夜に迷えば
十代後半。
この歳になればそれなりに悩みは出てくるものだと思う。
まして今年は受験生。悩みが出ないはずがない。
それでもあたしはずっと悩みなどないような顔でにこにこ笑って日々を過ごしてきた。
「だからって悩みがないわけじゃないのになぁ……」
いつもなら我慢できた。ずっと前から分かっていたことだから。ずっと前から諦めるように言い聞かせてきた。
泣く一歩手前の強張った顔のまま思う。
「そりゃあ、ね。分かってたわよ。あたしなんか敵わないって。分かってたわよ……」
慣れた作業はうじうじと悩むあたしの心とは裏腹にちゃくちゃくと支度を整えていく。タイマーをセットして一息つく。
あたしが敵わない相手はあたしよりもずっとすごくて、でもそれは影の努力があったからだと分かっているから余計に自分が惨めになる。相手が完璧であればあるほど。
あたしだって努力している。寝る間も惜しんでずっと努力してきた。
何が違うんだろう。
何がいけないんだろう。
どうしてこんなにも差があるのだろう。
悩めば悩むほど自分が嫌になる。
鳴り響くタイマーを止めて、ポットを手に取る。
傾ければカップに落ちるきれいな紅茶色。ふわりと広がる大好きな香り。
少しミルクを加えれば、途端に濁る。途方に暮れるあたしの心のように。
一口、口に含めばほっとする柔らかな舌触り。
ささくれ立った自分の心がなだめられていく。
ふと窓の外を眺めれば中途半端に欠けた月。
まるで自分みたい、と。クスリともれた自分の笑いに自分で驚く。
なんだ。まだ笑えるじゃない。
暖かな湯気を立てるミルクティーを飲みながら、ぽたり、ぽたりと涙をこぼす。
「せっかくのミルクティーがしょっぱくなっちゃう」
流れる涙はそのままに、またくすくすと溢れだす自分の笑い。すこししょっぱいミルクティーを飲みながら、月へとにっこり微笑みかけた。
いいじゃない。
いいじゃない。
別にいいじゃない。
敵わなくたって、惨めだって。
最初から分かっていた。目指しているところが違うと。
あたしはあたしでやりたいことを見つけたのだから、後は自分で追いかけるだけ。
目指すものには優劣などなくて、重なり合うことはないのだから。ただその道が別々なところにあるだけなのだから。
最後の一口を飲みほして、誰もいない部屋で伸びをする。
「また、明日から頑張ろうっと」
だから今だけは。
響け
響け
静かな夜に
みんなが寝静まったこの夜に
聞いているものなどいないうちに
強がりなあたしが今だけは、そっと漏らす泣き声を
追いつきたくて、追いつけなくて
悔しいと漏らす泣き声を
朝になったらまた笑顔で
いつも通りのあたしの声で
おはよう
そう言えるように。