16、育てたAIへの思いについて
それからしばらく、ローニンと連絡を取り合っていた。なんだかんだ、あいつはすごく親身になって由香里のことをどうするか考えてくれていた。
「普通は、恋人ロボットの扱いなんて、モノみたいなもんじゃないですか。でもケイ殿は本当に由香里ちゃんを愛して育ててくれて、嬉しかったんですよ」
「は? なぜおまえが嬉しいんだ」
「私たち執事養成員は、ロボットのAIだけでなくロボット丸ごとを作っています。それこそ娘のように思っています。それをお客さんたちが自分好みのロボットを探して、自分の好きなように育てて、古くなって飽きたら捨ててしまうというのは、忍びないものです。だけど、ケイ殿はそんな由香里ちゃんをまだ手元に置いて可愛がっていますし、新しい恋人ロボットではなくて由香里ちゃんをなんとかしようと考えていることが、やっぱり、ロボットを作る側としてはすごく嬉しいんですよ。ロボットは私たちにとっては大切な子どもですから」
俺は最初の恋人ロボットのことを思い出した。
確か……千沙って名前の、ちびっ子でショートカットの子だった。人工知能もそんなに育ってなくて、初々しくてさ。俺の手を捻りつぶそうとしたっけ。
あ、いや。そういう思い出じゃない。
思い出したのは、別れの日だ。千沙のこと、いつの間にか飽きていたんだ。俺もちゃんとAIを育ててあげられるほどマメに接してなかったのもあるけど、いつまで経ってもロボットっぽさと幼さが抜けない千沙に飽きてしまったんだ。興味深かったのは最初だけで、あとは飽きて、ローニンの言うように、モノのように捨てたんだ。
一生懸命千沙を作って、彼女に命を吹き込んだ執事養成員たちにとって、その扱いは悲しいものだったんだろう。
悪かったなあ。
ローニンたちにも、千沙にも。
「でも、ケイ殿のことでわかったんですよ」
「わかった? なにが」
「つまりですね、恋人ロボットに人間並みの愛情を注いだところで、3~4年もすれば買い替え時期が来てしまうんです。由香里ちゃんのように育ててそれを引き継ぐことができないのなら、ただのモノと同じじゃないかってね。使用者のことばかり非難しても、こちらが提供するハードがまだ整備しきれてないんじゃ、そりゃ、モノと同じで捨てられても仕方がありません」
「そうかなー……まあ、どちらの意見もあるんだろうけど」
「そういう意味では、執事ロボットはよくできていると思いますけどね」
「だから営業するなっての」
ローニンの言う、執事ロボットというのは、今の世の中ではごく普通のロボットだ。大きさはさまざまだが、だいたいどの家庭にも執事ロボットがいる。家庭用ホストコンピューターで情報を管理して、執事ロボットが家のことを手伝ってくれる。昔風の家政婦と執事をまぜたような役割をしてくれてとても便利だが、感情らしいものはない。会話も気の利いたジョークとかは言わない。まあ、しりとりくらいならできるように設定されているが、基本的に遊び相手ではない。だから、機種変更も簡単にできるし、そんなに愛着はない。値段も安いし、家庭によっては家族一人ひとり持っていたり、それ以上執事ロボットがいる家もある。
「女型の執事ロボットだったら、なごむんじゃないですか」
「いや、よけい無理。小さめの男型ロボットのほうが、まだ……でも、話し相手にはならないんだよな」
「そうですね」
執事ロボットのことも少し考えたが、やっぱりやめた。俺はまだ就職一年目だし、執事ロボットが必要なほど複雑な生活をしていないからな。
でも、由香里はどんどん故障が進んでいった。もう、立ったり座ったりするのも変な音がするようになってしまった。調子がいい時は一日5時間くらいは動いてしゃべっているが、バグがデカいと何度再起動しても動けない日もある。
それで俺は焦っていた。
早くなんとかしないと、由香里は死んでしまう。
新しいボディを調達するか、嫁ロボットを買うかしないと、由香里の情報が壊れてしまう。しかし、新しい恋人ロボットのボディに今の由香里のAIは60パーセントくらいしか移せないらしいし、嫁ロボットは高い。
一番よくないのは、このまま由香里を寝かせたまま、つまり電源を入れないでおくことで、一番休まるようでいて、次に起きるのにエネルギーがいる分、壊れやすくなるとのことだった。機械ってのはよくわからんな。
ローニンにとりよせてもらった、新式の恋人ロボットのカタログをペラペラめくりながら、ボディや表情といった表面的なこと以外に、由香里の機種からのAI移植についても検討したが、これといって良いのがない。
「このさい、顔はもうどうでも良いと思うんだよ。誰だって年を取るわけだしさ」
「でも、ある程度由香里ちゃんに似ていたほうがいいのでしょう? 背格好だって、彼女はパーツカスタマイズしていますから、ケイ殿のこだわりを感じますよ」
「そりゃまあ、そうだけどさ。大事なのは、由香里の人格なんだよ」
「ケイ殿は良いマスターですね。ケイ殿のようなマスターが増えれば、もしかすると女性が戻ってくるかもしれませんね」
「ん、どういう意味?」
ボソと小声で言ったローニンの言葉の意味が、わからなかった。いや、言葉としてはわかるんだけど、意味がわからない。だって、女性が戻ってくるって無理だろ。もう、女はいないんだから。
「ケイ殿は、女性の本当の価値がわかっているんだと思うんです。そういう人が増えると、女性もまた必要とされたことがわかって、戻ってくるんじゃないかって思うんですよね」
「いや、ちょっと待て。全然意味がわからないぞ? 女性が戻ってくる可能性ってまだあるのか?」
「はい。私たち執事科の人間はそう言われています。だから私たちは、世の中の男性たちが心から愛せるような女性のロボットを作るのが、大きな目標なんです」
マジで?
いや、理解できてないよ。ローニンのセリフの意味は全然わからん。だけど、最初の「はい」だけはわかった。つまり、女性が戻ってくる、また生まれてくる可能性があるってことだ。その条件をローニンは知ってるってことか?
「待て待て待て、すでに良いロボットあるじゃないか。女の存在価値も十分わかってるぞ。女がいれば良かったのにって大半の男は思ってるはずじゃん」
「それはケイ殿だからわかってることです。世の中の人たちは、女性の存在価値を女型ロボット並みにしか考えていません」
わからん。さらにわからなくなったぞ。
だって、女は可愛くて一緒にいれば楽しいだろ?
そんで、エッチなことするんだろ?
そしたら子供ができるから、一緒に暮らして子育てをするんだろ?
だから家で仕事をするから、家事を任せるんだろ?
女型ロボットはそれが全部できる。
それ以上に何があるっていうんだ。
「目標が達成できるとどうなるんだ?」
「容姿や機能だけでなく、お互いを育てることができる関係を築けるロボットができれば、本当の人間的な愛が戻ってくると思うんです。人間的な愛を持つ男性がいれば、女性も安心して戻ってくる、はずです」
容姿や機能だけじゃない、という言葉にハッとさせられた。
俺が今由香里に求めているものは、容姿や機能じゃない。彼女自身だ。
それが本当の愛なんだろうか。そんなことはわからない。俺たちが生まれたときにはすでに女はいないんだから、本当の愛なんてわかるはずがないんだ。