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取り戻せないスターダスト - 4

歓迎会は盛大にという程の事はなく、かといって通夜の席のように重苦しい空気でも無論なく、つまりは参加数4名なりの標準的な賑やかさを以てスタートを切った。その中には、真神も含まれている。

自主的に部屋から出てくる筈がないという全員の――あるいは西園寺は違ったかもしれないが――予想に反し、主催者である少年が扉の前に立ち、あのう、と遠慮がちに呼びかけるや、中で人の動く物音がした。天岩戸が開いたな、と朗らかに放たれた西園寺の暴言がどうか聞こえていないよう祈りながら、やがてのっそりと扉の向こうから姿を現した真神に、上体を屈み気味にした神妙な態度を作りカーラは言った。見ようによっては卑屈であるが、よくよく考えてみればカーラの対応こそが最も適切なのである。


「あ……ども所長……このたびはご足労頂きまして……。

イヤほんと、わたしゃどっちかといえば反対とまでは言わないけどめんどくせぇなぁの立場だったんですよ?

上司のご機嫌伺いとかじゃなくて本心からめんどくせえなと」

「わかっている」

「わかっていられるのも複雑なんですけどね、それはそれで」


催し物に積極的ではないカーラだったが、遥か上を行く真神から同類扱いされるというのも異論がある。あんた程じゃないだろう、という思いを内側に抱えているのだ。それは何もカーラだけでなく、真神と関わり、自分との比較を行ったほとんどの者が行き着く結論であった。

だがそんなカーラのもやもやも、真神がテーブル前で立ち止まった次の瞬間には吹き飛ぶ。料理やおつまみが盛られた皿と皿の隙間に、どん、と無言で真神が置いた黒い瓶にカーラの目は吸い寄せられ、この場で唯一それが何であるのかを理解するや否や、ぱっくり開いた嘴から絶叫に近い声が迸った。


「――え、え、えぇ!? ええええええええええ!!?

こっ、コイツって……まさか、あああの幻と呼ばれた……世に二人といないと称される魂固定級蔵人をして、何故こうなったか分からぬと言わしめた、現存するのは冥府で10本に満たないって噂される奇跡の酒『封魔』!?

えっいや本当の本物!? えっマジで!? 中身公園の水道水とかじゃなくてです?」

「聞いた話では本物だ。中身が本物かは開ければ分かる」

「開けちまっていいんです?」


これまでの小さく控えた姿から一気に姿勢を前のめりに変えたカーラが、聞いたって誰に、とも問わずまずそこに食いついた。

酒瓶を鑑賞しながら飲めと言う筈もあるまいに、テーブルに置いたからには当然そういう意味なのだろうが、分かっていても思わず確認せずにはいられない程に、目の前で起きた事態、いや事件は異常なものだったのである。真神が宴席に差し入れをした事がではなく、この希少の極地に座す酒が、このようなしょぼくれた事務所にあるという事が。

単純な外見から言えばカーラと並んで最も酒と縁遠そうな少年が、不思議そうにカーラに尋ねる。興味津々というよりは、急に活気付いたカーラに圧倒されている様子だった。


「そんなに凄いお酒なんですか?」

「うーん、たぶんこの事務所にいる全員合わせた価値より何倍も何十倍も上だぞ!

もっちろん実物なんか見るの初めてだよ!」


そう聞くと大した事がないような気がしてくる評価で、酒の提供主たる真神含むメンバー全員をこき下ろしつつ、カーラの視線は封魔と呼んだ酒から離れようとしない。完全に上の空である。


「手に入れようと思って手に入る酒じゃないらしいんだ。権力よりもコネ、コネよりもツテ、ツテよりも権力……とにかくそういう事」

「う、うーん、ボクにはよく分からないです……」

「ラベルの具合からすると、なかなか古い品だな。だが丁寧に保管されていたようだ」


西園寺がすっと手を伸ばし、大きいが繊細な指先で瓶の表面を下から上へとなぞった。普段の振る舞いからすれば、それは意外すぎるくらいにおとなしい。酒瓶を振り回して大はしゃぎし、カーラの悲鳴を聞き流しつつ上から目線で真神を賞賛する程度の暴挙は予想の範疇だというのに。

