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ブースト要らずのスタートダッシュ - 6

「面倒を起こすな、と俺は再三口にしている」


地獄から這い上がってくる声とは、まさしくこんな声であろう。

窓の外では、かあ、かあ、と、本物のカラス達が鳴き交わしている。

あの仲間に入りたいと、カーラはそんな事を割合真剣に考え始めていた。


「上からの抗議が4件、嫌味が10件。

うち8件には聞くだけ聞いて『ああ』と、残りの2件には『わかった』と答えておいた」

「どういうクレームだったんですか?」

「覚えていない。そもそも聞いていない」


ですよね、とカーラは心の中だけで返した。

あの後の騒ぎといえば、それはもう思い出したくもないものだった。

お偉いさんを、それも古くから続く一族の、冥府にがっちり食い込んでいる一族の者を、事もあろうにポッと出の、最底辺事務所所属の、死神ですらない人間が、暴言を吐いた挙句に昏倒させてしまったのだから。

当然ながら彼らの怒りは凄まじいものであったが、しかし彼らとしてもこの事実は恥であり、大っぴらには騒ぎ立てたくないという事で、事務所の取り潰しや、所員への目立った処罰は無しで済まされた。

目立たない事は、色々とされたようだが。

真神を見ていると、彼はむしろ取り潰されていた方が本望だったのではと思えてくる。

目の下に隈を浮かせて、ますますの凶相となった真神に、カーラは爪で腹の辺りの羽根を掻きながら言った。


「というか、面倒を起こしたくても起こせる筈がなかったんですよ。

口はともかく、物理的にはね。物理ってのも変な話ですが」


カーラは首を捻る。

あの謎は、いまだに解けていない。

名前を正式に授けられておらず、力を全く持っていない人の魂が、死神という存在に直接干渉した。

起こる訳のない事が、起こった。

膿んだ均衡を保ち、諾々と流れ行く他は何もない筈の、こちら側の世界に。


「……あいつ、ホント何者なんです?」


今は台所に篭って茶の淹れ方を習っている男の方を、ちらと見やる。

人間だ、と真神は粘土のような声で答えた。


「そして今は魂であり、いずれは死神だ。それ以外を知っても仕方がない、知る意味もない」

「まあ……そうなんですけど、ね、さすがに気になるっていうか」

「管理、監督は今後もお前に一任する。他にできる奴もいない事だしな」

「所長が……いえ何でもないです。はいはいやりますよ。やればいいんでしょう」


自暴自棄気味に承諾してから、カーラはやや落ち着いた調子で、はあ、と眼を閉じて息を吐く。


「……何もやらせるな、と仰った所長の言葉、やっと分かりましたよ」

「ひとつ間違えている。俺はそこまで考えて言ったのではない」

「ええ、面倒だったんですよね。

……ところで帰ってきた時から気になってたんですけど、ありゃ一体何なんですか」


事務所の壁、ハンガーに掛けられた得体の知れない巨大な一繋がりの布地を、広げた左の翼で指す。シーツか薄手のカーペットに見えなくもないが、普通あんな風にハンガーには掛けない。

引き攣るこめかみを指で押さえた姿勢を崩さず、真神が言う。


「死神装束だそうだ。棚の奥で埃を被っていたのを茶坊主が引っ張り出してきて、日中ずっと洗ったり干したりアイロンをかけたりしていた。それが済めば、今度は大鎌の手入れだ。

言うまでもないが、ここにいたのは俺と茶坊主のみ。結果として、俺はずっと布の丈がどうだのもっと磨いたほうがいいかだの喋る茶坊主の相手をさせられ続けた」

「えーっと……」


出ない汗をだらだら流しながら視線だけ動かして探ると、なるほど確かに鎌があった。人の身の丈程ある凶悪な大鎌と、死神装束。両方身に着ければ、さぞステレオタイプの死神が出来上がる事だろう。中身は、ステレオどころかアバンギャルドの化身だとしても。最早ギャップという言葉すら用いるにおこがましい。

突然、ガタリと椅子を鳴らして真神が立ち上がった。

音よりも真神が動いたという光景に驚いて、カーラが小声で叫ぶ。


「ど、どちらへ?」

「疲れた。俺はもう寝る」

「まだ夕方にもなってないですよ! あの、ちょっと所長ー!」


何を言っても一旦歩き出した足を止めてなどくれず、真神はそのまま事務所奥の扉へと引っ込んでしまった。

ばたん、と閉じた扉を、あんぐり嘴を開けてカーラは見守る。

入れ違いに、背後からパタパタと騒がしい足音。


「カーラさん! すごいですよ、カーラさんっ!

西園寺さんのお茶の淹れかた、たった一回説明しただけなのに完璧なんですっ!」

「いや、それは君の教え方が的確なものだからだ。少年、君は教育者としての才もあるな」


少年に続いて、盆に湯飲みを4つ乗せて堂々と台所から登場した男を、この野郎、とカーラは全力の呪いを込めて睨んだ。それこそ、無駄なのだが。本当に呪う力は無いし、悪意を悪意と受け止めてくれない相手に当て付けは通じない。

それにカーラ自身、散々な目に遭わされはしたものの、本気で西園寺に対して怒りを覚え疎ましく思っているかというと、渋々ながら、そうでもないと呟かざるを得ないのだ。あの演技指導でもされたかのような芸術的な蹴りが決まった時、そう、間違いなく、スカッとしていたのだから。

盆をテーブルに置こうとして、西園寺はこの場に一名が欠けている事に気が付き、形の良い眉を上げる。


「む、真神くんはどうしたのだね?」

「ああ、今日は疲れたからもう寝るって……っておーいぃ茶を持っていくんじゃないいい!!」


呪う対象を、迂闊に答えてしまった己に変えて。

奥の扉へズカズカ向かっていく西園寺を制止するカーラの全力の絶叫が、貧弱な事務所内に響き渡った。


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