理不尽の刃
第五話 放蕩兄貴
__________
アメルでレインたちを逃して二日後。
オレはヌタスさんを店のプライベートルームで匿っていた。
文字通り隠居しているオレはもちろん、長いこと別の場所にいたらしいヌタスさんも魔王に会うわけにはいかないからだ。
そして今はオレがいた軍の話をしている。
「なるほどねぇ。他の班の隊長たちは?」
「……連絡取れていません」
「そうかそうか。あの猫か魚かよくわかんない奴、気に入ってたんだけどねぇ……」
ヌタスさんは上を見ながら呟いた。
オレ的にはあいつはそんなに好きではなかった。
顔はどう見ても猫。そうとしか言えないのだが、後ろから見ると魚の尾ビレがある。猫と魚という因縁の関係なのに共存しているというのはあまりにも滑稽だった。
そんなあいつはオレのことを追っかけ回し、困らせてきた。しかも女に見える男だ。一体、どれだけの人を惑わせたら気が済むのだろうか。
「あいつはやめといた方がいいですよ。男か女かわかりゃしない」
オレが吐き捨てるように言うと、ヌタスさんは急に真剣な顔をした。
「……実はな、どうしてあんな姿になったのか、知ってるんだよな」
「……魚人化の経緯……ですか?」
「あぁ、そうだ。あいつは『根本的なところ』……言うなれば『常識』に手を触れてしまった。普通、猫は魚を食べるってイメージだろう?その『常識』を変えてごらんよ。だからあんな風になった」
ヌタスさんはどこから取り出したのかわからないメモ帳にスラスラっと書いていった。
オレはもう一度あの軍にいた人たちを思い出す。
今思えば変な奴らばかりだった。
猫と魚のハイブリッドもいれば、ウサギとサメのハイブリッドもいた。天使と悪魔のハイブリッドもいた。全くもって意味不明な奴らだった。
しかし、いざ会えないとなったらとても悲しくなった。
「……ま、生きてりゃいつか会えるさ。時にカリビア、これからどうするんだ?城に戻らないのか?」
「あ……えっとですね……戻りたくても戻れないというのが現状でして……」
オレはヌタスさんに最後の遠征や全滅の話、そして全力でオレのことを探しているということを伝えた。
「へぇ、そうなのか。それはそれは……。でも戻れないってのは同じだね」
「え?それはどういう……」
「絶縁だよ」
「!?」
絶縁、それは文字通り縁を絶つということだ。でもどうして?
「自由すぎたんだよ。ほら、ついこの間まで旅に出てたし。最近いろんな事件が起こってるんでしょ?街の人に聞いたんだ。あーあ、お兄さんも参加したかったなぁ!」
ヌタスさんは紙をグシャグシャにし、ごみ箱へ投げ捨てた。
「確かにいろいろ大変なことは起きました。ですが、あなたのような強力な人が参戦すると、パワーバランスがそれこそ大変なことになります」
「……でも、人間の動きを見れてなかった死神たちも悪いよね?」
「……それは人間たちが新天地を求めたという話のことですか?」
「それもある。それに、引き金を引いたのは『人間を管理すべき死神の一人』だ。これは許されざる問題だ。さらには霊王まで動き、最終的には消滅してしまった。それがどういうことか理解しているよね?」
「はい。死を迎えた人間の行き場が無くなり、現在幽霊や妖怪の概念がほぼゼロに等しい人間界に再び幽霊や妖怪が溢れかえるということですよね?」
「そうそう」
そしてそれを保つために人間を使った。
誰もが納得する方法はそれしかなかった。平和のためには誰かの涙が必要。それはいつの時代でも共通することだった。
「……でもいつまでもつか……」
「知ってるんだろう?カリビア」
「何のことですか」
驚き、前を見るとヌタスさんはオレを睨んでいた。オレはとりあえず理由を聞くことにした。
「しらばっくれるな、神のシモベめ」
「何を変なことを」
「昔からお前をマークしていた。お前も不思議に思っていただろう?どうして魔力を持たない自分が隊長をやってほしいとか頼まれているのか」
「……それは思っていましたよ。でもそれがどうしたんですか?」
オレは少し身構えた。
「それは監視下に置けるからだ。あと街に貼られている指名手配の紙。あれを貼るように指示したのは俺だ」
ヌタスさんはポケットから街でよく見る紙を取り出した。そこにはオレのことが書かれていた。
……絶縁したのではなかったのか?
「俺とライルと父さんは天界からの侵攻について頭を抱えていた。最初は敵情視察について考えた。そしてお前という存在を見つけたんだ。何の力も持たない人間を生き返らせ、偽の記憶を植え込み、スパイとして送り込まれたお前をな」
「……」
信じがたい言葉にオレの頭は混乱した。
スパイ?神のシモベ?
オレは……死んだ人間?