じっと両の目を酒に向けているのはカーラと同じだが、どうも、西園寺は酒ではない何かを見ているように思えた。


「封魔、か。冥府では日本酒が主流なのかね?」

「いーや、ワインからラムまでいろいろあるよ。飲み方もストレートにカクテルにとお好みで。地域や国によって主流は違う。この国はまぁごったまぜさ、グルメ大国らしいやね」


質問に答えてはいるものの、例えるならスイッチを押された機械が録音済みの音声を流すように、カーラの声も注意も全く西園寺の方を向いてはいなかった。この調子ではおそらく、自分が何を喋っているのか、カーラ自身の耳にさえ届いていないだろう。


「すげぇー! 歓迎会開いて良かった!」


面倒臭いと言っていたのはどこへやら、正反対な歓喜の声をあげて酒瓶に抱きつこうとしたカーラを、素早く西園寺が制した。

広げた掌に進路を塞がれ、ついでに嘴の先端をぶつけ、ぎゃあ、とカーラが鳴く。


「な、なにさ。まさか、あんたの歓迎会だからって独り占めしようって腹積もりじゃないだろうね!?」

「カーラさん、そんなに必死にならなくても……」

「いい酒だ。中身は、口にしていない以上評価不能だが」


カーラの抗議には答えず、こちらもまたほぼ酒瓶だけに注意を向けながら、難しげな声で西園寺が呟く。

カーラとは違い、その端正な顔立ちは喜びを映さずむしろ厳しく引き締まっており、ぐっと寄せた眉、細めた両目からは、いつになく真剣な気配が伝わってくる。


「丁寧に保管されていた酒のようだ。実に、実に丁寧に」

「んん……?」


先程と同じ言葉を繰り返す西園寺に、カーラも一時的な興奮が引いて首を横に傾けた。

同一の物事について語る為に、まるで必要性もなく表現を無駄に変えてくるのが西園寺という男である。一週間に満たない期間でその人となりを知った、というよりのべつまくなしに西園寺が喋り続けているので、知りたくもないのに知ってしまっていたカーラにとって、この放心したような西園寺の態度は違和感がある。

方向性は異なるものの、それこそ、自分がついさっきまで陥っていた上の空ではないか、と。

それは有り得ない。西園寺は常に周囲に目と心を向けているが、その中心から己を外す事はないからだ。


「本当に開けてしまっていいのかね? 真神くん」


冗談めかして聞いた訳ではない。

真神へ向けた顔には、笑みのひとつも浮かべていない。

真剣そのものの顔と声で尋ねる西園寺に、相変わらず表情を動かさないまま、構わん、とだけ真神は言った。

灰色に澱んだ真神の目は、瞬きすら忘れてしまったようであった。

その目もまた、西園寺の目を見返しながら心にまでは映していないのかもしれない。


「そうか。ならば一番槍は君が務めるべきだろうな」

「お前達で勝手にやれ。その酒はそうやって飲み干してしまうのが一番いい、たぶん、きっとな」


西園寺が許可を求めた。念を押した。

度肝を抜かれたまま唖然、愕然、呆然としているカーラと、事態が全く飲み込めずきょとんとしている少年。

西園寺からぬるりと視線を外した真神は、横にいる一羽と一人を順に一瞥し、最後に再び西園寺を見た。


「俺は飲めんのだ」


それだけ言い残すと、軽く首を鳴らし、真神は再び奥の部屋へ引っ込んでしまった。

挨拶は、と追いかける声は、西園寺を含めて誰からも出てくる事がなかった。






「俺は」


「俺はもう、二度と」


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