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今日もこの海を描いていた。

この海をいつも母は好きだと言っていた。だから僕は描いている、僕が好きだった母が好きだと言ったこの海を。母のために。


「ヒロ君、こんな海ばっかり描いていて楽しいの?」

『またかよ、うるさいな俺が描きたいんだからほっとけよ』

今まで何人かの女の子と付き合ってきたが、この一言を言わなかった人は一人もいなかった。今一応付き合っているこの子もそうだ。

「ヒロ君っていつも絵と話してるみたい、私と話しするの嫌なの?」

「別に・・・・」

「ヒロ君って冷たいんだね」

まただ、いつもこの事の繰り返しで女の子は僕から離れていく。『女ってなんでこんなに面倒なんだ?なんで俺に静かに海を描かせてくれないんだろう?』

「今日はこんな感じでいいか」

ふと周りを見るとさっきまで横に居た女の子は居なくなっていた。なんだか少しイライラしていたので普段より手抜きに感じられる仕上がりのキャンパスノートを鞄に押し込んだ。

「ヒロ!」

僕が腰掛けていた防波堤の下から、馴染みのある声に呼ばれ振り返った。

「ヒデ兄、いつ帰ってきたの?」

僕は久しぶりに会う兄の顔を見て、大きな声を出してしまっていた。

「昨日の晩に、さっき母さんに顔見せてきたところだ」

そう言いながらヒデ兄は、防波堤をよじ登り僕の横に腰掛けニヤリと笑いかけてきた。

「見てたぞ、またフラレたな」

「別に、でも女ってなんであんなに面倒なんだろ?」

「俺に言ってもしょうがないだろ。お前がちゃんと相手してないかろじゃないのか?」

「そんなことないって、カラオケ行ったり飯行ったりもしてたさ」

僕は荷物をまとめてヒョイっと防波堤を飛び降りた。ヒデ兄も次いで降りてきた。

しばらく二人で歩いていると不意にヒデ兄が僕の手を見て口を開いた。

「お前まだそれ使ってるのか?」

僕の右手で転がされてる鉛筆を指差してヒデ兄は言った。

「え?うん」

僕が障りのない返事をすると、ヒデ兄はため息を漏らした。

「そっか、まだ描いてるのか。いつからだっけ?」

「母さんが入院して1週間位たってからだったと思う」

僕たちの母が倒れたのは、僕が中学二年のときだった、入院してた母がポツリと言ったのだった。

『ああ、もう一度あの海が見てみたいね』

その言葉を聞いて僕は一目散に、家から鉛筆とノートを持って防波堤に登っていたのだった。そして自分の目の前にある景色をただひたすらノートに描き写していた、そして何時間かかったか分からないが、出来上がった絵を母に見せると『今まで視てきた中でもとびっきり綺麗な海だよ』と言ってくれた。それから、学校が終わると毎日防波堤に座り込んで海を描き、それを母に毎日見せていた。僕の絵を見て笑う母の顔が好きだった。それは母が死んでしまった今でも変わらない。

「そっか、そんな前から描いてたんだよな、まぁそれとフラレる事は関係ないと思うけど」

ヒデ兄はフッと笑いながら言った。

「別にそれでも構わないよ、俺は別に好きで付き合ってたわけじゃなかったんだし」

「贅沢だな、お前って人を好きになったことないのか?」

「好きな人?強いて言うなら母さんとヒデ兄ぐらいかな」

さすがに本人の前では少し恥ずかしかった、二人で苦笑いしてしまった。ヒデ兄は笑いながら僕の背中を叩いてきた。

「痛いな、俺のことよりそっちはどうなんだよ、宏美さんとは上手くいってるのかよ?」

ヒデ兄はニヤリと笑みを浮かべ肩に腕をまわしてきた。

「あったり前だろ、俺たちの愛はチョモランマより高く、マリアナ海溝より深く、宇宙より広大なんだからな、伊達に5年も付き合ってないって」

全然意味が分からない、とにかくさっさと腕を振り払うとヒデ兄は何かを思い出したのか『あ!』と言って立ち止まった。

「今度は何だよ?」

「実は昨日から宏美の所に泊まってるんだけと、アイツに今日ヒロも連れてきてって言われてたんだよ。お前今日何か予定あるか?」

「特に無いけど、晩飯の買い出しぐらいかな」

「それなら大丈夫だ、そうじゃないのかって宏美がお前の分のご飯用意しとくって言ってたから」

「本当に?よかった、実は今月ギリギリなんだよな」

そんな調子でウキウキしながら、僕はヒデ兄と一緒に宏美さんの家に向かった。

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