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第六話 願いを叶える神
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「また負けた!」
ここは魔王城の一角。簡単に言えば娯楽室。そこで私とウィルはトランプでババ抜きをしていた。暇だからだ。そして私は十連勝ぐらいしていた。
「何でそんなに強いんだよ!」
「……ウィル、顔に出やすいから」
「あー、くそ、もう一回だ!」
そう言いながらトランプをかき集め、シャッフルし始めた。
自分でやっても変わらないのに……。
「今回も勝つよ」
「いやいや、ジジ抜きならワンチャンあるはずだ!どれがジョーカーかわからないからな!」
……と言って意気揚々とトランプを配るウィル。
暇だ……と思いながら次のジョーカーを予想していると、廊下の外が騒がしいことに気が付いた。
「どうしたんだろ?」
「ん?どこ行くんだ?配り終わったぞ?」
「廊下、誰かいるみたい」
「え?どれどれ……」
私たちはトランプを机に置き、ほんの少しだけドアを開いた。その隙間から廊下を前にひそひそ話をし始めた。
「……あれはバノンの鍛冶屋だな。連れてかれてるみたいだぞ」
「バノンの鍛冶屋?指名手配の?見つかっちゃったのかぁ」
「見つかってなかったらこうはならないだろ」
「んー」
そう話していると、スグリさんがこちらに気づき、ドアを全開にした。
バァン!という音と共にドアに体重をかけていた私たちは雪崩れるように廊下に顔を打ちつけた。
「「いたたぁっ?!」」
「……なに覗いてるんですか」
スグリさんが重なる私たちを呆れるように睨む。そこで上にいるウィルが先程気になっていた後ろの荷物について口を開けた。
「あの、後ろの……」
「あぁ……今から独房に入れるところなんです」
「独房?!」
「しーっ!静かに!」
思わず大声を上げた私の口をウィルが塞ぐ。それを見たスグリさんは軽くため息をつき、説明を始めた。
「……前魔王様のご子息がここに帰られまして、その方がこの指名手配されていたカリビアを引きず……いえ、連行されたのです」
「今引きずってって____」
「シャラップ!!……あ、やば、起きちゃう起きちゃう」
叫んだあと後ろの鍛冶屋を確認するスグリさん。まだ起きていないようだ。
確認したと思ったら俊敏な動きで目の前に迫ってきた。
「……ってことで!」
「な、なに……」
「頼みたいことがあるんです」
狼狽える私たちの前でスグリさんはニッコリと笑った。
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「……よくここがわかりましたね」
綺麗な緑の光が反射する森の中。
新緑の香りと雨上がりの涼しい風が頬を撫でる。
御伽噺では妖精がいるだの隠れた楽園などが話題に出るだろう。だが、ここではそうはいかない。なぜなら目の前には神と呼べるような者がいるからだ。
「は、え……はぁ?」
「恐れなくてもよいのです。今は閉じてますが……この瞳が真実を見ているのですから」
頭に巨大なピンクの花を左右両方に付けた緑の髪の女性は微笑んだ。
「……あなたは本当に大地の神なのですか?」
「えぇ。正真正銘間違いなく。さぁ、何でも言ってください。願いを叶えましょう」
「えっ?願い?」
「……あれあれっ?神様って願いを叶えるもんじゃないんですか?」
目の前の神様……?は杖を持っているのとは反対の手で口を押さえる。よく見るとその手は木に変化していた。
「いや、それ迷信じゃ……。叶えてくれるなら喜んで願いを言いますが……」
「何でも言いなさいな」
「なら……」
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「砂漠に異常なまでの木々が生えている?」
「おう。なんでも、神が願いを叶えたってことで最近騒ぎがあったんだ」
「……なるほど……」
ここは警察署。当たり前の話だが、ここでは僕たち刑事や警察が勤務している。
そして僕は目の前にいるトレジャーハンターの言葉に耳を傾けていた。
願いを叶える神。それが本当に存在したのか。本当なら大発見だ。
「たまに魔界から情報を得ててよ。そしたらとんでもねぇ、伝説みたいな話にぶち当たったんだ」
「伝説みたいな……師匠たちの存在が伝説みたいなもんなんですが……」
僕は師匠を横目で見る。師匠はカウボーイのように鞭をブンブンと回しながら煎餅をバリバリ食べている。
「まぁ、それはさておき。環境保護あたりの機関が動く前に手を打っといた方がいいと思うぜ?……もぐもぐ……それにこの前の作戦は極秘中の極秘なんだろ?この問題を元にその作戦について嗅ぎ付けられたらオレらが困る……もぐもぐ」
「先に飲み込んでくださいよ。……んまぁ、確かに大問題ですが、僕のような一介の刑事に調査をするための権利がありません!」
「んー?上原ならとっくにオッケーしてくれたぞ?な?……ごくんっ……げほっげほっ」
「えぇっ?!」
飲み物か上原先輩かを迷っていると元気な声が爆音で部屋を駆け巡った。
「イッエース!!!彼の頼みを聞いた上原さんの登場だーい!!」
「うっさいですよ!!!」
ドアを思いっきり開いた先輩に後輩の山野くんがドロップキックをお見舞いした。吹き飛ばされた先輩の右手から拡声器が飛び、その光景に僕は頭を抱える。隣で師匠は嬉しそうに拍手をしている。
「あちゃー……」
「お見事!あっぱれ!はははっ!」
「ということでだ!ほれ、黒池ちゃん。パスポートだ」
「復活早っ!……っていつの間に?!」
お腹を押さえたまま笑顔で復活した先輩は僕に向かってパスポートを投げつけた。これは空港で海外旅行をするときに提示するアレ……。どうして?
