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駆け抜けるビクトリーロード - 9

深夜のビル屋上に、三つの影が並んでいた。

星の無い空の下、闇に溶け込むように立つ三者は、西園寺、カーラ、そして気をつけの姿勢をした少年。

西園寺は、トレードマークの白スーツの上に死神装束を羽織っていた。少年がこの日に合わせて、丁寧に洗濯とアイロンがけを繰り返してくれたものだ。邪魔だろと散々カーラに言われつつも肩に構えた大鎌が、都会の月光を受けて不気味に光る。

時刻は、間もなく0時。戦いの火蓋は、今まさに切られようとしていた。


「お、おおおおおおおおおおよ、よよよよよし行くぞ。行くぞ行くぞ本当に行っちゃうぞ。でもいいのか行って。猟銃とかカスミ網とか持ち出されたりしたら」

「落ち着くのだカーラ嬢。無闇な霞網の使用は法で禁じられている」

「それは人間の法律だろ! うちらは死神!」

「そうだったな。では持ち出される可能性はあるか」

「あああやっぱ駄目だあああ」

「お、落ち着きましょうカーラさん! かすみ網にかかっても……えっと、死んだりはしないですっ!」


喋るたびに、カーラの大きな嘴が上下ぶつかり合ってカチカチカチと音を立てている。出陣式というには顔ぶれが寂しすぎ、方向性を間違えて騒がしい。全員の姿が闇に溶け込みかけていたのも、隠密行動を気取った訳ではなくて、ビルの立地が悪すぎてまともに光が届かないからである。この時代、人の行動に完全な眠りは既に無く、ここから幾らか歩けば、まだまだ賑やかな街の明かりが瞬いている。

三人の中で唯一いつも通りに平然と構えているのは西園寺のみであり、カーラはといえば、もはや後戻りの出来ない状況を目前に過呼吸でも起こさんばかりに狼狽し、それを必死に宥めようとしている少年は少年で、何を勘違いしたのか先程まで火打ち石を探していた。

戦った事がないってのはみっともないもんだなあと、しょげながら呟いたカーラの背を、西園寺がぽんぽんと叩く。

そんなやり取りが交わされている間にも、少年は頻りに周囲を気にしていた。後ろを見、そうかと思えば上を向き、自分達が上がってきた階段のある方へ耳を澄ませる。だが、密かに少年の期待している気配も音も、一向に現れる事はないままだった。残念そうに、少年が幼い作りの眉を寄せる。


「真神所長、見送りには出てきてくれませんでしたね……」

「見送るという事は戦いに参加する意志の表明だ。彼がそれを知るならば、当然自室から動かないだろうさ」

「激励の言葉はなくても、所長がここにいてくださってたら、それだけで頼もしかったんですけど」

「いや頼もしいって……うん、まあ確かにあの人がそこに立ってたら謎の励ましにはなったかもね。殺人事件の被害者の葬式みたいな空気と引き換えに」


廃墟に現れる地縛霊じみた光景を想像したのか、後半は何とも言えないげんなりした声でカーラが頷く。

この場に三名いるうちの、二名が実働隊。実質見送りは自分だけという少年が、真神を求めたのも無理はない。そしてそれは逆を言えば、戦いに赴けるのは二名だけという事でもある。死神どころか完全な候補生になったばかりの少年に、満足な教育を施せる時間など到底なかった。魂の感知や操作は言うに及ばず、意のままに飛ぶ事すらままならない身とあっては、一分一秒を丸一日争い続けるような場所に連れて行く事は出来ない。途中退場させる事すらロスなのだ。

動けるのは西園寺とカーラ。少年はビルで待機という方針は、事前に伝えてあった。少年もまた、自分が戦力として貢献できないのは自覚している。

ふわふわとウェーブがかった髪を出来る限り整えてきた少年の前に、西園寺が向かい合って立つ。見惚れるような長身と、凛と光る目に、しょげそうになっていた少年の背筋は再び引き締まった。


「少年よ、今回の一戦に限り君は何も出来ん」

「はい!」

「だから、ここに居たまえ。

なあに、戦力にはならんが邪魔だと言っている訳ではない。それを考えているといい」


戦力ではないが邪魔ではない。

一見矛盾して聞こえる西園寺の言葉に、やはり少年は迷わずに「はいっ!」と高い声で答えた。随分と信頼されたものだと、ああはなれない自分との差を思って、カーラは少し眩しそうに彼らを見る。

これからの24時間、何も出来ずにただ待ち続けるという自分に出来る仕事を、少年は忠実にこなそうとしている。疲れ切った欠陥カラスといえど、その愚直なまでに真っ直ぐな姿に何かしら胸打たれるものがあったのか、それとも半端な自分より尚弱いものを目の当たりにしたからか、カーラも落ち着きを取り戻しつつあった。

だが、この少年が決して素直なだけではないと理解している西園寺の対応は、また少々違ったものだった。


「悔しそうだな、少年」

「く、悔しいです! 次は絶対絶対、もっと頑張れるように頑張ります!

だから西園寺さんも、カーラさんも、どうか次があるように頑張ってきてくださいっ!」

「あんた……」

「その心意気、しかと受け取った!

今度会った時には、あのものぐさカラスの羽根を一枚残らず毟ってやるといい!」


西園寺の頭の中に、一枚の繋がった地図が広がる。

もしも思考を抽出して形にする事が可能だったなら、それが現実の風景と寸分違わぬものだと分かっただろう。カーブの角度までもが正確に敷かれた道路。一切の敷地面積の狂いなく並べられた家々。その一戸一戸で暮らす人々の家族構成、個々の年齢、性別、顔、職業、行動範囲。

彼の生前の記憶と、査定が始まってから加えた修正。

誤差はある。不確定要素も数知れない。そう考えれば、正確なれどせいぜい参考程度にしかならないと言える。

せいぜい参考程度にしか、ならないと。

数日前、無駄な記憶力に脱帽しつつもこき下ろしたカーラに、西園寺はこう答えたのだ。

せいぜい参考程度にはなるのか!なら勝つな!――と。

そして今日は昨日となり、明日は当日となる。


「では諸君。いざ勝利を、だ!」


時刻は0時。

時計も無いのに迷わず空を見上げた西園寺が、力ある声で宣誓した。


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