はじめまして、メイさん。③
ギルドを出てから1時間と少し。俺とハルは街を一周しようやく目的地に着いた。そもそもの原因はこれにあるのだ。
俺はそっと手元のメモを見る。
「ハットがこれを地図だと言い張るなら、1発叩いてやるぞ」
『群衆を導く自由の女神』
この世界には存在しない、フランス革命を描いた名画だ。
俺は怒りのあまり、手元のメモをクシャっとつぶす。道案内もくそもない。
「そうですね。ハットさんには文句の1つでも言ってやりましょう」
普段はなだめる側のハルも、今はお冠だ。
このメモの異常性にはギルドを出てすぐ気づいた。ハットに問い詰めてやろうとしたが、クエスト受注者でギルドが混み始めたのだ。わざわざ聞きに行くのもためらわれ、仕方なく、手探りで目的地を探すことにした。
まさかあんな目に遭うとは………
とにかく濃密な1時間だった。
一息ついて俺たちは辺りを見る。
ドーム型の円形闘技場。ちょっとした野球場くらいの大きさがあるそれが5つも並んでいる。
「でかいな」
「大きいですねー」
異世界の建築も侮れない。
「君たち、冒険者かね?」
俺たちが都会に出てきた田舎者のように見上げていると、軍服を着た壮年のおじさんが話しかけてきた。濃い髭を生やし、目元の小じわに貫録を感じる。高価そうな槍まで持っている。
え、なに? 俺なんか悪いことした? 昨日ハルとの教育上不適切な夢を見ただけだ! 俺は何もしていない!
警察官に職質を受けている心地でいると、
「初心者だろう。許可証の試験を受けるなら、私が案内しよう」
おじさんは髭の間から白い歯を覗かせて、快活に笑った。気のいいおじさんらしい。
俺たちはおじさんに導かれながら話をした。
「私はバスティーユ・メビスだ。バスおじさんとでも呼んでくれ。みんなそう呼ぶ。長年ここの守衛と案内役をしている。君たちは初めて見る顔だから声をかけたのだ」
「助かりました。えと、バスおじさん。俺は京也っていいます」
「私はハル・ヒュドールです。よろしくお願いしますね、バスおじさん」
ひとまず自己紹介から始まり、美味しいチキンを食べられる店など取りとめもない話をする。
ふと、バスが立ち止まって振り返った。なぜか俺を、俺の頭や目を凝視している。
……いい人だけどおじさんに見つめられても困る。
バスは俺を見つめたまま口を開いた。
「私の先祖はこの国の北西にあるサウラハート神公国の出でな。唯一神オーリンを崇める国らしいが、私は生まれも育ちもここフレンシアだから詳しくはない」
俺たちは急な身の上話にぽかんとする。
バスは俺たちの様子は気にせず続けた。
「我が家にはいくつか家訓があるんだが……キョウヤといったな。お前、もしかして」
「なんでしょう?」
…………………………
…………………
「いや、なんでもない。少しひっかかることがあってな。さあ、試験会場になっているのはあの一番奥のだ。行こう」
ん? 今まで俺を貴族と間違えた人たちは見てきたが、こんな反応をされたのは初めてだ。どうしたものやら。
バスの意味深な態度はそれきりだった。
さっきから背後の視線がアツい。後ろを見ればハルがサーチライト並みに瞳をキラキラさせている。ほっぺまで赤くして何やら興奮している様子。
そういえばさっきの会話、いかにもハルが好きそうな…… バスおじさんや、うちの子に変な期待をさせないでほしい。
闘技場は1つ1つが巨大で端まで行くのに結構かかった。道中獣の雄叫びやら激しい剣戟やらが聞こえてきて、なかなか物騒な場所だ。何でもここは王国軍の訓練施設で、対モンスター戦や剣術の訓練をしているとか。ギルド連合はその施設の1つを借りて試験をしているようだ。