「こんなものがあるんでねぇ」
「あっ!それは!」
先輩は僕の家の……合鍵を見せつけた。
何で持ってるんだよ……と僕は心の中でつっこんだ。
「この前の事件で黒池ちゃんの部屋に入ったでしょ?そん時のやつ!いやぁ、世の中便利になったもんだねぇ」
「先輩、不法侵入で訴えますよ」
「ごめんってば!でも、こうして上に話を通すことだってできたし、許してちょうだい!」
先輩の言葉に部屋で乾いた笑い声が響く。しかしやはり甘い僕は先輩を許してしまった。
「……いいですよ。なんだかんだでいつもお世話になってるんですから」
「さっすが黒池ちゃん」
悪い大人の笑みは、正義を掲げる警察署で起こるもの。先程ドロップキックをかました後輩は呆れ返り、それを傍観する師匠は相変わらず煎餅を食べ続けていた。
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キリルとスクーレと『デストロイヤー』と共にホテルに滞在して三日ほど経った。
三日前の騒動のせいで客はおろかホテルの従業員まで逃げてしまったのだが、体を休めることはできるのでここにしばらく留まっていた。
新聞やテレビなどは機能しており、現場を見たいという物好きたちも訪れている。
そしてその物好きたちから流れてきたのか知らないが、ものすごく興味が湧く噂を耳にした。
「願いを叶える神ねぇ……聞いたこと無いわね」
スクーレは椅子の上で足を組んで考えたが、知らなかったようだ。隣で『デストロイヤー』も『化け物さん』と共に首を振っている。さっきもキリルに「知らんな」と言われたばっかりなので相当くるものがある。
「それなら、ハレティの時代にはノートの他に神がいたはずだ。そっから何かわかんないのか?」
「そう言われても……」
「お願いだ!神とかのことに一番詳しいの、お前しかいないんだ!」
オレはスクーレの両手を握る。
スクーレは面食らった表情をし、オレは勢いでやったので正気に戻った直後、顔を真っ赤にして急いで手を離した。
「私しかいないって……あ」
「何か思い当たるものでも?!」
「アメルの丘にあるあの木、覚えてる?」
「もちろん。オレの大好きな場所さ」
オレは満足げにあの丘について思いを馳せる。
大きな丘から見える景色は絶景で、アメル全貌を見渡せる。そして心地よい風。寝転がったら眩しい太陽の光から守ってくれる大きな大きな木が頭上に見える。あそこにいると時間を忘れられる。
「あの木ね、実はアルメト様の死を偲んで植えた説の他にもう一つあるのよ」
「もう一つ?」
「そう!あれは力を失った大地の神の休息モードじゃないかって言われてるの!」
「……はぇ?」
突拍子もない説に思わず変な声が出た。
あれが神?冗談じゃない。でかすぎる。オレ何人分なんだよ。
オレがあんぐりと口を開けていると、スクーレは人差し指を立てて饒舌に話し出した。
「あの木には不思議な力があってね、アメルで死んだ人に会えるっていうんだ。嘘じゃないよ、だってヘラと黒池さんが戦ったときにアルメト様が現れたからね!」
「興味深いな……」
「それに殺意を露わにしたら動きが鈍くなるの。それはアルメト様の力だったんだけど……それを可能にしちゃうんだから、そういう願いを叶えたってことも考えられるわよね」
「嘘だろ?!いつもオレ、あそこで寝てるんだぞ?体が重くなったことなんて一度も無いぞ!」
オレはスクーレに言い寄るが、彼女は「そんなの知らないよ……呪術で逃れてるんじゃないの?」とか言って一蹴した。
その隣では『化け物さん』が爆笑している。……腹立つ。
「ぎゃはは、平和ボケしすぎじゃねぇの?」
「うっせぇ!オレは本当にあそこが好きなんだよ!」
「おぉ、こわ。でもその丘から見える街は『デストロイヤー』が破壊しちゃったからな!ぎゃははははっ!!」
「……ちょっと!」
