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蹴り開けてクローズド - 2

快晴と共に迎えた朝。強めの日差しがブラインド越しにも差し込み、澱んだ窓際を除く室内を明るくする。

今朝もまた、定時通りに事務所中央に全員が集合した。

仕事に関して全くやる気の無い真神だが、朝の出てくる時間だけは守る。かといって椅子に座って以降は何かをする訳でもなく、その上たびたび寝るといって奥へ姿を消すのだが。窓近くの一帯の空気だけが暗く濁っているのは、主にこの男の無言と据わった目付きが原因である。

カーラは真神とは違い、仕事自体は真面目に取り組む。といっても存在ごと見捨てられたに等しい零細事務所では、そう急いで片付けるべき書類仕事もない為、基本的には外回りをしている事が多い。そしてその外も――だ。

少年は誰よりも勤勉であったが、許される仕事は基本お茶汲みと掃除に限定されている。能力面の事もあり、また候補生という立場的な面もあった。

という訳で、自然、仕切りは最も勢いのある者が行う事になる。


「おはよう諸君! さて、本日の我らが事務所の仕事はどうなっているのだね?」

「どうもこうも昨日と変わりゃしないよ。ずっと変わらない。あんた毎朝それ確認しなきゃ気が済まないのかい?」

「新人がその日の仕事を確認せずしてどうする。ミスを防ぐにはチェックからだ」

「あんたを見てると新人って言葉の意味と慎重って言葉の意味が時々分からなくなってくるよ。だいたい厳密に言うと、許可下りてないあんたはまだ新人ですらないんだからね」

「ふうむ、では私はいつ新人になれるのだね?」


どうも全体に狂っている西園寺の質問に、カーラが真神を横目で見る。

真神は、一度だけ首を横に振った。他所を見ていたが聞いてはいたらしい。もっとも声まで出す気はないようだが。


死神になるとは、魂が死神としての能力を宿す事である。

その為の条件は、事務所に到着する事でなければ、死神装束を着る事でもなければ、無論歓迎会を開く事でもなく、実績をあげる事でもない。届け出た死神としての名が受理されて、許可が下りる事で初めて可能となる。魂が書き換えられると言っても良い。

そもそも実績をあげるも何も、まず死神にならない事には実績をあげようがないのだから、最後の仮定は根本的に成立しないのだが、初日から謎の順応を見せた西園寺に限っては有り得そうなのが恐ろしい。

真神の反応からまだだという事を知り、カーラが西園寺に向けて、諦めろ、というように片方の翼を揺すった。


「だってさ」

「今日も到着していないのか。手続きはどこまで遡って行われているのだ?」

「んな事言われたって、あんたみたいなのは例外中の例外なんだから知りっこないよ。……つっても、確かにちょっと許可証届くの遅いですね。どうなってんです?」


知らないとすげなくあしらったカーラだったが、喋っている途中で自分でもおかしいと思ったらしく小首を傾げた。

お役所仕事の極地のような有様が横行している冥府だが、ある意味その仕事振りは機械的であるだけに、一旦ベルトコンベアーに乗せてしまえば、ほぼ滞り無く手続きは進む。さすがに西園寺の件では一悶着あったらしいが、既にそれはそれとして決まってしまった事である以上、名前の申請及び許可などという流れ作業にいつまでも手間取っているのは不自然だった。人間の魂を死神にというのはなにぶん異例中の異例であるから、下っ端である自分には想像もつかない事態が上で発生しているのかもしれないけれど、と、今ひとつ自信なさげにカーラが付け足す。

あるいは真神なら知っているかもしれないという目を、自然とその場にいた全員が所長席へ向ける。


「俺は知らん。想像ならつくがな。

まず、名前自体が却下された」

「あっ!」


カーラが丸い目を見開いた。

完全に虚をつかれた者が示す反応であった。

そんな当たり前といえば当たり前の事が、盲点だったというように。


「こんな名前が認められるかとな。

その可能性を考えてもいなかったのか、カーラ」

「ち、違いますよ! 所長達があんまり普通に流すからすぽーんと抜けちまってたんです! どいつもこいつも!

