はじめまして、メイさん。④
俺はクエスト前の試験を受けるために全財産を失った上に、71ソフィアの借金をしてしまった。
あまりの惨事に茫然自失としていると、控室のドアが開けられた。入ってきたのはハルだ。俺のために水をもらって来てくれたらしいが……
「誰?」
もう一人見知らぬ人がいる。
俺の視線にこたえるように、その人はハルの隣に歩み出る。
「私はメイディアーマ・アルゲント・カルコス・ヒュドラルギュロスだ」
長い名乗りを上げた男は優雅に礼をして見せた。青色の髪をオールバックにまとめ、黒い執事服できっちりと正装している。銀縁メガネの奥で怪しく光る黄色の瞳。否応なしの美男子である。
なんでこんなイケメンがハルと一緒に?
俺は謎の美男子に問う。
「セバスチャンはどうしてここに?」
「……私はセバスチャンではないのだが」
おっと、つい執事を見てそう呼んでしまった。この気持ちは誰でも同じだろう。
「すみません、つい。えと、メイディアーマさんはどうしてここに?」
「私も試験を受けに来たのだ」
……そんな動きづらそうな格好で?
そんなことを言ったら俺もブレザーの制服姿なんだが、この時の俺は忘れていた。
「聞いてくださいキョウヤさん! なんとメイさんはギルド『デサロージョ』から来たそうですよっ」
「『デサロージョ』?」
「私たちのギルドと同じくらいの有名ギルドです!」
ハルは嬉しそうにメイディアーマについて……待てよ、メイさんだと? 今ハルがずいぶん親しそうに呼んだ気がする。
いや2人はこの短い時間に会った仲だ。そんなはず――
「メイさん。失礼ですけどレベルを聞いても?」
「構わない。レベルは84になる」
「すっごく高いですね!」
めっちゃ仲良さそうなんですけど⁉
「そのレベル帯ならもう称号だってもらえますよ。も、もしかして?」
「あぁ。『千剣』の名を授かった」
「『千剣』⁉ あのどんな武器でも巧みに使いこなす、特級冒険者の⁉」
「大層な評価だな」
「そんな。称号をもらうということはギルド連合が認めた証。私なんかじゃ絶対にもらえませんよ」
「わたしの周りの者は皆称号を持っていたが」
「それはその人たち全員がすごいんですよ。いいなあ。私も1回混ざってみたいです」
あれ。俺主人公なのに一番影薄くね。だんだん悲しくなってきました。
俺は脳内で、ハルの好物に英雄と加えておく。
大丈夫。多分いつかは俺が魔王を倒すはずだと思う。メイディアーマ。むかつくほどのイケメンめ。俺はお前をおそらく追い越すぞ! たぶん……
やんわりと覚悟を決めていると、また控室のドアが開いた。今度は俺たちを試験会場まで案内する係員だった。
見下ろす先には広い円形の広場。あそこがモンスターと戦う場所だ。俺たちがいるのは広場を囲む客席の三階。今は試験官から説明を受けている。
「私が今回の試験官を務めるエレンスだ。今から4等許可証承認試験を行う。20分以内に指定されたモンスターを討伐できれば合格だ。なお、モンスターは戦闘直前にランダムで選ばれる。強さは揃えられているため、各自落ち着いて対処するように。また、ポーションの使用は禁止だ。素の力量を測る。私はここから監視するため、くれぐれも不正はしないように。不正が発覚した場合、厳しい処罰が君たちを待っているだろう。以上。君たちの健闘を祈る。順番は君たちで決めたまえ」
ハルにかっこいい所を見せると意気込んだのはいいいが、いざ試験を目前にすると緊張する。
試験順番はメイディアーマ、ハル、俺の順番となった。
俺とハルはエレンスの隣に座ってメイディアーマの戦いを観戦することに。エレンスはあごに手を添えながらこぼした。
「なぜ『千剣』とあろう者が今さら4等許可証試験を受けに来たのか。彼なら1等許可証も簡単に取れるだろうに……」
エレンスは試験前に提出されたギルド会員証を見て訝しんでいる。
確かに不思議だ。俺はレベル1だし、ハルもレベルはそこまで高くないと言っていた。そこに称号持ちのベテラン冒険者が混じるのは妙だ。
そんなことを思っていると、眼下の広場にメイディアーマが出てきた。相変わらずの執事服姿。さらに素手。あのまま戦うらしい。
――いや、
「『ミラージュ・アルム』」
メイディアーマが何かの魔法を唱えた。
「あれは!」
俺はあの魔法を知っている。この世界に来る直前、神が見せたあの魔法。
メイディアーマの両手に集う虹色の光。光の粒は寄り集まって双剣を形作る。光が晴れた手には――
「かっけえ!」
「すごいです!」
「あれが、名のある悪魔をも滅ぼした双剣。『夜想曲』と『交響曲』。滅多に見ることのない最上級の武器か」
メイディアーマの双剣は『夜想曲』と『交響曲』というらしい。めっちゃかっこいいんですけど。
片方の剣は大型の直剣タイプで白く光り輝いている。もう片方の見た目は真逆だ。小ぶりで鎌のように湾曲し仄暗い闇色をしている。対となる感じが申し分ない。
エレンスが俺たちに向いて言ってきた。
「君たちはまだ冒険者になって間もないようだな。『千剣』の戦いを間近で見られる数少ない機会だ。よく見ておけ」
俺とハルはこくりと頷き、改めてメイディアーマに注目した。
闘技場に鐘の音が響き、奥の鉄柵が引き上げられる。闇から飛び出してきたのは、土色の鱗をまとった小型の肉食恐竜2匹。
クコッ。クルカカカッ。
特徴的な鳴き声を発したサンド・ウェアーは、助走を付けて襲いかかる。対するメイディアーマは落ち着いていた。一切の焦りがない。一瞬で肉薄したサンド・ウェアーにメイディアーマは――
「お疲れ様です。メイさん」
「あぁ」
メイディアーマは素っ気なく答えて、双剣を手放した。双剣は地面に落ちる前に光の粒となって消える。使うときだけ呼び出すとはなんと便利な。
エレンスは何かの書類にチェックを入れメイディアーマに言う。
「ご苦労。もちろん合格だ」
俺とハルは今後のためにとメイディアーマの戦いを見ていたわけだが……結論、何の役にも立たなかった。
歩いただけで敵が死ぬとかチートかよ!
