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呑み込まれていく。

底なしの闇に。

 誰かが手を伸ばす。

 そして自分はその手を振り払った。

 もはや帰らない、自分はこの魔物とともに故郷から飛び出す。家族を、故郷を守るために。

 手を差し伸べた誰かが血を吐くような叫びをあげる。

 悲しくその声を聴きながら、自分は闇にのまれた。


 散は不意に目を開いた。ここは虚空の城だ。様々な世界を行きかう船であり城。

 一人の少女の姿をした魔物が作り上げた場所だ。

散は自分の顔にかかった髪をかき上げた。

 自分はいったい何を見ていたのだろうか。

 散は随分と長く生きていた。時の概念が無と帰すぐらい長く。

 散は城から移動した。

 自分がいなくなろうが、少女が気にしないのは知っていた。

 散を置いているのも気まぐれにすぎない。

 その少女は散にとって興味深い存在だった。そしてサンよりも今の段階ではかなり強い。

 いつ少女をしのぐことができるのか、それとも差が開くのか。そんなことを思いながら少女のそばにいるのも散自身の気まぐれだった。

 城からどれほど離れたのか、そもそも距離の概念があやふやな世界なので、そんなことを考えても意味はないのだが。

 散は先ほど目の前によみがえった光景を思い出す。

 人が夢を見るというのはあのような光景なのだろうか。

 胸の奥に響いたかすかな痛み、あれが人の言う絶望という感情なのだろうか。

 そのしこりのような感情に引きずられて自分はいつの間にかこの場所に来ていた。

 それは空間の裂け目。よみがえった記憶の場所にたどり着くための場所。

 その場所に近づけば近づくほど、記憶は鮮明になる。

 笑いかけてくる誰かの顔が映った。

 それは一人ではなく複数の年も性別もバラバラな誰か。

 それに確かに自分も笑い返した。

 散は動かない自分の顔をそっと撫でた。

 笑顔の幻想は一瞬で消え、そして心から散を憎む顔をした同じ顔に切り替わった。

 恐怖、憎悪、絶望、それらに塗りつぶされた感情を前にして、やはり散は笑ったのだ。

 心からこみあげてくる喜悦。

 いったいどちらがどちらなのかわからなくなる。

 相反する二つの立場、記憶の中から湧き出した顔を守りたいと思う。叩き潰したいと思う。どちらが本当の自分なのかもわからない。

 散は手をそっとその世界への扉に伸ばした。

 その世界に触れそうになったその瞬間散の手が焼け落ちた。

 おそらく何度やっても同じことだろう。この世界は散を拒絶している。

 あの闇に落ちた時の記憶、それは存在を永遠に封じ、あの世界に舞い戻らせないための秘術が行われた時のことだった。

 その秘術のために生贄になった。その秘術のために世界から追放された。融合された二人の心は一つのことだけで一致した。

 帰れない。

 それは誰の言葉だったのだろう。

 そして記憶の中の顔を思い出そうとしてみた。

 ゆっくりとその顔は薄れていく。

 じきに完全に再び散の中に埋没してしまい二度と思い起こすことはないだろう。

 時がたちすぎた、彼らもまた塵に還っているはずだ。

 散は焼け落ちた手を再生する。

 漆黒の衣が翻り散の身体を覆い隠していく。

 そして散はその場から立ち去った。


「あれ、散」

 長い黒髪に星のような飾りをふんだんに付けた少女は城の窓辺に座って周囲の風景を眺めていた。

 最近このような生き物に変化した少女には面白い見世物なのだろう。

 少女は自分のことを美しくもないが醜くもないと言っている。人の容姿の美醜には興味がないが美しくなればいいのではと言ったとき少女は何とも嫌な顔をした。

 そんな少女は気のない顔で散に手を振った。

「お帰り」

 散は小さく頷く。不意に記憶がよみがえったのはこの言葉のせいだったのだろうかと不意に思った。

 少女は人だったころの習慣でそんな言葉を吐くのだ。


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