「お前は自分のことがわからないゾンビだ」
「……そんなこと、信じられません」
「そうだろうね。でも証人はいるさ。俺の計画に参加してくれた死神がね」
ヌタスさんが言い切った直後、ドアが開く音がした。
嫌な予感がする。動かなくなったはずの心臓が早鐘を打つ。
何十年も放置して錆びだらけになった鉄のような首をドアの方に向けた。
そこにはオレがよく知る男が申し訳なさそうに立っていた。
「……ヘッジ……」
「カリビア……いや、ユグドラシルに住んでいた名も無き人間。……ごめんなさい」
ヘッジは目を逸らしてボソボソと話した。
「調べたところ、ユグドラシルの人間は今を生きる人間より丈夫で霊感も強かったそうだ。神は試験的にお前の肉体を奪い去り、今の状態にした」
「カリビア、俺たちが初めて会ったあの日、幽霊がいっぱいいたでしょ?……それ、実はこの計画に手を貸してた死神たちが放ったんだ。違和感無くカリビアを捕まえられるようにね」
「でもな、なかなか大変だったんだ。軍は民に頼られていたから消すに消せないって。それはライルも同じだったんだ。いつの間にか父さんは死ぬし、ライルはお前を殺したくないって駄々こねるし。俺はライルと反対でお前を殺す派だったんだ。それで魔王の座を受け継いだライルに絶縁されたんだ」
ヘッジとヌタスさんは代わる代わる話していく。だが、オレにはまだ現実味が無かった。
「俺はカリビアと暮らしながら変なことをしないか監視してたんだ。スクーレと戦わせたのも、あわよくば倒してもらおうと思ってた。でも神の力を少しだけでも持ってるカリビアを殺すまではいかなかった」
「お前を消されるのを恐れた神は、この前会った金髪の呪術師の弟を連れ去った。とんでもなく強いからね。それで神自身を倒すかもしれない危険分子の気をそっちに向けようとした、ということだ。違うかい?」
喋りっぱなしのヌタスさんは一度深呼吸をし、オレを見た。
「オレは……何も知らない。どうして……どうしてオレがゾンビなんだよ!?何も悪いことしてないのに指名手配とか、意味わかんないよ!!」
「落ち着いて!カリビアっ」
「離せ!オレは……こんなことになるんだったら……さっさと捕まった方がマシだよ……!……ぁあ……うぁあ……っ」
オレはうずくまり、顔を手で覆って声を殺して泣いた。
しかし手を差し伸べるものは誰もいなかった。
どうせオレは敵なんだ。力を持ちすぎた暴れ馬だ。誰も助けてくれない。
今の話が本当なら、ユグドラシルの民であるハレティの遺体が消えたのもオレのせいだ。恐らく彼もオレと同じことをされる。オレは……この罪に耐え切れない。
「……そうだ……オレは……さっさと死んじゃえばいいんだ……」
「……カリビア?何を言って……」
「ねぇ、ヘッジ。下からスパナ持ってきてよ。そのままオレの頭を殴ってほしい」
オレは震える声と体でヘッジに向き合った。彼は恐怖で支配されそうだった。オレはそのまま彼の肩を両手で掴んだ。
「嫌だよ!正気に戻って、カリビア!」
「オレはいつだって正気だ!おかしいのは世界だっ……どうして悲劇を起こさないとバランスを取れないんだよ……!オレは……オレは……神でも悪魔でも誰でも消してやる!誰もいなくなったら____」
突然顔に岩をも砕きそうな衝撃があった。
オレは壁に叩きつけられ、血を吐き出し、焦点が合わないままオレを殴ったヌタスさんの方を見た。
「いい加減にしろ、カリビア。このままお前を殺したっていい。だが、お前を慕う部下たちをどうする?ヘッジをどうする?……お前が死んだら悲しむ人たちはたくさんいるだろう?」
「そうだよ、カリビア!ただ監視対象ってわけじゃなくて……俺はカリビアを友達だって……!」
「……お前はどうしたい?カリビア自身の答えが知りたいんだ」
オレは再び泣きそうになりながら必死に考えた。
オレ自身の答え。そんなの決まってる。そんなの……。
「ずっと……ずっと一緒にいたいに決まってる……」
掠れた声で呟いたオレは大粒の涙を一つ零すと共に意識を失った。
__________
「……で、連れてきたわけなの?」
俺はヘッジと気絶しているカリビアを文字通りズルズルと引き連れて魔王城にやってきた。バノンは魔王城の城下町なのですごく近い。なのでそう辛くなかった。
そして玉座にちょこんと座る俺の妹、ライルは目の前の光景を煙たそうに見ている。
「なぁ、バノンはしっかり調べたのか?灯台下暗しだな、まったく」
「連れてきてくれたことは感謝するわ。でも早く帰って。もうお兄ちゃんじゃないもの」
「まぁまぁ。カリビアは殺さん。だが、窓一つ道具一つ無い独房で閉じ込めておけ。隙あらば自殺をし、物が見えたら情報が神どもに直結するぞ」
俺はカリビアの腕を掴んだ。気絶してさらには死体である彼の体は力無くズルリと床に触れた。その光景をヘッジは泣きそうな顔で見ていた。
「……わかった。新しいとこ、作らせるわ」
ライルがスグリを呼び出そうとしたその時、ヘッジが一歩前に出た。
「……お言葉ですが、俺は反対です。カリビアは何も悪くない。だから……閉じ込めたりなんかしないであげて……っ」
ヘッジはカリビアの体を抱き、涙を流して訴えた。
しかしそれで許されるほど現実は甘くなかった。
「ダメ。その人を放てば世界が崩壊してしまうかもしれないから。……スグリ、よろしくね」
「了解しました」
スグリは俺にも一礼し、カリビアを抱えて行ってしまった。
俺は振り返ってヘッジを見る。彼はすでに泣くことをやめていた。
「もうちょっと言い返すとかしなかったのか?」
「……元はといえば俺のせいだから……俺が悪いから……」
「そんなことはない。よく決心したな」
「……はい……」
ヘッジは肩を落とし、死神だけが使える『穴』を使い、クノリティアだろう場所に戻った。
これでいいんだ。これで……。
どうも、グラニュー糖*です!
一番好きなのはカリビアさんです。はい。
よく描くのはヘラやリストですが、カリビアさんが好きです。
好きなキャラっていじめたくなっちゃいます。
では、また!