その9: マヌケ
9.マヌケ
その後。
私たちはいったん家に戻った。
さっきの出来事はまるでなかったかのような普通の会話。
普通の空間。
そして、たくさん話した。
彼が私より年下だって事。
家族のこと。
仕事のこと。
自分をとりまくすべてのこと。
昨日出会ったばかり。
だから。
たくさん早く知ってほしくて、たくさんお互い話した。
「明日仕事で朝一会議なんだよね。」
日付が変わろうとしていた。
「じゃぁ、帰らないとね。」
私はつい時間を忘れて話し込んでいたことにいまさらながら気づいた。
「ごめんな。」
トモはすまなそうに私の頭をクシャクシャと乱暴になでまわした。
「いいよ。私も明日バイトあるし。」
寂しいとか、離れるのが辛い。とか全然ない。
好きなのに。
好きだから。なぜか不安がない。
離れていてもつながっていられようなそんな安心感が私の胸には広がっていた。
トモが帰ったあと。
片付けを済ませ、布団にもぐる。
あの出来事。
突然キスをかわしたあの数分の出来事が夢だったようなそんな気がしたとき。
「あっ!!」
私は布団から勢い良く起き上がると携帯を手にしていた。
「やっぱり。・・・連絡先聞いてない。」
つい話しに夢中になりすぎて、電話番号すら聞いてない。
「どうしよう。陽子たちは来週じゃないと帰ってこないから・・・それまで連絡先はわかんない。」
今頃気づくなんて私って本当にマヌケ。
もう一度布団に入ると私は頭の上まで布団をかぶった。
自分のマヌケぶりに情けない。情けなすぎて笑いがこみ上げてきた。
「まいったなぁ〜。」
陽子。連絡くれないかな。
眠れない夜を過ごす予定だった私は、以外にもよく眠れた。
普通、好きな人との連絡手段がないと普通は眠れないほど不安になると思っていたのに、私はなぜか不安はなく、なぜかすぐに逢える気がしていた。
つながっていると信じていたから。
「いっらっしゃいませ〜。」
休日のファーストフード店はかなり込み合う。
私はこの外見からと人見知りのなさから、子供への対応のよさからフロアーの接客係を担当している。
食事をそっちのけで走り回っている子供たちを他のお客様の邪魔にならないよう、席に座らせたり、泣いている子供にはおもちゃで機嫌をとったり。
客席全てに目を配り、いつどんな対応をすればいいか考えながらしごとをしている。
このバイトを始めて、私は将来子供と接する仕事をしたいと思うようになった。
保育士を目指している。
休日は昼を過ぎても人が途切れることがない。
私は性格からなのか自分休憩時間でもお店が込み合っているとなかなか休憩にはいけない。
損な性格と言えばそうだし、いいこぶりっ子といわれればそうなのかもしれないけど放っておけないんだから仕方がないじゃない。
というのが私の意見だ。
「ありがとうございました。」
お客様には笑顔を向ける。子供にはさらに無邪気な笑顔を見せ、手まで振って見送る。
そうやって、私のバイトはこの日も目まぐるしく終えようとしていた。
今日はバイトの人が少なかったので、休憩を何度も挟み最後までいた。もう11時。
「疲れたなぁ〜。早かえろうっと。」
電車で3駅離れた家まで30分ブラブラしながら帰ればあっという間に12時を過ぎそうだ。
駅からは自転車を使う。
車の免許はもっているけど運転に集中して周りの景色を楽しむ余裕がない車より、のんびり自分のペースで進める自転車が私は好き。
ゆっくり自転車を進めながら、私はトモのことを思い出していた。
やっぱり連絡先聞かなかったのはまずかったよなぁ。
トモだってきっと困ってるんだろうな。でも今日は会議だって言ってたしそれなりに忙しいだろう。
陽子が帰ってきたら聞けばわかるんだから急がない、急がない。
そう思った瞬間なぜか無償に会いたくなった。
バイトもあって忙しくてトモの事考えてる余裕がなかった。
今、自分の時間ができてやりたいことが何か考えたら トモに会いたい。 それだけだった。
「かっこいいこと考えて、私は平気!て思ってたのにな。」
自転車を漕ぐ足が止まった。
子供っぽいと周りから思われているから、逆に常日頃から大人を意識して、生きてきた私。
服も、髪型も、化粧も。
外見が幼い分、絶対に年相応に見られたい一身で背伸びをしていた。
でも、トモに出会って素の部分をたくさん見られたからか少し背伸びをしている自分が疲れてきた。
「会いたい。」
口にするとそれが私の耳を通り過ぎて行った。
会いたい、会いたい、会いたい、逢いたい。
私は自転車を勢いよくこぎ始めた。
トモの居場所なんてわかんない!考えたってわかんない。
家に帰ろう。
ウジウジしたって始まらない。
私にとっての恋愛はこんなウジウジだらけじゃない。もっとキラキラしたものだもん。
そう思うとなんだか、心が吹っ切れた。
「あいたなぁ。合いたいなぁ。逢いたいなぁ。トモにあいたいなぁ〜」
私は自転車を止めると意味不明な。でも、心の思いを歌いながらアパートの階段を昇っていた。
階段を上がりきって、右にまがるとすぐ。1部屋目が私の部屋だ。
最後の3段まできたとき、人影が私の前に現れた。
他人から見ればあきらかに変な歌を歌っている私は恥ずかしさのあまり顔を下に向けたまま横を通り過ぎようとしていた。
しかし、前から現れた人影は階段に立ちはだかり、私を通してくれない。
そして、
「俺はうれしいんだけどさ。恥ずかしいからやめろよ。その歌。」
はっとして、顔を上げるとあの大きな瞳で私を見つめ、あきれた顔のトモが立っていた。
「逢えた。」
私はそう言うのが精一杯で、その場に立ちすくんだまま口をポカンと開けているしかできなかった。
「家。入れて?」
彼の一言で我に返ると、鍵を開け中に招き入れた。
「遅いよ。」
そう言うと、私を後ろから抱きしめた。
「ごめん。」
そう言ってトモの手を強く握った。
触れ合ったところからぬくもりが伝わる。
ドキドキがとまらない。
「小さいから迷子と間違われておまわりさんに捕まったのかと思った。」
・・・私の心臓はいつもの平常な脈拍まで一気に下げられ、今までの雰囲気をぶちこわしたお礼に思いっきりアッパーを食らわせてやった。