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 覚醒するはずのない身体。動くはずのない頭。あるはずがない感覚。それらを一気に感じた時、僕は生きている、と知った。

 何故とか、どうしてだとか、考えたり、そもそも目を開けること自体が面倒でまた深い眠りに就こうとした。きっと誰かがどうにかしてくれると言う直感があったからだ。

 しかし、誰かが近くにいると言う気配は感じなかった。耳を澄ましても、小鳥の囀りと子どもの笑い声しか聞こえてこない。……子どもの笑い声だって?

 恐る恐る目を開けてみると、そこは何処かの部屋だった。動かせないとばかり思っていた自分の身体は全くと言っていいほど正常で、上半身を起こした時、少し立ちくらみをしたぐらいだった。ベッドに腰を掛け、改めて室内を見回してみる。

 机、小さな本棚、箪笥、そして窓。必要最低限のものだけが置かれている、殺風景な部屋だった。

 自分の身体をまじまじと見てみる。鏡が無いので自分の身体を捻ったりしながら何処か怪我をしていないか探したが、そんなものは一つも見当たらなかった。 飛び降りる前の自分と、何ら変わりない。

「起きたのね」

 いきなり自分の声と異なる高い声がはっきり聞こえ、僕は自分の身体を見るのを反射的に止め、声の方へ勢いよく顔を向けた。いつ部屋に入ってきたのか、扉の前にはいつの間にか女性が立っていた。

 こんな意味の分からない状態で突然出てきた人間に、警戒心を持たない人間はいない。とりあえず、扉の前に立っている女を一瞥する。

 肩ぐらいまで伸ばした黒髪、ジーパンにTシャツと言うラフな格好。魅力的な顔立ちや格好とは言えないのに、彼女を見れば見るほど不思議な魅力を持った女だと言う事に気がついた。けして、顔がとびきり美人だとかそういうのではない。それでも、人を惹きつけるようなオーラを持っている女だった。

「僕はどうしてここにいる」

 言いながらベッドから降り、足を地につけてから立つと、何となく懐かしい気がした。まるで赤ん坊が初めて立った時の様な感動が心なしか芽生えてくる。

 彼女は僕の質問には答えず、無表情のまま僕が先ほどした様に彼女も僕を一瞥する。じっと見られているというのは良い気分がしないが、自分も先ほど同じ事をしていたので何も言えなかった。直ぐに彼女は僕を見るのに飽きたのか、ゆっくりと、しかし素早い動きで出て行こうと扉を開けていた。「あ、ちょっと」と声を掛けたが、扉を閉めるバタンという音にかき消され、彼女には恐らく聞こえなかった。

 不可解な状況にも関わらず、僕は何もしたくない気分だった。扉を開ける気にもなれずベッドに腰を掛けている。

 第二幕なんて僕には存在するはずがなかった。死んでしまえば終わり。だから、疑問に思う事は多々あるけれど、死んだのにも関わらず考える事はしたくなかった。本当に死んだのか、それが一番の疑問だけれど。

 そんな事を考えているうちに再び扉が開いた。

 期待していた先ほどの彼女ではなく、今度は男だった。男は茶色の長めの髪を下で一つに結んでいて、前髪をピンで留めている。手にはティーセットを持っていて、そのティーセットが何処かで読んだ絵本の不思議の国のアリスのお茶会に出てくるものそっくりだった。その所為か男が一瞬だけ(帽子も被ってないのに)帽子屋に見えた。

「蝶々(ちょうちょう)が来ただろ」

 男は僕の顔を見るなりそう言ってにやりと笑った。

「蝶々?虫は一匹もまだ見ていない」

 この部屋の窓は閉まっているし、蝶々が入れるはずがなかった。第一、何故そんな事を聞くのか理解できない。

「その蝶々じゃないって。人、女、黒髪。来なかった?」

 まるでパソコンのキーワード検索の様に言う男がおかしかった。蝶々とはどうやら先ほどの女の名前らしい。「来た」と短く返事をすると、男は安堵したように机にティーセットを置いた。

 男は僕にティーカップを渡し、お茶を一口すすってから、間髪を容れず口を開いた。

「急だけれど、これから君を特例者の所まで連れて行かなくてはいけない」

 お茶の入ったティーカップの温かさを感じながら、僕は先ほどまで自分が何も知らずに流されてばかりいる事に気がついた。ビルから飛び降りたはずなのに何故か生きていて、蝶々と言う女が起床を確認しに来て、今こうして男とお茶を飲んでいる。死んだはずの僕は一体何をしているんだと小さく肩を竦めた。

 「何が何だか、僕には良く分からないんだけど」と、僕は正直に訊ねてみる。

「蝶々に聞いていないのか」

「起きたのね、と言われただけ」

 その言葉を聞き、男は大げさにため息を吐いた。「またか」とも漏らす。

「やっぱり説明役は無理か。蝶々は人とコミュニケーションをとるのが苦手なんだ。まあ、それは俺がやるとして」

 男は再びティーカップに口をつける。たっぷりと間を置いてから、人差し指を僕に向けた。

「自.殺したね、君」

「は」



 男曰く、ここは自殺者の世界らしい。

 自殺した人間はここの世界に飛ばされ(もちろん魂が)、そして二種類に分けられる。

「俺の様な、つまり自.殺した動機を覚えていない自.殺者は通例者と呼ばれる。この世界の三分の二がそういう人間なんだよ。君は何故自分が自.殺をしたのか、記憶がある?」

 少し考えてから僕は首を縦に振った。男は嬉しそうに手を叩く。

「へえ!蝶々と一緒だ。君も例外者なんだね」

「れいがいしゃ」

「そう。自.殺の動機を覚えている者はそう呼ばれている。俺達通例者にとっては羨ましいもんだよ。通例者なんて、何で自分が自.殺したのかを覚えていないんだ。自.殺した事に関して以外の記憶はあるっていうのにもかかわらず、自分が自.殺をしたと言う結果しか分からない」

子どもの笑い声がまた遠くから聞こえた。自然と窓に顔を向けていると、「外を案内しようか」と男が提案してきたので、今起きている状況説明を夢心地で聞いていた僕は慌てて頷いた。

 自.殺したはずなのに、今こうして僕は立っている。感覚もあるし、考える脳もある。なにもかも正常。それに腹を立てる事も嘆く事も出来ず、今起きている状況を受け入れることしかできない。それがとてつもなく恐ろしく、ただただ呆然する。

 男は立ち上がり「特例者達に挨拶に周らないと」と言って顔を引き締めた。

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