その8: とまどい
8.とまどい。
ご飯を食べた。
ものすごい勢いで食べた。
私を見る彼は、まるでその体のどこにそんなたくさんの食べ物が入っているんだ。
と言わんばかりの表情で目を丸くしている。
今に言うわ。
このセリフをね。
「さら。そんなに食べて。お腹こわすぞ。まったくどこにそんな胃袋・・・」
「やっぱりね。」
私は彼の言葉を自分の言葉で遮断すると軽く睨みつけた。
「よく言われるわ。大食いだって。その小さい身体のどこにそんなスペースがあるんだって。
でも入るんだもん。
でもお腹すいてるときだけだよ。」
そう言うとフォークに巻き取ったスパゲッティを口の中に放り入れた。
「でも、すっげぇうまそうに食べるんだな。」
彼はコーヒーを飲みながら私の食べる姿を今度はニコニコと見つめている。
30分後・・・
「ごちそうさま。」
フォークを置いて食後のオレンジジュースを頼んだ。
コーヒーは飲めないんだ。
「どうせお子様ですよ。」
言われる前に言ってやった。
だって、食後のオレンジジュースなんで誰が見たって同じセリフを言われ続けてきたから。
「まだ何も言ってないじゃん。でもアタリ!」
お腹がいっぱいになって、こうやって落ち着いて考えてみると、どうして私は彼と一緒にいるんだろう。
私は男の人が嫌いなわけじゃない。もちろん男の友達だっている。
でも・・・
「どした?」
ジッと考えこんでいる私を気にして彼が話しかけてきた。
私は彼の顔を見て思った。
そなのよ、よくよく考えたら、私男の人と二人っきりって初めてだ。
今までは、最低でも3人で遊んでたっけ。
二人だとどうしたらいいかわかんなくなるからだ。
なのにどうして?
どうして彼とはこんなに落ち着くんだろう。
泥酔した姿。
激怒した姿。
寝ている姿。
落ち込んでいる姿。
最悪な姿ばかり見られているのにどうして、一緒にいても平気なんだろう。
ムニュッ!!
「イタッ!!」
ふと見ると、彼はわたしのほっぺたをつねっていた。
私は何事?とこの事態を把握できないでいる。
「何考えてるのか知らないけど。人の顔見てボ〜ッとするのやめてくれる?
キスしたくなっちゃうだろ。」
「なっ・・・・なに言ってんの??」
私は頬をつねる手から逃れようとしたけど彼は離してくれなかった。逆に両手で私の顔を挟むと
「好きになった。さら、キスしていい?」
真顔で私に言ってきた。
「好き??」
私は好きの意味をすぐには理解できずにただ彼の顔を見ていた。
好きって何?
キスを逆さから読むと好きになる。
もしかしたらキスしたら、好きになるのかな?
キスしてみたい。
「いいよ。」
・・・・・・チュッと軽いキス。
その瞬間。
私の頭の中は真っ白。
初めての体験。
なんだろうこの気持ち。
少し触れただけの軽いキス。
でも、心が身体中が、フンワリほんわかあったかくなった。
ヤバイ。
はまりそう。
私、彼が好きなんだ。
初めてだ。
最低だと思っていた人がこんなに好きになるなんて。
理屈じゃない。
時間じゃない。
キスした瞬間のこの身体中の細胞の叫びはまさしく、彼への想い。
どうしよう。
こんな気持ち。
キスで好きなんだって気づかされた。
こんな方法で好きになることもあるんだ。
私は戸惑いながら、彼を見る。
そして一言。
「名前。教えて??」
そう、
私は、お互いのフルネームすら知らない。
彼はあっけにとられていたけど、大きく深呼吸するとやさしい笑顔で言った。
「トモ。」
「とも?」
「日向 友 だよ。」
「ヒュウガ トモ?」
「そうだよ。」
そう言うと彼は私にもう一度キスをした。
「トモ。」
「何?」
「私・・・。好きになったかもんしんない。」
「何が?」
「トモのキス。わかんないけど身体中がすきだって言ってる。」
「そうなの?」
「うん。だから。」
「だから?」
「もう一回。」
そう言うと彼は私にキスをくれた。
さっきのよりは長くしっかりと。
(ダメだ・・・。落ちちゃう。スキになっちゃった。私、友が好きだ。)
そして私達の甘い時間は、店員の咳払いによってあっさり破られ、そそくさとお会計を済ませると足早に外に出て行った。
きっと店員さんもどうしたらいいかとまどったよね。
ごめんなさぁ〜い。