毒への考察
れ、冷静に、プラス思考で考えなくては。
ボーッとしている間に、セラフィーはちょっと用事があると言って、申し訳無さそうに出て行ってしまった。
よって爛々と輝くシャンデリアに照らされた部屋にはあぐらをかいて落胆している、俺しかいない。
毒といわれるとゲームだときったない顔したモンスターが毒の息はいたり、毒付き刃物で切ったり、やられると、大したダメージでもないがジワジワと体力が削られていく、みたいなイメージ、たいてい、解毒剤とか回復魔法でどうにかなってしまうことが多い。
うーむ……え……でも、回復魔法ならともかく、どんなモンスター等の攻撃で負った毒が1種類の解毒剤でどうにかなるってのもおかしな話だよね……
裏を返して考えよう。
毒と薬は裏一重、睡眠薬なんかはよくドラマで自殺しようとする人が大量に服用するシーンがあったりするし、適量をまもれば毒は薬にもなる! 的な。
だったらいいな~毒を盛られて瀕死の姫さん助けたりとか、ありそう、すごいラノベっぽい。
あ、薬に効くのは毒以外にも風邪とか病とかもあるから、それを操るのも毒って言えないこともないかもな。
そもそも浮き出た文字が毒ってだけで俺が毒を生み出せるって書いてあったわけではないから、なんとも言えない……
他にも俺が魔力を使って毒を生み出せるのだとすればそれが液状か、気体か、ウイルスか、色々と考えていると部屋の外、廊下からコツコツと足音が近づいてきた。
部屋の前で足音が終わり、なんなのか気になったので扉に目を向けるとセラフィーが両手に埃を被った本を抱えていた。
「どうですか? 立ち直れましたか? 私、毒に関する本持ってきました!!」
気を使いながらも勇気づけるよう少々声を張りながら、セラフィーは本をドスンッと床に置く。
おぉ……なんと慈愛に満ちた……天使はここにおられたか……
「う、うぅ……」
人の優しさって、こんなに、温かいだなんて……
「え、エイトさん! やっぱりまだ……」
「ち、違うんだ、人の優しさに、いや、天使の優しさに……」
「な、なに言ってるんですか……?」
少々困惑した様子だ。
突然、野郎が涙ぐんだらそんな反応になるのも無理は無いな、ごめんね、急に。
まぁ、そんなことより本を読もうではないか。
セラフィーが持ってきた本は3冊、どれも分厚く全て読むのは面倒なので目次で気になる部分を重点的に目を通す。
魔法の毒と自然の毒、と書かれたページが有った。
どれどれ……
――我々は古くから狩りや、暗殺など、様々な場面で毒を使ってきた。
この時使われる毒は魔法が確立されるまでは自然の毒を用いていた。
毒キノコの胞子、毒草を擦り潰したり、魚類、虫の体液等が例である。
これらは、長い歴史があり、多くの命を奪ってきた。
しかし、魔法が扱える人が現るようになって、自然の毒は1つの選択肢という形になってしまった。
属性で言うと、闇が最も強力な毒を生み出せ、次に土と水、この3種類が扱える。
毒がほしい、と思った時に生み出せるので、扱えれば、魔物にも有効で便利だろう。
だが、どんなものにも長所短所というものがある。
自然毒はそれに対応した解毒剤や値の張る薬、もしくは高度な回復魔法が必要であるのに対して、魔法の毒はある程度広域で自生している毒消し草、もしくは魔力消費の少ない回復魔法で解毒が可能なのである。
もし、自分や知り合いが毒で苦しんでいた場合初めに毒消し草、低級回復魔法を試してみることをお勧めする――
……と、ここでページが終わっている。
おや?
こ、この通りだとすると、もし俺が毒を生み出せるとしてもすぐ解毒できるんじゃ……
「まだ続きがあるようですよ?」
セラフィーが先ほど読んでいたページを捲りながら述べた。
おぉ……魔法の毒の例外の可能性と書かれている。
――先ほど魔法の毒は容易に回復が可能であると書いたが、例外がないとも言えない。
もしかしたら3属性以外にも毒が使える者が現れるかもしれない、解毒が難しい毒の魔法が発見されるかもしれない。
何より例外の可能性があると考えられるのは無属性魔法だ。無属性魔法は他の7属性の枠にはまらない自由さがあり、また、無属性自体が魔法の中での例外でもあるためだ。
無属性に毒、もしそのようなものがあればそれはどんなものか私自身も興味がある。
考えると可能性は無限であり憶測の域は出ない、実際にどうなるかはその時になってみないとわからないだろう……――
おおおおおおおおおおお!
これは、もしかしたらもしかするかもしれない!
