六日目 朝 2
資料室の扉に手をかけると、ガラリと楽にスライドさせる事ができた。どうやら田中はちゃんと準備することができたらしい。
普段から人のなかなか入ってこない資料室は埃っぽく、本を動かすたびに咳やくしゃみが出た。
「ふう。埃がすごいな、こんなんじゃなかなか調べらんないよ」
ポツリと不満をこぼす尾張の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
そこには、マスクと保護メガネで完全に埃との決別を果たした田中の姿があった。あまつさえ、その右手には埃はたきさえ握られている。
「え、なんでそんなに準備万端なの?はたきまで持っちゃって」
「ははははは。まあ、自分の身を守れるのは自分しかいないからな。備えあれば憂いなしさ」
意味がわからん。と、杉山のほうを振り返る尾張。振り返った先にもマスクで完全防御している男がいた。
「どうした尾張?」
すっとぼけやがってこの野郎、もちろん、口にはできなかった。
完全防御のマスクマン二人と、完全に無防備な一般人が一人。一人分のくしゃみが朝の澄んだ空気を湿らせる中、調べ物は思いのほか簡単に進んで行った。
「思いのほか綺麗にまとめてるもんだな。例の変人部長。もっと雑な仕事するのかと思ってた」
褒めてるのかけなしているのか。わかりにくいのは杉山の特徴である。確かに、過去の新聞部の校内新聞、特集冊子はどれも非常に読みやすくまとめられていた。だてに新聞部は名乗っていなかったようだ。記事の内容としては、主に怪我人の事について書かれていた。
「”体育祭でまた怪我人多数か”だってよ。やっぱり、昔からかわんねーな」
田中が記事を漁りながら、マスク越しのくぐもった声で二人にはなしかけた。
「まあ、昔は怪我だけで人が死ぬなんて事はなかったから、重要なのは怪我の程度だよな。体育祭やら学園祭は規模が規模だからそれなりのスケールで怪我人だしてるし、毎回のテストの平均でクラスごとにちょっとした事故があったらしいからたまんねえな」
「へえ、期末やら中間のテストも入ってんのか。それは知らなかったな」
尾張が感心すると、
「ほんと、よく調べてるよ」
杉山も今度は素直に頷いた。
「一番大きい怪我人出したのなんの時だ?」
「ええっと、ちょっと待ってよ……」
体育祭、学園祭、各種のテストも含まれている。クラス単位で凶事が起こる事もしばしばなので、その人数は膨大なものとなっている。しかし、やはり群を抜いて大事故が起きているのは体育祭であった。
「やっぱり体育祭だな。一組百二十人くらいいて、一位以外の組は全滅だし、一位の組も全部の競技で勝つわけじゃないからな」
尾張の話に田中が続く。
「ぶっちゃけた話が、本人が気づいているかいないかの違いだけで、ほぼ全校生徒が怪我やらなんやらしてるわけだな」
そう、もはやデタラメなのだ。祟りだろうがなんだろうが、その超常的な力は学校中を巻き込み生徒たちを恐怖の坩堝へと飲み込んでゆく。逃れられるものは一部の勝者のみで、しかし誰も逆らう事はできないので参加するしかない。
「怪我の重症なのは、毎年リレーやら短距離やらの配点が高い花形競技だな。綱引きなんかも配点は高いけど、あれは人数が多いからなあ。分配されるのかもね」
その後、尾張は過去のリレー参加者の体育祭後の主な怪我を読み上げた。
通学途中、工事現場の横を通り抜ける際に工具が落ちてきて肩を骨折。同じく工事現場を通り抜ける際、なぜだか生コンが飛んできて、鼻に詰まって失神。やはり夜の工事現場を通り抜ける際、物陰から変質者が飛び出してきて襲われかけるも、運良く逃げ切れた先で資材につまづいて打撲。
「なんか、工事現場での事故多くないか?最後のはちょっと違う気もするし」
田中が怪訝そうな表情で聞く。
「ああ、なんでだろうな。で、こっからが一番大切な項目だな」
そう言って、ページをくると。そこには
「過去の大事故の関係者と、主に関わっていた役職、競技等」
と書かれていた。
感想が食べたい。