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駆け抜けるビクトリーロード - 1

「では、こちら今月分の死神通信になります」

「どうもどうも。いつもご苦労なこったね、うちみたいな窓際事務所にまで」

「いえいえ、これも仕事ですので」


窓際事務所というカーラの自虐自体は否定せず、こちらは全身見事な黒一色のカラスは愛想よく翼を一振りした。眩い金色の光と共に現れた雑誌サイズの本が、ふわりとカーラの周囲を一周して、隣に浮かんで止まる。

使いのカラスが死神通信と呼ぶこの冊子は、臨時号を除けばほぼ月に一度の頻度で冥府から発行され、各事務所に届けられる、要は会報であった。正式名称は別にあるのだが、やたら長たらしい上に発音がし難い為、内容に沿って死神通信と呼ぶのがいまや主流になっていた。別に他へ回さないのに、回覧板などと呼ぶ者もいる。

記事は概ね、人間の会社や団体、趣味の集まりで配られるそれと変わらない。

もっとも大半は文字や数字がずらずらと並べられているだけで娯楽性の欠片もなく、彩りも省かれており、毎号似たり寄ったりの中身を揶揄して、過去十年間の同じ月の号を並べても区別がつかないと評される程である。

お役所仕事は、どこでも平穏無事に続いている。変化もなく、波も立たず、立てる者もなく。


「此度は派手にやらかしたみたいで」

「げっ」


さらりと投下された爆弾に、カーラは喉を詰まらせる。ぐ、ぐっ、と二度咳をするように首を動かしてから、きょろきょろと辺りを窺うと、使いのカラスに嘴を近付けて耳打ちをした。

確認するまでもなく、この一見廃墟でしかないボロビルの通路で、他に聞いている物好きなどいないのだが。


「広まってる?」

「いえ積極的には全然。

あちらさんにしてみりゃ恥中の恥ですし、おおっぴらに広まるのは何としてでも防ぎたいでしょう。だもんで、うっかり知っちまった連中もキホン口噤んでます。

事が事だし、あそこが封殺しようとしてる件に、迂闊な悪戯心発揮して面倒被りたくないですもの。

認められた訳じゃないけど、ただ知ってる奴は知ってる……みたいな感じですか現状」


いわゆる事情通ですねと、その肩書きを背負う自分を誇るように、使いのカラスはその場で軽く喉を反らした。

人の口に戸は立てられぬと言う。仕事柄あちこちを飛び回るだけあって、こうした噂にも耳が早いのであろう彼は、意外にもカーラ達の事務所が起こした騒動に対して、好意的とははっきり呼べないまでも静観しているようだった。少なくとも、口調や態度から怒りの類は感じられない。といっても別段彼がこの事務所を贔屓している訳ではなく、今回は被害に遭った側が嫌われすぎていて相対的に評価が上がっているだけの話であろう。

彼が嘘をつく理由もない。ひとまずこれ以上の火の粉が降りかかってくる心配はなさそうだと、カーラは安堵した。叶うならこのまま人知れず風化していって欲しいというのが、心底からの願いだといえる。


「誕生の経緯だけではなく、その後の行動まで先が読めませんな、イレギュラーというやつは」

「まあね」


それでは、と去っていく使いのカラスを見送ると、カーラは右の翼をさっと一振りした。宙に浮いていた冊子がたちまち掻き消える。それから振り向いて事務所に戻ろうとした所で、はたと足が止まった。

何が「まあね」なのか。これでは、聞きようによってはまるで今の事務所の在り方を肯定しているようではないか。

そこは「まったく迷惑な話だ」あるいは「冗談じゃない」と返すのが適切だったのでは――と。

しかし現に救われた者が一名いる以上、頭ごなしに全否定めいた言葉を吐くのは憚られてしまう。

何より「まあね」という受け流すような返しは、自然と出てきたものだった。今回の騒動が起きる前のカーラなら、わざわざ後になってああすれば良かったと考えるまでもなく、否定か罵倒の方が勝手に飛び出してきていた筈である。

迷惑は迷惑だ、それは今でも動かせぬ事実であり、間違いない。だが、決してそれだけではない。

自身の内で固まった評価が、二者の順序を入れ替えた要因であろう。より具体的に言えば、毒されたという事になる。もしも今目の前で西園寺を悪し様に罵られようものなら、死神見習いの少年共々弁護に回るかもしれない自分に悩ましげに首を振りつつ、カーラは事務所の扉に吸い込まれていった。


「あー、あー! また天井に! だ、だめです! うまく飛べませんんん!!」

「諦めるな少年! なんだかこう力の限りに天井を蹴れ!」


ねえわ、とカーラはたった今の己が思考を即座に否定した。


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