蹂躙
第四話 当たり前
ワタシは初めて知った。
悪魔も人間と同じように社会というものを築いていること。そして文化があることを。
それを目の前の光景が物語っていた。
「三名様ですね?」
受付嬢がペンと紙を持って聞いてきた。
ここはホテルのロビー。
もう朝日が昇っており、チェックアウトする人がちらほら見えている頃だった。
「あぁ。でもオレは別の部屋でいい」
「お兄ちゃん、別の部屋に行くの?」
「お兄さんでしたら同じ部屋の方がよろしいかと……」
「……いや、いい」
ワタシの言葉に受付嬢も同じ部屋を勧める。だが、お兄ちゃんはまだ気絶しているスクーレさんを見、そして断った。
「では女性専用の部屋にご案内致します。そして申し訳ないのですが、お兄さんは相部屋になりますが、よろしいですか?」
「相部屋?部屋が足りないのか……まぁいいぞ。そこにしよう」
部屋の鍵を受け取ったお兄ちゃんが再びスクーレさんを担ぐと、受付嬢から声がかかった。
「あ、お兄さん。ちょうどあなたと相部屋になる人がそこにいますよ」
「え?……デス?デスじゃないか!?」
「レイン!怪我、治ったんだな!」
お兄ちゃんとデスと呼ばれた銀髪でロックな服を着た男の人は再会を喜んでいる。
……デス……聞いたことないけど……。お兄ちゃんの友達なら安心して泊まれる……!
「あぁ!というかお前、人間界に帰ったんじゃなかったのな」
「正直こっちの方が居心地がいいからな。皆優しくしてくれるし。おや、そっちの人形みたいな女の子は友達かい?」
デスさんはワタシを指差した。
妹だと言おうとしたが、口の封印が戻ってしまっていたため声を出すことができなかった。
「自称オレの妹、だとよ。オレって兄弟いすぎじゃね?」
「へぇ、妹か。キミ、お名前は?」
デスさんが前かがみで聞いてくる。
しかしワタシには名前が無い。何も言うことがない。ワタシは首を横に振った。
「なら代わりに答えてやるよ。こいつは『デストロイヤー』だ。……お?表情が変わったな?そうだよ、最近機関の奴らを騒がしている『デストロイヤー』だ」
右の『化け物さん』はペラペラと喋り上げた。真実どころか喋るリボンを目の当たりにしたデスさんは固まってしまった。申し訳ない。
「……おーい、デス、大丈夫か?」
「あ、あぁ……びっくりしただけだよ」
……と言いつつも顔が引きつっている。
「そういえば中二病の話し方やめたのか?」
「悪魔のイメージといつもの話し方のギャップがすごかったからね。……だから本当の名前で名乗ろうと思うんだけど、みんなは『デス』の一点張りなんだよね?」
「そりゃ覚えやすいし」
「……だよねぇ」
デスさんは困った顔でポケットに手を入れる。本気で悩んでいるんだ、この人。
……ワタシだってこの名前は本当の名前じゃない。まずこの顔に『デストロイヤー』なんて似合わないし。でも、デスさんは本当の名前を隠しているだけで、ワタシは本当の名前を知らない。デスさんはそれだけでも幸せ者だというのにどうして隠す必要があるのだろうか。
「でも本当の自分で世界と向き合うのもいいかもしれないよ。こっちにはキミの知らない人たちがいっぱいいる。人間界では『デス』って名乗ってもいいから、こっちでは本当の名前で名乗ったらどう?」
お兄ちゃんの言葉に、デスさんは下を向いた。
そしてしばらく経ち、顔を上げた。
「……キリル」
「?」
「『キリル・D・レオノフ』……これが本名だ。ちなみにDはデスじゃない。ダンだ」
本名を言ったデス……改めキリルさんはどこかスッキリした表情をしていた。
「……へへっ。改めてよろしくな、キリル!」
お兄ちゃんはどこか恥ずかしいような顔をしながらキリルさんに手を差し出し、二人は固く握手した。
「男の友情ってもんなのかねぇ。ま、お前にはわからんよ」
「……友情……か」
ワタシと『化け物さん』はホテルのロビーで笑い合う二人を、ジロジロと見てくる周りの目を気にしながら見続けた。
……二人が飽きるまで。