『化け物さん』の一言に静まり返る部屋。とんでもなく気まずい空気になってしまった。
「あれ?まずいこと言った?」
「ギルティ」
「うそーん」
『化け物さん』はオレに叱られたあとどこから取り出したのかわからない魚を食べ始めた。なんて無神経な奴なんだ。
「……とりあえず情報ありがとうな」
「えぇ。……聞くってことは大地の神に会いに行くの?何を頼みに行くの?」
外に出ようとしたオレをスクーレが呼び止める。
「……願いか。そりゃもちろん……こんな馬鹿な戦いを終わらせることだ」
「馬鹿な戦いだぁ?馬鹿なのはお前の方じゃないのか?」
オレが奥歯を噛み締めながら言った直後、ずっと黙っていた左の『化け物さん』が口を開けた。
「……何を言いたいんだ?」
「お前がどうしようもない馬鹿野郎だって言いたいんだ。ったく、せっかく手を貸してやろうと思っていたんだが……行くぞ、『デストロイヤー』」
「え、えぇっ?ひ、引っ張らないでっ」
犬を散歩していたら突然引っ張られて走ることになる……まさにそのような光景が目の前にある。スクーレが止めようとしたが、右の『化け物さん』に遮られる。
……オレがどうしようもない馬鹿野郎?確かに猪突猛進なところは認めるが……ここまで言われて黙っているオレではない。
「おい、言わせておけば酷い言いようだな!表出ろ、しごいてやる」
「やめなさいよ、レイン!」
オレは余裕綽々な『化け物さん』たちに突っ掛かったが、首の一振りでオレは軽く飛ばされてしまい、ベッドに激突した。騒音を聞き付け、まだ残っていた人たちがクレームを言いに来た。
「うるさいぞ!何時だと思っている!……ってその姿……!うわぁあああっ?!」
……言いに来たかと思いきやすぐにどっかに行ってしまった。理由はわかりきっている。三日前の騒動のせいだ。すっかり『デストロイヤー』たちの噂は広まっているようだ。
「兄貴はまだまだだな」
「……ふん。今日は許してやるよ」
オレは『化け物さん』に背を向けて腕を組んだ。
「とか言いながら内心ホッとしてるんだろ?けけけっ」
「う、うるさい!思ってねーよ!」
彼らの笑い声にオレは顔を赤くして反論した。
「……ま、見たところ敵意は無いようだし……勝手に仕掛けたオレが馬鹿みたいじゃねぇか」
オレは再び後ろを向いて呟いた。
……といっても恥ずかしさを隠すためなのだが……。
「……兄貴。いや、レイン。言おうと思ってたんだが……明日の朝、ここを出ようと思っている。そうだろ?『デストロイヤー』」
『化け物さん』たちは『デストロイヤー』の方を向く。彼女は小さく頷いた。よく見ると口が縫い直されている。いや、元からほどいておらず、ずっと縫われていたかのように思われる。そりゃあ頷くか首を振るしかできないだろう。
「元々はレインたちを倒すために『海』からやってきたんだ。でも呆気なく終わったら面白くないだろ?だからもっと強くなれ。強くなったらもう一度戦ってやる。そのときは容赦しないぞ」
「お前……」
昔、同じようなことを聞いた。
彼はオレたちのためにギリギリの力を使って相手をしてくれた。
騎士の礼儀として本気でやってくれた。
そしてオレはムジナに剣を貰い、辛くも勝利した。
あの人は今何をやっているのだろうか。
オレがサニーと一緒に過ごし始めてからあの店から離れた。別の場所で住むことをあの人は快く了承してくれた。
カリビア……お前には礼を言っても言い尽くせないな……。
「ほら、早くあの人間のとこに戻れ。明日は早いんだぞ……って何笑ってんだよ!」
『化け物さん』たちに文字通りドアの方向に背中を押される。オレはその必死さか認められた嬉しさに自然と顔がほころんでいた。
どうも、グラニュー糖*です!
今三期の人間組のイラスト描いてるところなんですよ。
めっちゃ眠いです。
最近デジタルイラストを描く時間がなくて悲しいです。
では、また!