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ブースト要らずのスタートダッシュ - 4

再び戻った上空を、当てもなく漂う。

もっとも当てもなくというのは傍目にで、先導するカーラには確固たる目的があるのかもしれない。が、飛んでは電柱に降り、また飛んでは屋根に降りを繰り返す姿は、やはり当てがあるようには見えなかった。

30分ほどは、飛び続けた。

少し休もうかと、カーラが鉄塔に止まった。西園寺も頷く。当然だが、感電の心配は要らない。

ここまで、彼はこれといって口を挟まなかった。見学者の身分だからと遠慮しているのか、到底そんな性格ではない事を考えれば、黙って観察しながら吸収できる全てを吸収しようとしているのか。

乱れた羽根を、カーラが嘴で直していく。こうした仕草は、ただのカラスにしか見えない。


「……疑う事を知らない、ってのを、煮詰めて作ったような奴だったろ」


街並みを見下ろしながら、カーラがぼそっと呟いた。

誰が、とは言わなかったが、用いた形容だけで、誰を指しているのかは分かる。羽づくろいに触発されてか、必要もないのに髪を整えていた西園寺は手櫛を止め、迷わず同意を示す。


「うむ、実に良い目をした少年だった。

己の役割を脇目もふらず果たす熱心さ、そしてあの物事に取り組むひたむきさ。

私の直感が告げている、彼は必ずや大成するであろうと」

「……そう、熱心でひたむきだ。純粋で、疑う事を知らないからね。

だからこそ、うちなんかへ送られてきた」


熱を込めて語る西園寺と、カーラの冷めた態度とは、あまりにも対照的であった。

今のカーラの声と目は、匹敵こそしないものの真神に近い。

ただし真神とは違い、そこにはまだ幾許かの感情の揺らぎが読み取れる。

その揺らぎは、同情と呼ばれる類のもの。


「純粋で、熱心に、ひたむきに、疑う事を知らず……。

頑張ってりゃ、いつか成長できると信じてさ。……哀れなもんだよ」

「どういう意味だね。

彼は候補生なのだろう。候補生という事は、その先があるという事ではないか」

「いいや、無いんだよ。

あいつは造られながらの欠陥品でね、あれ以上の成長はできない。

自分の境遇の説明もされないまま、うちに押し付けられた。丁度あんたみたいにね、厄介払いだ」

「そんな事はないぞ、カーラ嬢。成長ができないなどという事は――」

「うるさい!! できないもんはできないんだ!!

何でもかんでもあんたの――人間の理屈が通用する世界ばかりだと思うな!!」


怒鳴ってから、カーラはハッとなった。

白羽根混じりのカラスが激昂している間も、西園寺は静かにその様を見つめていただけだ。

同じ無表情でも、真神のものとはまるで性質の違うそれ。

憤りを分別なく撒き散らしてしまった事を、カーラは恥じた。


「カーラ嬢は、何故あの事務所に来たのだね?」

「……ん。ああ、これだよ」


言って、カーラは右の翼を西園寺に見えるように広げてみせた。

一枚の白い風切り羽根は、紫がかった黒羽の中でひときわ強調されている。

かつん、と、大きな嘴が鳴った。薄い膜がかかるように半分閉じられた眼には、どこか自嘲の色がある。


「完全な黒を持って生まれてこなきゃいけない鴉に、白羽根があった。地味に眼の周りもね。それで終了。当時、一人きりだった所長の元に送られた。なんて事ぁない、あいつと同じ厄介払いなのさ」

「つまり生まれつき少々個性的な柄をしていたという理由で、選択の自由が許されなかったと?

困ったものだ、相応しい能力があれば無脊椎動物でも鉱物でも人材募集対象に入る西園寺では考えられないな」

「……そこは入らせない方がいいんじゃないかね、今更遅いけど」

「第一、白い羽根の何が問題だというのだ。

黒と白の組み合わせが忌避されるなら、ストライプやマーブルといったデザインは永久に封じられねばならず、コーヒーにミルクを垂らす行為は法律で取り締まられねばならなくなる。それが如何に愚かな事か!」


熱弁する西園寺の腕に当たらないように、よいしょ、とカーラは距離を取った。


「気にする必要はないぞ、カーラ嬢。君のカラスとしての容姿は見事で美しい。

黒の中を走る一筋のその白も、実に優れた視覚刺激だ」

「いやあのね、別にもう気にしちゃ……ってか美しいって……」

「私は常に真実しか口にしない。それがこの私、西園寺貴彦改め西園寺死ん太郎デス彦(26)ニックネーム・ゼロだ」

「あんた限定の真実だろ……はは、でもいいさ。なんか話したの含めて果てしなくアホらしくなってきたよ」


ひとつ笑ってから、ぶるっとカーラは身を膨らませ、震わせた。

飛び散った何枚かの小さな羽根は、瞬く間に、溶けるように空に消えていく。

またしてもはみ出てしまった羽根を根気良く嘴で修正しながら、行こう、とカーラは告げる。羽ばたいて飛び立ったカーラを追って、西園寺の長身が浮かび上がった。鉄塔に着くまでと違い、カーラの羽ばたきには明確な目的地を目指す意思が感じられる。


「見付けたのかね、狩るべき魂を」

「そう思うだろう? ――これが違うんだな」


勢い良く飛びながら、カーラが頭を後方に傾ける。


「死者の魂を狩る、集める、それが死神と呼ばれる存在の仕事だと思っていたが。事実、君は私の魂を迎えにきたではないか」

「普通の死神の仕事は、あんたの言うそれで間違いないよ。

でもね、うちは普通じゃない。しつこいけど、また言うよ。どん底で、最底辺の、超弱小零細事務所だってね!

左遷された無気力の塊の所長、成長できない候補生、白羽根混じりのカラス……。

職員が落ちこぼればかりなら、そんな所に任せられた仕事もまた、誰もやりたがらない押し付け合いの果てだ」


高く高く、夕焼けに染まり、夜の訪れを告げる野の鴉の如くに、カーラは喉を膨らませて長々と鳴いた。

開かれた嘴より発した振動波が、家々の間を駆け抜けていく。


「生き返らせるのさ、死人をね」


言って、カーラは旋回する。

太陽に当たった眼元の白い羽根が、一瞬、涙のように光った。


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