__________
スクーレを女子部屋で寝かせ、オレとキリルはベッドに座って話を続けていた。
もちろんこれからのことについてだ。
「なぁ、キリル。もう人間界には戻らねぇのか?」
「いつか戻るよ。ヘッジに頼めばいいんだろう?」
「それは……そうなんだが……」
自信満々な言葉にオレは俯いた。
もちろん昨晩のことを思い出して、だ。
カリビアが傭兵紛いのことをしているとすれば、雇ったのはヘッジに違いない。だが、いつからあんなに死神たちの行動は厳しくなったのだろうか。
それに今、カリビアが報告してしまっているだろう。もしキリルについていって鉢合わせするなんてことになったら……考えるだけで寒気がする。
「どうしたんだ?顔色が悪いぞ?水飲むか?」
「あ、あぁ……ありがとう」
キリルは部屋にある小さな冷蔵庫から水を取り出し、コップに入れたものを渡してきた。それを受け取り、中のものを一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだ。コップの半分くらい入れたのに」
「……ぷはぁ。半日前にも同じようなこと言われたよ」
オレは唸りながらコップをベッド横の机に置いた。横目で見ると、キリルはなぜか嬉しそうだった。
「……ふふふ……」
「なに笑ってんだよ、気持ち悪いなぁ」
「いやいや、レインって資料上では悪そうなイメージだったから……殺人鬼だったんでしょ?」
「ま、まぁ……いろいろあったんだよ。オレだってやりたくてやってたんじゃないからね。むしろ正義だって言ってほしいよ」
オレは枕を抱き、ベッドの上で胡座をかきながらキリルの方を見た。すると彼はスマートフォンをこちらに見せた。
「『レイン・ラプル。呪術師でありながら剣を振るう。過去に殺人鬼をやっていた。』……ってね」
「なーっ?!プライバシーの侵害だー!あと半分悪口入ってないか?!」
オレは身を乗り出し、枕を投げつけたあともう一つのベッドに座るキリルに飛びかかった。キリルは反応が遅れ、正面からオレと激突した。
「あいたたた……ごめんごめん。あとで消しとくよ。作戦は終わったんだからね」
「当たり前だ!!」
オレは落ち着くためにもう一杯水を飲んだ。
……あとで謝るか……。まずは風呂に入らないとな。
「……ちょっと外行ってくる」
「やりすぎた、ごめんってば!」
「そういうことじゃないんだけど……」
「じゃあどういうことなんだよ」
キリルは観念したかのようにため息をつき、体をドアの方に向けながら呟いた。
「……仕事だよ。黒池と同じ……刑事としてのな」
それからオレとキリルはホテル内のお土産屋やロビーで張り込むことになった。
オレがどうしてもって頼んだからである。
「そういやどうして了承してくれたんだ?オレがいたら邪魔じゃないの?」
「頼んできたのはそっちの方じゃないか。それにお前ほどの呪術師がいてくれると助かる」
「いやぁ、それほどでも」
「……まぁ本当は『デストロイヤー』の方が強い力を持っているみたいだけどね。この時間に起こすのはかわいそうだから起こさなかったけど」
「なっ?!」
キリルは笑い、スマートフォンに表示されている時計を見る。二十二時と書かれていた。しかしそれはこちらの時間ではない。
人間界や、スマートフォンに情報を送るベースには二十二時とされているが、今魔界では十四時だ。さっきキリルが食べたご飯の量が昼飯というか晩飯レベルだったのも頷ける。
キリルはどうやら魔界は夜でも明るいと思い込んでいるようだ。
だが言いようもない。なぜなら……。
「来たぞ!……静かに、レイン」
「あれは……人間か?!どうして……」
ソファー越しにオレのと似たようなスーツ姿の図体のいい男たちが集まっているからだ。あれはどう見ても人間だ。ポケットに銃が仕込んであるのが見える。
「あれは『川崎組』だな。日本のマフィアだ。簡単に言えばヤクザだな」
「川崎?誰かが言ってたような……ま、いっか」
オレはぼんやり黒髪の男を思い浮かんだが、今はそんなことをしている場合ではない。捕まえて警察に差し出さないと!
