始まる異世界生活③
気を取り直して、俺はハットの説明に耳を傾ける。
「まず、魔力というのはですね。魔法や魔道具を使うときに消費するものです。魔力が尽きれば、当然魔法や魔道具は使えなくなります。ただし魔道具の中には魔力を使わなくてもいい物もありますが……ものすごい高価なのでお勧めできません」
ほうほう。聞いてないけど、なんか色々教えてくれるな。こいつは便利だ。ここで情報収集しておくとしよう。
「俺、遠い国から来たんだけど。この国のこと教えてくれないか? 物価の相場とか、いろいろ聞いておきたい。あと、クエストの報酬がどれくらいなのかも気になるな」
「いいですよ」
ハットは快諾してくれた。
「そうですね。季節にもよりますが、今の次期だと……トマトなんかは181ソフィアと高騰しています。その他はだいたい例年通りでしょうか」
「へ~。この世界にもトマトってあるんだ。そういえば、街でも地球の野菜と同じのをたくさん見かけたな」
「……チキュウ?」
ハットが頭の上にハテナを浮かべている。俺は慌ててごまかした。
「何でもない。話の続きをしよう」
「え、えぇ。そうですね。お肉だと……だいたい2500ソフィアくらい出せばいい物が買えると思います。魚であれば、ツチナマズなんかは三匹で390ソフィアで売ってるのを見ましたね」
「次は地価ですが、ここは国内第四位の人口を誇る街なので、他の街より高くなっています。ギルド周辺は中心街ですから、一坪119万ソフィア。街の外縁部の方ですと……一坪73万くらいだったと思います」
俺から聞いておいて何だが、ハットの情報量は驚くほどだ。見た目に反して頼れる男かもしれない。
「クエスト報酬についてですが、難易度によって変わります。低難易度だと、一回の報酬で3000ソフィア前後です。ギルドが移動費の一部を負担しますが、はっきり言って赤字になります。このようなクエストは、他のクエストのついでとかに受ける人がほとんどですね」
ほうほう。これがリアルな異世界生活の実態。やっぱりゲームみたいに仕事場まで一瞬で行けるわけじゃないよな。道中の宿代とかが掛かるから赤字になるわけか。
聞いた感じだと、貨幣価値はあんまり円と変わらなそうだ。
「高難易度のクエストになると、100万ソフィアを超える時もあります。王国からの討伐依頼などに参加して活躍した場合、何億と貰えることもあるんですよ」
「お、億……そりゃすごい」
息をのむ俺に、ハットは申し訳なさそうに言う。
「でも、あなたはまだ初心者ですから中難易度のクエストまでしか受けられませんよ? それに、クエストを受けるために色々と条件が付くときもあるんです」
「う~ん。冒険者って思ったよりも過酷そうだな」
ハットは深く頷いて同意した。
「そりゃそうですよ。命がけの仕事なんですから」
命がけ、か。俺もさっきギルドの前で見たでかいトカゲと戦ったりするのかな。
身がすくむ反面、また少し興奮してきた。
ふと、部屋の窓を見るとオレンジ色の光が差し込んでいる。どうやら話しているうちに相当時間を食ったらしい。
「助かった、ハット。それじゃ本題に入ろうか」
ハットは一瞬何のことを言っているのか分からい様な顔して、「ああ」と手をうった。
「魔力の扱い方でしたね。そうでした」
今は情報収集のためにハットの話を聞いていたが、世間話をしようものなら何時間と放してもらえないかもしれない。今度からは注意しよう。
「まず、自分の中の魔力の流れをイメージしてください。流れる血液みたいな感じです。やってみてください」
「おう。イメージ……イメージ……イメージ」
俺の中を流れる魔力。全身を巡ってる感じ。バスケやサッカーをしてる時みたいに、早く流れる血液のような……
「そうです!その調子ですよ。そのまま、一枚目の魔法紙の上に手をかざして、紙に書かれた項目の答えをイメージしてください」
「こうか……?」
魔法紙とやらでできた登録書の名前の欄に、天ヶ瀬京也と浮かび上がった。日本語で
「何ですかこの文字は?」
「すまん。俺の地元ではこの文字を使ってたんだ。あまがせきょうやって読むんだけど」
「色んな国に行きましたけど、一度も見たことありませんね。そうとうなド田舎――す、すみません!
悪気はないんです……」
ほう。言ってくれるではないか。こいつに東京の超高層ビル群を見せてやりたい。とりあえずそれは置いといて。
「えーと、このまま俺の国の言葉で続けてもいいのか?」
「かまいません。意味を教えてくれたら、僕がこの国の文字で綴り直しますから」
「よろしく頼む」
俺はゆっくりと登録書の続きを記していく。性別、年齢、住所などの個人情報。最後にギルドの会員規約に同意して。ちなみに住所は日本のものをそのまま使った。
ハットは小さく頷く。
「これで登録は完了です。ようこそ、冒険者ギルド『ガーディアン・レーザ』へ!」
「よし、ここから始まるんだな。俺のハーレム生活が」
「今何か言いました?」
「何も言ってないぞ」
俺はしらを切った。それより。
「この、二枚目の魔法紙はなんだ?」
「それは今のあなたのステータスを計って記録するものです。試してみます?」
ここで俺の隠れた才能が露わになるんだな。そして一躍ここのギルドでうわさされる男になるわけだ。
俺は即答した。
「もちろんだ! なんかワクワクする!」
「皆さんそうおっしゃいますよ。先程のように、紙に手をかざしてください。今度はありったけの力で殴るイメージです。やってみてください」
「おう!」
殴る。殴る。そうだ、あの適当な神を殴りつけるイメージで。
「うらあああああああああぁ‼」
「ひっ⁉」
俺が突然大声を上げたのにハットがビクリとする。
「ああ、わりい。ちょっと殴りたいやつがいたもんだから力んじまって」
「……そ、そうですか。では、数値を確認してみましょう」
俺とハットで、テーブル中央の紙をのぞき込む。
どれどれ。
ステータス
□レベル 1
□職業 低級冒険者
□力 総合 E ※最大S~最低F
体力 F 99
攻撃力 F 99
防御力 F 98
知力 B 446
魔力 E 101
□スキル
・器用 道具の使用上達
・道具作成 道具作成の成功率上昇
□習得魔法
なし
□特殊スキル
・観察眼
知力、集中力に比例して読心、読唇が可能。記憶力上昇。
・停滞の神託
????????????
・聖剣使い
????????????
紙の内容を日本語に訳すと、だいたいこんな感じだ。
……すごいのかどうかわからん。
俺はハットに向かって言った。
「俺のステータスって、冒険者にとってどんな感じ?」