ギルド連合の闘技場は一風変わっていて、色とりどりの旗が万国旗のように掲げられている。双頭のヘビ、飛び立つ鷹など、全てこの国のギルドの紋章だ。
「見てください! あれ!」
ハルが隣でぴょこぴょこしながら、旗の1つを指さした。
「俺たちのギルドのやつか」
「なんだか誇らしいですね」
「そうだな」
数ある旗の内、『ガーディアン・レーザ』の旗は一回り大きい物だった。同じサイズの旗は他に2つしかない。
「じゃあ、あの一番でかい旗は?」
俺は中央にある旗を指し、ハルに聞いた。ハルはどこか嬉しそうに答えてくれる。
「あれがギルド連合の象徴ですよ。空を駆ける黄金の竜。全国に残された伝説から取ったものです」
「へ~」
黄金の竜の伝説については、後で詳しく聞いてみよう。それよりもさっきからハルがかわいい。
「そろそろ行きましょう」
ハルは肩口で切りそろえられた茶髪を揺らして、闘技場を仰ぐ。
「がんばれよ、お2人さん」
案内してくれたバスが手をふり見送ってくれた。
俺たちはバスにぺこりと頭を下げ中へと入る。
俺はハルの後姿を見つつ、あのじじぃ(かみ)以外の神に誓った。
絶対ハルにいい所見せてやる!
闘技場の中はギルドの内装と似ていた。石の壁に太い木の梁。壁に下がっている魔法のランタンが室内を昼間並みに明るくしている。
食べ物も出しているらしく、奥からは何かを焼く美味しそうな音が聞こえてきた。
俺たちの他にもたくさんの冒険者が集まっている。試験を受けに来た者、ただ昼間から飲みに来た者、様々だ。
俺たちは酒に酔って踊っている連中に当たらないように気を付けながら受験者受付の窓口まで来た。
俺はカウンターの中を覗く。
え……。
浅黒い肌、装甲板のような筋肉、切り傷で一部が禿げた眉。退役軍人然とした強面のおっさんがいた。
この世界の受付はみんな怖いのか⁈ ライラさんみたいな美人はともかく人選考えろよ!
心の中で文句を垂れつつ、及び腰でメモを差し出した。
「すみませーん。メモの試験受けに来たんですけど。あ、あはは」
「冷やかしか? ここが美術館に見えんなら、今すぐ教会に行って目をガラス玉に変えてもらえ。大して変わらんだろ」
おっさんはメモを放ってきた。床に落ちたメモには、ハットの地図が。
あいつ、帰ったら2発叩いてやる。このメモのせいで2度目の災難だ。
俺は慌てて取り繕い、地図ではないほうのメモを差し出す。
「……4等許可証か。受験人数は?」
「2人です」
「2人っと、どこのギルド所属だ?」
「『ガーディアン・レーザ』です」
「ほう? まあいい。これで受付完了だ。持ってけ」
おっさんはそう言って試験の時間と控室の案内を渡してきた。俺はそれを受け取り、振り返る。
さっきから気配がしないと思ったら! 怖いのは分かるけど無関係みたいな顔しないで!
ハルはちゃっかり遠くのテーブルまで退散していた。俺はトホホとハルの所に向かおうとして、
「待て」
おっさんに止められた。
続く言葉に戦慄する。
「試験料を払え」
俺はバッとハルの方を見る。 ……目をそらすな、目を!
諦めて財布の口を開けながら聞いた。
「おいくらですか?」
「5万ソフィアだ」
「………おいくら?」
「5万ソフィアだ」
「ほんとうはいくらなの? おじさま♡」
「てめえぶっ殺されてえのか?」
当然だが色仕掛けは通じない。
俺はダッシュでハルのもとまで行って泣きついた。
「全財産出しても71ソフィア足りないんですけどおぉぉぉ」
「お、落ち着いてください! お金なら貸しますから、貸しますから!」
大事なことを2回言われてしまった。




