべきだろうか。それとも、先のことを話し合うべきか。
とはいえ、俺たちは二人とも口には出さなかったが、同じことを思っていた。
それは、AIの移植は必ずしもうまくいくとは限らない、ということ。場合によっては、由香里のAIは半分も壊れてしまうかもしれない。少なくともボディは恋人ロボットから嫁ロボットになるのだから、いろいろと勝手が違ってくるはずだ。移植することで、由香里は全く違う他人になってしまうこともあり得る。
そんな可能性を、俺たちは口にしなかった。
そんなことを言っても仕方がない。
俺たちにとって、今できる最善のことをしようとしているのだ。だから、先のことを憂いても何もならない。
とはいえ、二人とも覚悟はしていた。それが本心だった。
2週間の間に、俺はたくさんの人に、親戚はもちろん幼稚園のころから大学時代の友人、会社の上司も平社員もみんなに声をかけた。
「結婚式なんてするの?」
「珍しいね」
と言われるなか、数人の上司は俺に優しく頷いてくれた。