ていうか、あの中央でさえハネられかねないアレさだって認識はあったんですか!? 部分的に自分で名付けて申請までしときながら!?」

「この完璧な名に何か問題があるのだろうか? 画数かね?」


西園寺が問い、それをカーラが無視して先を続ける。


「つけろと言ってきたのはお前だ、俺が付けたくて付けた訳ではない。

だが、却下されたのならその通達自体が届いている筈だ」

「ま、まあそうでしょうね。でも、それさえ全くナシのつぶてってなると……?」

「どこぞで足止めでも食っているか」


さらっと真神が言った。

正解を探そうとしたそばから解答を与えられ、カーラが嘴を開きかけたまま固まる。

それは、そうだ。死神になったとはいえ、西園寺の存在は殊更重視されている訳ではない。重視されていれば、このような最底辺の零細事務所に扱いを任される筈がないからである。

となれば、申請段階で名前が却下されたとも考えにくい。上にとっては却下する理由がない。ポチだろうがタマだろうが西園寺死ん太郎某だろうが、ペットの名前ぐらい好きにつけろ程度の認識であろう。

ならば、許可は下りているのに許可証が届かない原因は、スタートとゴールの途中にあるとしか考えられない。道路が通行止めになっていれば、自動車は目的地へは到着できないのである。


「申請がか、却下がか、許可がかは知らんが」

「……いやどれでもいいけど、気付いてたんなら早く言ってくださいよそれ」

「言う必要があるか? 面倒が増えるだけだ」

「……もういいです。しっかし……仮に足止めだとして、それが出来るようなとこってなると……」


考え始めてすぐに、カーラは答えに行き着いた。

考えるまでもない、とはまさしくこの事である。

許可証の足止めが出来る所。出来るとして実際にやるような所。

この事務所と直接の関係を持ち、かつそれに該当しそうなのは一箇所しか存在しない。確信するのと同時に困惑に襲われ、カーラは苦々しい声をこぼした。真神ではないが、これは面倒だ、と。


「あー、そっか。ひとつしかありませんね。理由もあるっちゃある」

「そのような不届きな真似をするのはどこだね、カーラ嬢」

「ほら、あそこだよ。あんたが初日に蹴り落としやがってくれた、ウィルヘルム様の……。ここらを総合的に束ねてるのがあそこだからさ。まあ普段ならうちの存在なんか気にも留めちゃいないし、うちから何出そうが何が届こうが見もしないだろうけど、あんな事の後だ、止められてる可能性はあるさね」


つまりお前のせいだという意図を込めてカーラは西園寺を睨み、ついでにカッと一度嘴を噛み鳴らす。より正確には、その後の抗議に対してまともな対応も謝罪も一切行わなかった真神のせいでもあるが。

あの一件で表立った処罰は下らず、表立たなかった様々な事については真神が処理なり無視なりしたようだが、その一環として許可証隠して知らぬふりというのは、いかにもやりそうな事であった。何せ、追求しようがないのである。何か言われたとしても、まだ届いていないでも良く、処理中だ、でもいい。直に上に問い質そうにもこの事務所にそんな発言力がある訳なく、やれば余計に睨まれるだけ。

また上は上で、所詮イレギュラーの死神一人が誕生しようがしまいが自分達への影響はない為、許可証を発行した後の事までわざわざ追って確認などしてこないだろう。ハンコは押した、それで済んだ、だ。


「確かに私はういろうヘルメットくんを処断したが、許可証を届けない理由にはならないだろう」

「その呼び方やめろ笑うから。

理由になら充分なると思うけどね、あんな屈辱味わったんだから嫌がらせで。あそこにはそれが可能なんだよ」

「呆れた汚い鳥類だな、自らの怠慢を反省せず、私怨と仕事を直結させるとは。

しかしさしたる問題ではあるまい。申請が受理されて許可が下りているならば、私は死神としての力を使えるようになっている筈だろう。働きながら届くのを待てばいいだけの話だ。さっそく今日から教えてくれたまえ、カーラ嬢」

「あ、それダメ。

何の為の許可証だと思ってるんだい、紙っぺらでしかない人間の書類とは違うんだよ。こっちのは許可証自体に力があるんだ。鍵みたいなものさ。そいつを取り込む事で死神としての力がつくから、許可が下りても許可証がない事には話にならないよ。諦めて、もうちょっとほとぼりが冷めるのを待って……」

「そうか、素晴らしいな! それなら実に話が早いぞ!」


おい、という顔を真神がした。

遅かった。


「直接強奪に行く事にしよう」


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