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はじめまして、メイさん。②

 

「あ。やっと起きましたねキョウイチさん。ほら料理が冷めちゃいますよ?」


 目を開けると、木組みの高い天井とハルのほっぺが目に入った。

 間違いなく現実、ギルドの中だ。


「おはよ~」


 上体を起こすとハルがテーブルの上に料理を並べていてくれた。

 キャベツのスープとスクランブルエッグに小さなパンだ。典型的な朝食。されど長い時を経ていまだ愛されるメニュー。

 立ち上る湯気が素材の香りを運ぶ。


 俺は無意識に唾を飲み込んだ。

 実に2日ぶりの食事である。

 見れば、ハルも同じものを頼んでいた。


「我らが神よ。私どもの殺生をお許しください。この命たちにお導きを」


 ハルは手を組み、目をつむって祈りを捧げ、スクランブルエッグを一口頬張(ほおば)る。銀のスプーンに乗ったスクランブルエッグが、ゆっくりと艶めいたピンクの唇に運ばれ……


「……見ないでください。恥ずかしいです」

「おっと失礼。おいしそうだったから」


 俺は食事中の女性をジロジロと見てしまったことに謝罪を入れ、自分も料理に手を付ける。


「いただきます」


 俺は両手を合わせ、銀に輝くスプーンを装備。

 いざ、実食!

 スクランブルエッグをスプーンに乗せ、ゆっくりと口に運ぶ。

 ……見られてる?

 今度はハルがこちらを見つめていた。


「ん? どうしたハル? そんなに見て」


「あ。いえいえ。キョウヤさんの祈りの言葉って随分(ずいぶん)と変わってますよね。それが気になりました」

「いただきますのことか。文化の違いってやつだな」


 ハルは興味津々そうに聞き入っている。そういえば俺の国のことを話す約束だった。この際だから少しは話そう。


「この言葉はな、料理を作ってくれた人、材料を作ってくれた人。この料理に携わった全ての人に感謝しますって意味があるんだ」


「そうなんですか。変わった思想ですね。私たちは食材たちの命に感謝します。ちなみになんという宗派なんですか?」


「え、うーん。日本は変わってるからな。神道(しんとう)と仏教とキリスト教ってのが入り混じってカオスになってるんだ。いただきますがどの宗派からきてるのかわからん」


「3つも宗教が。なんだかすごいですね。この国の東にあるリモータ連合国では常に宗教がらみの争いが絶えないのに」


 元居た世界でも宗教が原因の争いはあった。日本が特別そういうのに寛容なのだろう。もしくはこじ付けで祭りをしたいだけか……


 ここらで話を切り上げ、食べることにした。せっかくの朝食が冷めてしまうからな。

 俺はスプーンを再装備。

 このふわりとした食感に豊かな牛乳とバターの香り。アクセントの黒コショウが舌の上で踊る。あえて薄味なことで、食材本来の味が体に伝わる。これは――スクランブルエッグ‼

 はあ~。朝の低い体温を力ずよく持ち上げてくれる。お前は何て頑張り屋さんなんだ。おや、このシャキシャキとした歯触り。実に美味である。君はっ――キャベツのスープ‼

 このパリパリの外側をゆっくりと引っ張ると……中から現れるモチモチとしたダンジョン。すぐに攻略してみせる。だってお前は主食なのだから。そうだろ?――パン‼

 俺が料理を一つ一つかみ締めていると、ハルがクスクスと笑った。


「ふふ……キョウヤさん面白いです。口に物を入れるたびにすごい表情してますよ?」


「え、マジか」


 俺はパンの最後の一切れを食べきり、口を拭う。

 食べるたびに頭の中で変なことを考えていたら、それが顔に出ていたとは。恥ずかしい。


「さあ。食べたらクエストに行きましょう?」


 ハルは楽しそうに言った。

 そんな彼女を見ているとやはり元気が出てくる。


「ああ。そうだな。今日もいっぱい稼ぐぞ」


 俺が食べ終わった食器を返却カウンターに持っていこうとしたとき、盆の上に小さな紙が乗せられているのに気付いた。よく見るとそれは……伝票だ。朝食セット450ソフィアと書いてある。

 この定食を持ってきたのはハルだから、きっと彼女がこれを乗せたのだろう。

 具合が悪そうでもしっかり金は払わせる。ハルらしいなと、俺は苦笑しながら彼女に450ソフィアを渡したのだった。



 俺たちはクエストが張り出される掲示板(勝手にクエストボードと名付けた)の前にやってきた。

 昨日のようにクエストボードの前では乱闘騒ぎが起きている。稼ぎのいいクエストを勝ち取るためにはあの荒波に飛び込まなければならないんだが。


「なあ。本当に取ってくるのか? 昨日みたいに残ったやつにしない?」


駄目(だめ)です♪ ほら頑張って行ってきてください」


 弱腰な俺に、ハルが満面の笑みで応援してくる。

 俺はすでに大泣きしたところを見られたが、ここでいっちょ稼ぎのいいクエストをもぎ取り、さらに活躍すればハルの中での評価が上がるかもしれない。

 俺は決意を固め、ハルに片手を上げる。


「行ってくる。おらあああああぁぁぁ」


 俺は助走を付けてボードに走り出した!





