麻巳子
落ちていく。麻巳子は真っ逆さまに、それとも足を下にしてまっすぐに、どちらともつかない状態で麻巳子は落ちていく。
ちょっと気まぐれを起こして、見慣れない路地裏を通っただけだったのに。
というよりかなりの時間落ち続けている。
こんなに落下するような高度の場所にはいなかった。落ちるとしたらせいぜいマンホールそれでも2メートルというところのはずだ。
足を下に落ちているならスカートがめくれあがっているはずだ、スカートは太腿を覆っている、ならやっぱり真っ逆さまなのだろうか。
こんなに長い滞空時間があるなら、地面に激突したとしても苦しむ暇もないだろう。たとえ頭からであっても足からであっても。
不意にさかさまの顔と目が合った。
麻巳子がさかさまなだけで、あちらは普通に寝そべっているんだろう。一瞬で消えるかと思ったが、延々目が合ったままだ。
どうやら麻巳子は空中で静止していたようだ。
寝そべったまま男は麻巳子の腕を引いた。
そのまま麻巳子は地面に着地する。
ここはどこだ。
空中で静止していた時は見えていたものが今は全く見えない。
さっきまでは空中だった。地面はちっとも見えず空しか見えない。
だが今見えるのはうっそうとした森だった。
「いつから地元はこんな秘境になったんだ」
そして助けてくれた相手を見る。
ずるずるとした服を着た長髪の男だった。
肌が浅黒いが、体つきは細い。
「どうもありがとう、ところでここはどこ?」
「どこでもない、そんな概念自体ない、お前は迷い人か?」
迷い人、確かに、実家近辺に森があるという話は聞いたことがない。
「あちらにも、迷い人がいるぞ」
そう言われて、視線を送れば、ちょっと軽い感じの、おそらく大学生らしい男性二人組が見えた。
「ちょっといいですかあ」
とっさに麻巳子は声をかけていた。
わけのわからない妙な格好の男より、あちらのほうが話しやすそうに思えたからだ。
「ここがどこかわかりますか」
しかし、男たちは麻巳子を見てのけぞった。
「やっぱりここは出るんだな」
そして前方の木を突き抜けて進んでいく。
「出る?」
麻巳子は首をかしげた。
「まったく本物が出るなんてシャレになんねえよ」
明らかにこちらの地形を無視した動きだ、時々何もない空間を何かをどかすように動かしている。
「あれ、なに?」
大学生らしい二人組とコミュニケーションをとるのを早々にあきらめてもう一人のぞろぞろ男に近づいた。
「位相がずれているようだな」
会話を聞いていればどうやら廃墟に肝試しをしているようだ。
「ちょっと待て、肝試しはふつう夜よね、さっきまで朝だったんだけど」
登校しようとしていたのでそれは間違っていない。
「ああ、あれらはこちらにずれていることに気付いていないようだな」
障害物を突き抜けたり少し浮いたり、周りの風景とずれた動きを続けている。
木々の間から、奇妙な生き物が現れた、熊に似ているが、熊には鱗はないはずだ。
しかし行動は熊そのものだった。
大学生らしい右側の男の身体をつかみ、頭ごと丸かじりした。
頭蓋骨の砕ける嫌な音がした。
頭部を失った体はしばらく小刻みに痙攣していたが、別の場所がかじられるにつれ徐々に動かなくなっていった。
「ああ、あれに呼ばれたらしいな」
もう一人はきょろきょろと連れを探しているらしい。すぐわきで無残な死骸をさらしていることにも気づかない。
「ああ、あちらが揺らいでいるから、あそこから出られるぞ」
麻巳子は強い力で押し出された。
気が付けば元いた場所だ。目の前の通ろうとした路地は跡形もない。
「夢?」
麻巳子はそう思った。自分の腕時計を見るまでは。
「なんで今昼になってるのよ」
遅刻を通り越した事態に青くなる。
慌てて学校に走った。
人が入れる空間などない場所から自分を見ている視線に気づきもせずに。
肝試しの怪奇現象を傍観者視点で見てみたら。というコンセプトです。