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15、ローニンの見立てについて



 その次の日には、彼女はいつも通りになっていた。

 そう思っていた。しかし、それから少しずつ……由香里は壊れていった。

 つないだ手が異常に冷たい日があったり、デートをしていていきなり立ち止まって動かなくなったりした。

 由香里が壊れているということは、機械素人の俺にだってわかった。このままでは、由香里のボディだけでなく、中身もいかれてしまうのではないだろうか。心配だ。


 こういう時は、あれだ。AIのプロフェッショナルに頼ればいい。執事養成プロジェクト(という会社)に就職したローニンに聞きに行くと、ローニンは少し驚いていた。

「へえ、まだあのロボットと付き合ってるんですか」

「どういうこと?」

「もう5年も経っていますからね。そりゃ、故障も出ますよ」

「5年で? そういうもんなのか」

「まあ、嫁ロボットほどの高級機種でしたら、10年くらいはモちますけど、恋人ロボットは若いですからね、逆にそのままの顔や体つきだと違和感がでるでしょ? そういうときに替えるのが自然なんですけど。メンテナンス、ちゃんとしてますか?」

「まあ、一応」

「アップデートもこまめにしていますか?」

「たぶん……え、それって、由香里が自分でやってるんじゃねえの?」

 あんまり詳しいこと言われても、わからん。

「ロボット本人も、ロボット会社の方でもやってますけど、持ち主も時々は状態を見たほうが良いですよ。もう古いですし」

 古い。

 そうか。古いのか。

 なんか、急にズキとした。

「よかったら、一度持ってきてください」

「見てくれるのか?」

 ということで、ローニンが由香里のことを見てくれることになった。


 早速、俺の仕事が休みの日に彼女をローニンの仕事場に連れて行った。

「おおー、可愛い彼女ですねえ」

「旧式の中でも高級機種ですね」

「AIがよく育っていますね。どうやって育てましたか?」

「パーツカスタマイズが素晴らしい!」

 ローニンに連れられて、奴の会社に入ると、由香里のまわりには、社員がわらわらと集まってきた。なんかこの状況、前にも体験したことがある気がするぞ。

「由香里、気にするな」

「う、うん」

 さっさとこの男たちから抜け出たいが、こいつらもまたしつこい。

「おおー、声も良いですね」

「自然な表情ですねえ」

「ちょっとこっち向いてください」

 って、ほんとこいつら、ロボット馬鹿だな。


 ローニンの個室に入ると、やっと奴らから離れることができた。

「どうぞ、由香里ちゃん。こっちに座ってください」

「はい」

 ローニンは、由香里を大きな機械の前に座らせた。それから、由香里の足の裏と、首の後ろにコードをつないだ。

「じゃあ、ちょっとシャットダウンしてください」

 ローニンが言うと、由香里はすぐに電源を落とした。表情を映す画面が消えて、ただの黒い板のようになる。

 これ嫌いなんだよな。

 普段人間だと思って接しているせいもあるけど、電源を落とした時のギャップがまた、機械感半端ない。

 ローニンは大きなパソコンに由香里のデータを読みこませて、すぐにそれを俺のほうに向けた。

「もうサポート切れてますねえ」

「え」

 心臓のあたりがヒヤッとする。嫌な予感がした。

 それって、もう由香里のことを治せないってことじゃないか。

 俺のひきつった表情に気づいたんだろう、ローニンは画面を向こうにやって、俺に向き合った。それから言葉を選んでいるようだった。

「ケイ殿のAIの育成は素晴らしいですよ。恋人ロボットでこれだけきちんと育てられる人はなかなかいません」

「そ、そうなのか」

 なんか、褒められたっぽいぞ。

「ただそれが……ちょっと、容量いっぱいになっちゃってるみたいです。逆に言えば、今までよく動いていましたよ。よっぽど、ケイ殿に尽くしたいと思ったのでしょうね。良い子ですね、由香里ちゃん」

