始まる異世界生活①
俺は中世ヨーロッパのような街並みに目移りしながら散策している。旅行気分だ。
石ブロックで舗装された大通りは大小の馬車が通り、多くの人で賑わいを見せている。ハロウィンの仮装客でにぎわう渋谷のようだ。道行く人は当たり前のように武装していたり、民族衣装みたいな服を着ていたり。それよりも……
「……?」
さっきから視線を感じるのだが。
あふれ出る俺の魅力に、早くも気づかれてしまったのか。
さあどんどん寄って来いメスども、ハーレムを築き上げるのだ!――
「ボンボンのおにーちゃん」
唐突に、幼い女の子が俺を指さして、無垢な目を向けて言ってきた。すると、目元にしわのある女性がバタバタと走ってきて、女の子を背に隠して思いきり頭を下げる。この子の母親だろうか。
「すみませんっ、うちの子が! どうかっ――どうかご容赦を!」
「いえ……お気になさらず」
随分と大げさな態度の母親に、俺は軽く頭を下げた。
すると母親がさらに動転し、
「すいませんっすいませんっ。あなた様の寛大さに感謝致します!」
と言って、母親は娘を連れて去っていった。女の子は何度もこちらを向き、興味津々そうな表情で見つめてくる。
………なんで?
母親の態度があまりにも不自然だった。
呆然としていると、周りからヒソヒソ聞こえてきた。見ると、周りにちょっとした人だかりができている。
「あれって貴族だよな?」
「いや、さっき平民に頭を下げたぞ、違うんじゃ……」
「いやしかし、あの服は決して安くはないだろう。特にあの腰の剣。」
「確かに……相当の業物に見える。ではなぜ貴族が……?」
何か勘違いされているようだ。
俺が貴族? いったいなんで……
俺は今の格好を確認する。
上下とも紺色のブレザー。左胸にエンブレムの入った高校の制服姿だ。腰には神からもらった美しい剣を差している。
高いだけあってそれなりに仕立てはいい。貴族に見えなくも……ない?
周りが俺を見ながらさらにヒソヒソし始めたので、俺はそそくさと逃げた。
少し街を歩いて、気づいたことがある。
まず、歩いているだけで周囲から注目を集めるのだ。なぜかは時間をかけてようやく気付いた。自分のように黒髪黒瞳の人がいないということと、制服から貴族に見間違えられるからだ。さらには例の一振りの剣。この世界の住人にはどこかの国の騎士にでも見えているのかもしれない。故に、歩くだけで目立ってしまうのだ。
さっきの女の子のおかげで確認が取れた。どうやら言葉は通じるらしい。街のいたるとこにある見たことのない文字も読める。ひょっとしたら、あの適当な神が仕事をしてくれたのかもしれない。
しかし、しかぁし。
「申し訳ございませんが、この国では取引されていないお金です。換金ならばあちらで行っていますよ」
俺は串焼きを並べている出店で買い物をしようとしたところ、店主に渋い顔をされた。
まあ、さすがに日本円は使えないか。
となると、俺は文無しということになる。
このままだと路頭に迷って餓死してしまうので、出店の店主から換金所の詳しい場所を聞き、そこへ向かった
「でかいな」
目の前の建造物はまるで砦だ。石造りの大きな壁に、てっぺんからは馬の刺繍が入った青い旗が掲げられている。
ビル四、五階建て分はありそうな建物に、多くの人が行き来している。
よく見ると鎧や剣、弓で武装した者ばかりだ。
「おーい! そこどいてくれ!」
「は、はいっておわあ⁉」
大声に驚いて振り向くと道を塞ぐほどの荷車が迫っていた。
俺はさっと道の端に避ける。
「おお。悪いな、にーちゃん」
荷車を馬に引かせている男は片手をあげ、建物の方へ向かっていく。通過する荷車には、なんとドラゴンの死体が乗せられていた。
「すっげえ。ほんものだ」
俺がドラゴンに見とれていると、また周りからヒソヒソされた。
「あいつ、オオトカゲごときに驚いてるぞ」
「まったく……貴族様がこんな荒くれたところにいったい何の用かね」
「見ろよあの剣。装備だけは立派だな」
悔しいが、貴族であること以外は間違ってないから反論できない。てか、ドラゴンじゃなくてただのでかいトカゲかよ。
俺は走って換金所まで逃げた。
建物の前まで来たところで初めて気づいた。建物には大小の入り口があって、それぞれに看板が掛けられている。大きい入口の方に『冒険者ギルド』。小さい入口の方に『換金所』。
そういえば、神に冒険者ギルドへ行けと言われていた。偶然だったが、どうやら辿り着けたようだ。
まずは金がなければ始められない。神がサポートしてくれると言っていたし、円も換金してくれるのでは?
