14、5年後の関係について
俺は由香里のAIをゆっくり育てようと決心した。ローニンと話して気づいたけど、やっぱり俺の恋人は俺が育てなけりゃな。由香里が理想の恋人になるかどうかは、俺次第ってことだ。
だいたい俺が由香里を注文した時「大人しいよりは元気な方が良いけど、子どもみたいにキャーキャーうるさくないのが良い。できれば、一緒にキャンプにいったり、海で泳いだり、スキーとテニスとかスポーツできるような活発さも欲しい。
いつも微笑んでるような優しさは欲しいけど、間違った時はメって叱ってくれたらちょっと嬉しいかも。まあ、そういうのは包容力っていうか、大人の女性なら兼ね備えてるのかも知れないけど、やっぱりある程度大人として自立していて、なおかつ、俺の好みに合わせてくれるような女性が好みだ」って言ったけど、やっぱり彼女は俺よりずっと大人っぽいかというとそうでもなかった。確かに前のロボットよりはずっと大人に見えたし、雰囲気や気遣いも大人っぽかったけど、喋ってみりゃ普通の18歳の女の子だ。
ローニンの話では、言葉と態度でよく示せってことだ。それは結構難しかった。
俺だって同じ18歳で、彼女より大人かというとそうでもない。そんな俺が彼女のAIを育てるのは大変だった。だけど、言葉にして態度に示して、少しずつ俺たちはお互いを育んだ。
五年も経つと、お互いにずいぶんと大人になったと思う。思い通りにならなかったことも、まああるけれど、俺にとっては居心地のいい、かけがえのない恋人が出来上がったと思った。
そして俺たちは大学を卒業し、俺は繊維会社に就職した。第二のプラスチック繊維といわれている、暑い国の虫の繭から作る・・・と、これは企業秘密だ。とにかく、俺は就職をした。
会社が終わると、毎日彼女の家に寄った。(俺はまだ実家にいるから、一緒に住んでるわけじゃない)
「ただいまー」
「お帰り、ケイ君。お仕事ごくろうさま」
いいねえ、こんな風に出迎えてくれてねぎらってくれるなんて。
俺も就職したし、ゆくゆくは結婚したい。
とはいえ、彼女は“恋人ロボット”だからな。育てたAIはある程度嫁ロボットに移せると言われているが(めちゃくちゃ高価だし)そこんところ、どうなんだろ。こういうのはローニンに聞いてみるか。
なんて考えながらも、甘い甘い恋人との生活は楽しかった。
「ごはんにする? それとも、私?」
いいねえ、かつてはベタだったであろうこのセリフ。昔の漫画に書かれていたが、これはなかなか男心をくすぐるセリフだよな。教えてよかった! とはいえ、普通に腹が減っている。
「飯にする。今日は何?」
「今日はスーパーフードサラダだよ」
まあ、飯は彼女が作るというか、どういう経路で購入されているのかはわからんが、とりあえず、彼女の手料理風に皿に乗って出てくる。
「わお、ありがとう。うまそうだね、いただきまーす」
本当に美味そうかどうかはこの際どうでもいい。これはコミュニケーションとしてのセリフだ。どんなものが出されても「美味そう」と伝える。それは彼女がそれを用意してくれたことへの感謝と、それから俺が食事をしたいという意思を伝えるためだ。ここで「またこれ?」とか「これ、好きじゃない」とか、そういうマイナスイメージの言葉をかけると、彼女のAIがそれを学習してしまう。実は若いころはそれを平気でやっちまっていた。
特に「これ好きじゃない」というのは、一見自分の好みをちゃんと相手に伝えているようにみえるが、それを言ったことで先に相手の好意を踏みにじってしまうのだ。だから、もし嫌いなものが提供されたら、先に「ありがとう」と感謝を伝えてから、それが嫌いだと伝える。その時の言葉も、なるべく直接的にならないようにしないとならない。そうしないと、ロボットの脳はそのまま学習してしまう。
だから逆に俺が彼女に何かをしてあげた時に「それ嫌い」と言われたりして、俺が傷ついたりする。彼女に悪気はなくても、コミュニケーションの一環として、時々は「それ嫌い」というのが礼儀だと思われていたのには驚きだった。
食事を終えると(もちろん彼女も一緒に食べる)彼女はお茶を入れてくれる。
「デザート、いただきます」
「あんっ」
みたいな感じで、自然にエッチにもっていくのもできるようになった。
付き合い始めのころに気になっていた喘ぎ声も、だいぶ改善した。とはいえ、理想通りかというと、まあそうでもない。その辺は由香里の個性なんだと思って、今のままでいいと思っている。(いや、できることなら、もうちょっとこう、エロ~い声とか出してほしいと思ってるが)
とはいえ、まだまだ改良の余地はある。
どんなことも、日々研究と実践だ。
「んむ」
ということで、今日は彼女の口を育てよう。かわいい口に突っ込んでなめなめさせているところだった。ところが、いきなり激痛が走った。
「んぎゃっ!」
何かと思ったら、彼女の口がガッツリ俺の指を噛んで、そのまま動作が停止していた。
「ゆっ、離せっ、ちぎれる! ちぎれる! はなせ!」
由香里の頭を向こうに押すが、彼女の口は開かない。ていうか、明らかに表情(恋人ロボットの顔は映像)が乱れてノイズが入っている。
バグだ。
このままだと本当に俺の大事な指が食いちぎられる。いくらロボットだからって、一応歯だってあるんだ。
非常事態に、由香里の鼻をぶん殴った。
ピーピーと音が響き、由香里の力が抜けた。
「い、てえ・・・一体なんだ」
ロボットの非常停止ボタンは、体のどこかをかなり強い力で押せばいいのだが、まさか殴るとは。自分で自分が信じられなかった。
いや、これ、俺の大事なアレだったら、確実に死んでるぞ。あぶねえー!
よくわからんが、とにかく今日はもう無理だ。
俺は彼女をベッドに置き、足の裏にケーブルをつないだ。それから、ベッド横にある装置を立ち上げて、バグの報告を書き込み、部屋を後にした。
たぶんこれで、明日には治ってるはずだが。
次の日、彼女からメールが来た。
「今日風邪気味だから、病院に行くね。また明日連絡するね」
なるほど。病院か。やっぱり具合が悪いのか。
「お大事に」とメールを送っておいた。