「あ、うん」

「酷なことを言いますが」

 言うな。

「仕方がないんです」

 聞きたくない。

「もう、由香里ちゃんは」

 やめろ。

「これ以上は動かさないほうが良いでしょう」

 ローニンは静かに言った。

 わかっていた。

 俺の指を食いちぎりそうになった時から、いや、本当はその前から少しずつ、由香里の動きが鈍くなってきたことに気づいていたんだ。

「でも」

「ここに、ケイ殿の育てたAIがありますから、それをなるべく移せるロボットで、新しい恋人か、嫁を作るか……それとも、これだけのAIが育っていれば、コピーしたものを売ることもできますよ」

「売る? 由香里を?」

「すべての人格や記憶ってわけじゃないんですけど、要所要所売ることができます」

「いや、それは、嫌だ。そのAI、そっくり新しい恋人ロボットに移し替えられるのか?」

 そうだ。新しい身体で、顔は今までと同じにして、メモリーもそのまま受け継げるなら、それは由香里ってことだよな。

「残念ですが、すでに情報が壊れ始めているところがあります。それに由香里ちゃんは旧式で、珍しい高級機種なので、まったく同じか、その上位機種がないんです。2年前ならもう少し近いのもあったんですけど、この業界、新しいものがどんどん出るので……似ている機種の新型ならありますが、その場合でもこれだけ育ったメモリーですから、半分から、たぶん60パーセントくらいが受け継げるはずです」

 60パーセント。

 高いとみるか、低いと思うか。

 40パーセントの記憶喪失みたいなもんか。


 机の横で真っ黒の画面になっている由香里を見る。

 俺の由香里。俺が育てた由香里。60パーセントの記憶だけ移し替えて、それは俺の由香里なんだろうか。少し似ていて、少し違う。それは果たして、誰なんだろうか。

 そんなの、俺の由香里じゃない。

「恋人ロボットというのは、そんなに長い間使うものじゃないんです。人類にとって、研究の一つなんです。わかってください」

 それはわかる。

 だけど、じゃあ、由香里はどこへ行ってしまったんだ。

「もし、恋人ロボットのように機種や記憶が変わってしまうのが耐えられないのでしたら、これから先は嫁ロボットを手に入れたほうが良いでしょう」

「嫁ロボット? 嫁ロボットなら記憶はそっくり移せるのか?」

「嫁ロボットから嫁ロボットならば、100パーセントではありませんが、まあ、90パーセント以上は」

 なるほど。

 だから嫁ロボットは値段が高いんだ。ただ単に、機械としての性能、起動時間やできることがたくさんあるとか、そういうことだけじゃなくて、長期間(場合によっては生涯)使用することを念頭に置いたつくりをしているってことか。

 いや。

 俺みたいな若造に、そんなもん、買えるはずがない。


「頼みがあるんだ」

 俺はローニンに由香里のAIを保存してくれるように頼んだ。

「かまいませんけど、全部はできません。一度コンピューターにコピーする時に、どうしても欠損が出てしまうんです。もともとこれだけ高性能のAIのうえに、さらに由香里ちゃんのは容量を超えているんです。ですから、それは理解してください」

「欠損」

「恋人ロボットに移植するのよりは、少しはましだと思いますが」

 そんなに……つまり、この時点からは、嫁ロボットに移植するしか由香里が助かる方法がない。

「どうしますか?」

「そりゃ、嫁ロボットにしたいのはやまやまだが、そんなもん買える金もねえし」

「そうですよね。じゃあ、恋人ロボットも更新しないんですか」

「ああ。由香里に似ていたら、それはそれでたぶん無理だと思う」

「なるほど、そうかもしれませんね」

「とりあえず今は、できるだけコピーをとっておいてくれないか。由香里オリジナルのAIをどうするかはもうちょっと考える」

「わかりました。それまでの間、執事ロボットはいかがですか」

「ははっ、営業するな!」

 確かに執事ロボットがいれば、家のことでも個人のことでもなんでもやってくれるし、恋人ロボットや嫁ロボットに比べれば安価ではあるが、そういうのが欲しいわけじゃないんだ。


 俺は由香里を寮の部屋に連れて帰った。

 これからしばらくは、俺たちは寮で会うことにした。外に出るといつ由香里が止まってしまうかわからないからな。



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