 俺がつかみ取ることに成功したクエストを、ハルが読み上げる。


「リーベラの街まで隊商の護衛。報酬は40万ソフィア。クエストを受ける方は7月9日、午前10時にネプラ商団レーザ支部へ。依頼主はネプラ商団。………これ昨日も余ってたクエストじゃないですか」


 俺は肘鉄をくらった脇腹と、思いきり踏まれたつま先をさすりながら言い訳をする。


「だって……先輩冒険者は怖いし……女の子の方に行ったら痴漢とか言われそうだし……そのクエストの方だけ人が少なかったから」


「まったく、しょうがない人ですね」


 ハルはため息をついた。

 もう少し俺のこといたわってくれるヒロインでもいいんじゃないかな?


「ほら。このクエストでいいですから受注しましょう?」

 

 優しいお母さんのようにハルが言ってきた。

 ちくしょう。この表情はズル過ぎる。まるで聖母様じゃないか!


「よし。じゃあ行くか」


 ハルが毎日あの笑顔を見せてくれるというなら、俺はちょっとの理不尽も多少の報酬の不利も許せる。

 俺たちはクエスト受注の、それもハットのいるカウンターに並んだ。

 彼の所に行けば、何かお得なことがありそうだからだ。

 見れば、ハットの列に並んでいるのは女性冒険者が多い。この間聞いた、ハットがモテるという噂は本当なのかもしれない。ムカつく。

 そうこうしているうちに俺たちの番が回ってきた。


「おはよおハット。今日もクエスト受注を頼む」


 俺はクエストと会員証をカウンターに置く。隣からはハルが会員証を差し出した。


「おはようございます。このクエストですね。あ、このクエストは……」


 ハットはクエストを受け取るなり微妙な顔をした。

 なんか話しかけるたびに問題起きてないか?

 俺は重々しく言う。


「今度は何だ? 手数料が高いとかか?」


 ハットは微妙な顔をしたまま続けた。


「手数料はそこまでではないんですが。今のあなたたちではこのクエストを任せられません」


「なに⁉」


「え⁉」


 俺もハルも驚いた。

 まさか、レベルの制限があるのか? 俺が愛した「モンスター狩人」というゲームにも「狩人ランク」という制度があったし……


「このクエストは護衛クエストになります。護衛のクエストには特別な免許があるんです。それが無ければ、ギルドとしては護衛任務に送り出せないんですよ」

「「免許……?」」


 俺とハルは同時に言った。

 どうやらハルも特別な免許については知らないらしい。

 俺はハットに聞いた。


「その特別な免許ってのは何だ?」


 後ろではハルがこくこくと頷いている。


 ハットの説明によるとこうだ。

 街道に出るモンスターの危険から隊商を守るために、冒険者が護衛を務めるというのが護衛クエスト。このクエストは隊商が運ぶ荷物を守り切るのが目的だ。もし失敗しようものなら、荷物の受取先に対する賠償(ばいしょう)や依頼先に対する賠償が発生する。さらに言えば、ギルドに対する信頼に影響を及ぼす可能性が大きい。そのため、ギルドはそのクエストに見合った冒険者かどうかを判断し、免許を与える形でクエストを受けさせるのだ。

 俺はそれを聞いた上でもう一度質問した。


「それで、その免許を取るには何をしたらいいんだ? 面接とかか?」


 ハットは首をふり。


「試験内容はですね、レーザギルド連合が管理している闘技場でクエストに対応した等級のモンスターと戦うんです。そのモンスターを倒せれば免許がもらえるんですけど。期日は明日までのクエストなので、どれだけ頑張っても試験は今日の一回しか受けられませんよ?」


 俺は即答した。


「望むところだ。それ以外に残ってるクエストは俺らには難しすぎるからな」


 ハルもそうですと同意してくれる。

 クエストボードには、『エンシェントカーネリウスドラゴンの討伐』やら、『ナーヴァダンジョンの番人、マヒア・ビヒランテの破壊』などなど、危険臭がプンプンするクエストしか残っていない。

 俺たちにはもうこれしかないのだ。

 そんな俺たちの様子に、ハットは何か言いたい表情だが、その免許を取るための闘技場の場所と、俺たちの受けるべき試験を書いて渡してくれた。

 不安げな表情で手を振るハットに見送られながら、俺たちは街に出る。


 今ならなんでもうまくいきそうだ。なにせ、昨日のクエストで約5万ソフィア手に入れ、さらにうまい飯で満腹なのだから。




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