レベルの低い俺たちにはわからなかったが、メイディアーマは短い時間に2回剣を振っていたのだ。
俺も称号欲しい! とかそんなことを考えていた時もあった。あれはムリだろ。人間業じゃない。
俺が軽くショックを受けていると、ハルの番が回ってきた。
広場に出たハルに向かって、
「がんばれよ~~!」
とエールを送った。
俺はハルの実力を知らない。前回は名前だけはかっこいい、しょうもない魔法しか使わなかった。今回こそは魔法使いであるところを見せてほしい。
ハルの相手は比較的小さなモンスター、ブラック・ドッグ。見た目はかわいらしいポメラニアンだが、群れで行動する狼みたいな連中だ。それが4匹。
モンスターによって数が変わるらしい。
ハルはうまくやれるだろうか。
ついに鉄柵が上がりブラック・ドッグたちが姿を現す。
まだ距離があるうちにハルは杖を構え、魔法の詠唱を始めた。
「『エンシェント――』ッ」
今度はどんな魔法なんだ⁉
魔法の波動を感じ取り、ブラック・ドッグたちが一斉に動き出した。身の危険を察知し、術者を仕留めんとハルに襲いかかる。だが、ハルの魔法が完成するほうが早い。
「『テンタシオン』ッッ」
キャウン⁉ ………ワウ?
瞬きせずに見ていたが……何か起きたか?
火の玉が炸裂したり、氷の波動が出たりなんてしていない。モンスターであるブラック・ドッグも微妙な表情だ。
俺は客席から叫ぶ。
「おーい! 今度はどんな魔法を使ったんだー?」
「これも私にしか使えない魔法、『エンシェント・テンタシオン』ですよー!」
毎度思う。名前はかっこいいんだ。名前は。
「どんな効果なんだー?」
「手のひらがイカ臭くなる魔法ですっ」
そんなことを胸を張って言うハル。俺は思いっきり息を吸い、
「使えねえじゃねーかあぁぁぁぁぁ」
「ああ! また言いましたね⁉ 今度こそ怒りました。帰ったら同じ魔法をかけて、キョウヤさんをイカ臭くさせてあげます!」
「ちょ、その表現はよくないっ」
「魔法の加護によって、手を洗おうと1時間は臭いが取れませんからね!」
使えない上になんてやっかいな。
隣ではエレンスが呆れ、メイディアーマが興味を示している。
「なぜあんな魔法を習得したのだ……」
「聞いたことのない魔法だ。いったい何系統に含まれるのだろう」
ワグ⁉ ゴボボ……
突然、ブラック・ドッグの1匹が倒れて泡を吹き出し始めた。そしてバタバタ倒れていく犬たち。最後の1匹もぽてっと倒れて気絶した。
「やった! 見てくださいキョウヤさん。私の魔法が使えないだなんていわせませんっ」
なんと、ブラック・ドッグは前脚の激臭にやられたようだ。
ハルは勝ち誇ったように続ける。
「この魔法は込める魔力の量で臭いの強さが変わるんです。今は全力で放ちましたから、真夏のムシムシした部屋に1日放置したイカぐらいの臭いがするはずです。これはもう攻撃魔法ですよね!」
考えただけでも恐ろしいことを言うハル。この子は何て魔法を生み出したんだ。
俺は釈然としない気持ちでハルを迎え、代わりに広場まで降りる。ついに俺の出番だ。
俺は剣の柄を撫でて鞘ごと引き抜く。
「頼むぞ。相棒」
少しだけ、剣が軽くなったような気がした。
「がんばってくださ~い」
客席の方ではハルが手を振っている。
これはかっこ悪い所は見せられな――
グゴオオオオオオオオ。
柵の向こうからえげつない咆哮が響く。
どうしよう。おしっこが漏れそうです。
この世界に来て弱体化した膀胱を叱咤し、どうにか尊厳だけは守る。
エレンスが言うには、俺の相手はキング・ペンギン。ランダムで選ばれるモンスターのなかで、最も恐れられるモンスター。
グゴオオオオオオオオ。
腹に響く雄叫び。俺の死闘が、今、始まる。……帰っていいかな?