でも、これって結局、基本毒の魔法は簡単に解毒できるけれども、無属性+毒だったら、どうなるかわかんねぇ~ってことだよね……
「セラフィー……本を持って来きてもらって悪いんだけど……結局具体的には書かれていない……」
「そ、そうですか……やっぱりクテュールさんの所へ行った方がいいのかなぁ……」
セラフィーは顎に手をやりながらボソッと呟く。
「クテュールって言うと無属性の賢者だったけっか?」
あと年寄りじゃない。
「はい、よく覚えていましたね」
「なんで無属性の賢者なの?」
「そういえば、クテュールさんの能力について喋っていませんでしたね」
「確かに、聞いてない」
無属性という魔法のイレギュラー、その頂点とも言える人物だ、一体どんな強力な能力があるのだろうか。
「実はクテュールさんの魔法は戦闘自体ではあまり強さを発揮しないんです」
「へぇ……意外」
もしかしたら無属性自体が稀有なためそんなに強い人がいなく、消去法でしょうがなくクテュールという人が賢者をやっているのかもしれない。
「クテュールさんは“物事を正しく見極める“ という能力があって戦局や物、人の技能などなどいろいろなことを見極める事ができるんです」
「おぉ……」
それはそれで使えるのでは?
指揮官とか参謀的な?
「でもこれは万能というわけではなく1日につき2回までしか使えないらしいのです。 なんでも魔力の消費が膨大らしいです」
なるほど……2回というのは確かに少ないな……
でもそのクテュールとやらに頼めば俺の具体的な能力が……あ、でも……
「そのクテュールって人、賢者ってことは国王の命令で教え子に使い魔を召喚して寝たっきりなんじゃないの?」
セラフィーが俺の寝ていた部屋で話していたことを思い出す。
使い魔を召喚したことで賢者は全員寝たきりだったはず。
寝たところに訪ねても意味が無い。
「7属性は召喚魔法を使う際に各属性の精霊に力を借りますが、無属性の場合精霊なんかは存在しない事が多いんですよ、毒の精霊はいるかもですが……。 クテュールさんの場合、物事を正しく見極める精霊は存在しないので召喚魔法に使う魔力が足らず、召喚できないのです。 それに、教え子の能力がバラバラで優劣が決めづらかったから、良かったと本人も言っていましたしね」
つまりクテュールは寝たきりではないのか、となればやることは1つ!
「セラフィー! 今すぐクテュールのところへ行こう!」
「で、ですがここから馬で3日程の王都にいるので、行くにしても準備が……手紙で連絡もしなくてはいけませんし、それに見極めたお礼のいっぱいのお金と……あと護衛と……」
いろいろ考えてセラフィーがアワアワと慌てている。
急に押しかけては迷惑なのかもしれない。
よく考えたら魔法使いの頂点、8人の1人ところだから、それなりの権力者なのかもしれない。
「あぁ、ごめんごめん、今すぐじゃなくてもいいから」
「そ、そうですか……?よ、良かった……でも、近いうちにクテュールさんのところに行けるようにしておきますね!」
落ち着きを取り戻したセラフィーが手配をしてくれることを約束してくれた、なんと尽くしてくれるのだろう、ありがたい。
しかし、このまま任せっきり、というのも申し訳ない気がする。
それに、こっちの世界に慣れなくてはいけない、元の世界帰れる可能性がないのだから。
幸い、と言うのは不謹慎なのだろうけども、両親はもうこの世にはいない。
心配する人も少人数だし、迷惑はかからないだろう。
戦闘目的で俺が召喚されたのだから……やっぱり、戦い方を教えてもらったほうがいいのかな?
悩んでいても仕方がない時間は有限だ、よし、そうしよう。
「セラフィー、魔法とかはまだどんなものかわからないから置いとくとして、剣術とか、そういうのは今からでもできると思うんだ、だから……」
するとセラフィーは「おぉ……」と声を漏らした後、目をキラキラさせながら
「やったぁ!エイトさんがやる気を出した!前向き思考になったぁ!」
とぴょんぴょんと跳ねている。
とびっきりの笑顔を浮かべながら。
毒という、悪い印象しかないものから、プラス思考になったことへ、喜んでいるのだろう。
「あ、あの……セラフィーさん?」
「えぇ、剣術! ここに駐屯してる騎士さんにお願いしましょう! ちょっと待っててください!」
と言い残しセラフィはタッタッタと部屋を出て行ってしまった。
「俺、結構前からプラス思考だったんだけど……」
再び一人になった部屋で大きな独り言をこぼす。
まぁ、やる気のある発言は初めてだったかも。
ずっと質問ばっかりしてたし。
何はともあれ、やることが決まったんだ、頑張らなくては。
セラフィーがゴッツイ鎧を着た男を連れて戻ってきたのはそれから大体5分後の事だった。
「はぁ……はぁ……エイトさん!……はぁ……この方フィグネリア騎士団副団長の一人エトムートさんです!」
セラフィーに手を引かれ現れた男は屈強な武人、と言うよりは何かとそつなくこなしそうな、長身で金髪の爽やかイケメン。
その顔には不釣り合いなゴツイ白銀色の鎧を着ている。
腰にはこれまた重そうな剣が収められており、鎧の左胸、剣の鞘、どちらにも一本の剣と2匹イルカ的生物を金であしらった紋章があった。
騎士団のシンボルかな?