「あ、ちょっ、レイン?!勝手に行動したら……っ」
オレはキリルの制止を聞かず、立ち上がって睨みつけた。
「ん?何だ、悪魔の兄ちゃん」
「魔界に来てまでそんなことしないでくれる?」
「……兄ちゃん、邪魔するつもりかい?いいぞ、相手になってやろう」
……と、問答無用で銃を出してきた。周りを見ると、当たり前かのようにコルマーの人たちは酒を片手に盛り上がり出した。
「喧嘩だ!喧嘩!」
「コルマーはどうやら悪人も受け入れてくれる街のようだからな。殺人鬼の情報も知っているぜ?……そうだろう?レイン・ラプル。血にまみれたその剣で俺たちを取り締まろうってか?冗談キツいぜ。あっはっはっ」
リーダーらしき人が笑うと、周りのヤクザたちも笑いながら銃を取り出した。
「……確かにおかしいかもしれないな。だが!オレには大事な家族がいる。友達もいる。そんな世界に土足で踏み入れてもらっちゃあ困るんだよ!!」
オレはレイピアを手にリーダーに斬りかかった。だが、腕を捕まれ、呆気なく顔から床に押し倒された。
「……これだけか?」
「ぅ、ぐ……」
手首を握られ、レイピアが手から離れて大理石の上を滑る。左手は後ろに回され、動けなくなった。
「レイン!」
ソファーの後ろからキリルが鞄に入っていた銃の照準を合わせる。だが、他のヤクザによって奪い取られた。
「所詮は子供。悪魔であろうと大人には勝てんだろう?」
「くそっ!……ぁぐっ……腕がっ……潰れ……っ」
「泣き喚け。それなら考えてやる」
ヤクザはいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
手首が痛い。本当に潰れてしまいそうだ。だが、泣くものか。泣いたら……スクーレたちを守ることができなくなってしまう。
「……お兄ちゃんをいじめないで」
途切れそうな意識のなか、眠っていたはずの少女の声が聞こえた。
「……『デストロイヤー』……っ?!」
「お兄ちゃん。心配しないで。この黒い人たちはお兄ちゃんをいじめる悪い人なんでしょ?」
彼女の言葉に右のヤツは満足そうに口を開けた。
「あぁ、そうだ!今日のおやつだな!ヒャッハー!」
「……ほら、さっさとやりましょ」
ヤクザの驚く顔を気にも留めず彼らはロビーで蹂躙した。その光景を誰もが口を半開きにし、まばたきをせず、息もせずに見ていた。もちろんそれをキリルも同じだった。
「な……え?これが『デストロイヤー』の実力……?」
キリルが震える声を絞り出した頃には、ロビーに血生臭いにおいが充満しきっていた。
「あぁ。正確には後ろのリボンだけどな」
オレは立ち上がり、自由になった両腕をグルグル回したりしながら答えた。
そして周りの人たちもどんどん放心状態から戻り、静寂から一転、悲鳴が上がっていった。
「きゃー!?」
「逃げろ!」
「あいつは化け物だ!悪魔より悪魔だ!!」
大騒ぎのあと、受付の人までもがいなくなった。ここに残ったのはオレたちと部屋で寝ている奴らとスクーレだけのようだ。
「……お兄ちゃん、迷惑だった?」
「いや。お前がやったことは正しいよ。ありがとう。おかげで助かった」
オレが彼女の頭を撫でると、この騒ぎの主犯たちが口にいっぱいモノを含みながら喋った。
「んぐんぐ……銃弾まっず」
「……体に悪いぞ。というかすまんな、キリル。その……嫌だったろ?あんな光景……」
「慣れだよ、慣れ。それと『デストロイヤー』……助けてくれてありがとう」
そう言ってキリルはオレと同じように『デストロイヤー』の頭をポンポンと撫でた。
どうも、グラニュー糖*です!
世の中大変だなってつくづく思います。ガチめに。
では、また!