「ん?見たことない金だね。いいつくりだけど、うちじゃ対応してないよ」
駄目でした。
神のサポート使えねえ。序盤は支度金とかもらえるだろ、普通。
俺は換金所の受付のおばちゃんに追い返されてしまった。
第一目標の金のゲットは失敗したが、第二目標は達成できそうだ。
俺は換金所を出て、ドキドキしながら隣のギルドに入る。
冒険者ギルドとは、冒険者に仕事の斡旋したりなど、様々な支援を行う組合のことだ。ゆくゆくは俺もこのギルドで名を馳せ、ハーレムを築いていく。そんな予定だ。まずは最初のイベント。中に入った途端、三下冒険者に絡まれて、撃退するべく俺のチート能力が明らかになる!
俺は大望を胸に扉を開け放つ。
重厚な扉の先では、いくつもの椅子とテーブルがあり、冒険者たちが思い思いにくつろいでいた。木製のジョッキを掲げてのん気に歌を歌ったり、大声を上げて笑いあう男たち。中には女性の冒険者もいる。
そうだよ。これだよこの感じ。これこそ異世界ファンタジーだ。俺はギルドの中をぐるっと見回す。
さあ、最初のかませ犬は誰だ?
俺は荒事になることに若干ビビりつつ、神にもらった剣の柄を撫でる。ところが、どの冒険者も興味深そうな目で見てくるだけで、声すらかけてこない。
変に身構えていたことと、やたらこっちを見る視線に恥ずかしくなり、俺はまたも逃げるようにしてギルドの奥に入った。
奥の壁にはいくつものカウンターがあり、クエスト受注、報告受付、食事、初心者案内と並んでいる。
俺の場合、初心者案内がいいのだろか。
初心者案内のカウンターには温厚そうな茶髪の青年と、切れ長の目で、金髪ロングの美人お姉さんがいた。
俺は何の躊躇いもなく、美人なお姉さんの方を選んで話しかける。
「すみません、お姉さん。初心者なんですけど、何か稼げる仕事ってありませんか?」
俺は受付のお姉さんに精一杯のイケボで尋ねる。
「あ? 見ないガキだね」
「が、ガキ……」
「何やってんだい。早く会員証を見せな」
お姉さんはドスのきいた声で言ってきた。
そんなの持ってないんですけど! こ、こわい!
恐る恐るお姉さんに質問する。
「あの~会員証って何ですか?」
「は? ふざけてんのかグズ。冷やかしならさっさと回れ右してママのとこに帰りな」
「ぐ、グズ……ま、ママ……」
お姉さんは長い髪を手で梳きながら、椅子にふんぞり返る。
あれー思ってたんと違う。
オロオロしている俺に、お姉さんの隣に座る青年が声をかけてきた。
「あの~」
「男には興味ない。話しかけるな」
「ひどい!」
青年は俺の態度に涙目になりながら、
「あなた、ここのギルドで会員登録をしたいのではありませんか?」
首をかしげる俺を見て、青年は説明してくれた。