とりあえず、自己紹介をしなくては。
俺はあぐらの状態から立ち上がる。
「どうも、瑛斗と申します」
しかし、セラフィーは息を切らしているのにこのエトムートさんは一切呼吸が乱れていない、なかなかの体力の持ち主だ。
「どうも、初めましてエイトさん、僕はフィグネリア騎士副団長のエトムートと申します。 ところで急にセラフィーさんに引っ張られてここまで来たのですが、一体何のようでしょうか?」
眉をハの字にしながら自己紹介と説明を求められる。
俺も急に爽やかイケメン連れてこられてビックリ。
……なんで、と言われてもなぁ、セラフィーが爆走してしまっただけだしなぁ……
すると、よくぞ聞いてくれた!という表情でセラフィーがハキハキと答える。
「それがですね!エイトさんが戦い方を学びたい、とのことでして、なら騎士副団長のエトムートさんに! と思いまして!」
手のひらを合わせながらニコニコとしている。
エトムートさんは急なお願いに慌てることも、考えることもなくサラッ、と
「教えることは問題ないのですが普段の業務もありますので……昼食の後1~2時間程度しか時間が作れないのですが……構いませんか?」
「はい! 構いませんよね?エイトさん!」
ここで、え? とか言ったらセラフィーのニコニコ笑顔が崩れてしまいそうなので是非やらせていただきます、ハイ。
しかし結構簡単に時間を作ってくれるんだな。
ってか、騎士もいるのねこの世界。
唐突過ぎて分からないが、まぁ、別の機会にでも聞こう。
「では……早速明日からやりましょうか」
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
騎士なのであれば教養や技術もあるだろう、これはありがたい。
ふぅ……やることも決まったわけだし……
グゥゥ~
と、お腹の虫が大きな音をたて部屋全体に響き渡る。
おいおい、誰だよ~……まぁ、俺なんですがね。
鳩尾の下辺りがなんとも言えない切なさに襲われ、思わずお腹をおさえてしまう。
「フフ……そういえばもう少しでお昼ですね。 エイトさん、食堂があるのですが、一緒に行きませんか?」
セラフィーは笑顔を継続している。
今がお昼、ならば俺は朝ごはん無しで活動していたのか、育ち盛りにはなかなか辛い、道理でお腹が空いているわけだ。
「食堂があるのか、行こうかな、異世界の料理……どんなのがあるんだろう……あ、エトムートさんはお昼いいんですか?」
「えぇ、もう頂きました、ここの食堂の魚料理は美味ですよ」
料理の味を思い出したのか爽やかスマイルを俺に見せつける。
くそ! 眩しすぎるぜ! その笑顔!
「そろそろ、僕は業務に戻りますね。 明日は……そうですね、お昼に食堂で待ち合わせしましょう」
仕事してるところをお邪魔して引っ張って来たのねセラフィー……
そういや、今日の昼と明日の昼とで仕事の有無があるのはなんでだろう?
俺が気にすることでもないか。
「よろしくお願いします」
「はい、それでは」
ガチャガチャと金属が擦れる音を立てながら小走りでエトムートさんは部屋を出て行った。
それを見送ると
「それじゃあ、私達も行きましょうか」
と言ってセラフィーは持ってきた本を抱えるように持つ。
3冊の毒に関する本はそれぞれが辞書のように厚く、重い。
それを全て持たせるのも気が引けるので、セラフィーの手から2冊取る。
「あ、ありがとうございます」
「気にしないで」
わざわざ持ってきてくれたんだ、片付けぐらいは手伝わなくちゃ。
よし、紳士アピールも決まったし、この部屋から出るか、と思ったが、今度はあの重い扉を閉めなきゃいけないのか……
ん?そういえばあの扉俺とセラフィーがやっと通れるぐらいしか開けてなかったのに、あんなゴツい鎧を着たエトムートさんがよく通れたなぁ……
チラッと扉に目をやると扉が最大まで開けられていた。
Oh……さすが騎士……あんな重いものを……
「扉……閉めなきゃですね……」
セラフィーも面倒くさそうに呟いた。
……結局扉を締めるのに10分ほどかかった。