一話
今年もまたこの季節がきてしまった。尾張は大きく一つ溜息をついた。
ここ数年続いていた凶事に始めて死人を出してしまった去年の体育祭。今二年生である尾張も、当然のごとくその場に居合わせた。彼もまた、足には自身のあるほうであったが、犠牲となった少年を始め、昨年の二年生には身体能力の高いものが多く、彼自身も一年生であったので、出番らしい出番もなかった。
しかし、今年は確実に出場することになる。それも、リレーや短距離など、配点の高い種目が多いので自ずと責任も大きくなる。
敗戦の責任の大きいものに重大な処罰が下される。
このことは、昨年の犠牲者からも、容易に推測できた。二位という十分な結果でさえ、一位に負けた責任を取らされたのである。
その影響もあり、どのチームも必死な形相であった。昨年優勝のチームは、リレーメンバー四人のうち、三人を未だようしていたし、他のチームにもエース級の選手というものがいた。
ちなみに尾張はホープといった位置づけであろうか。もともと学年で五本の指くらいには入っていたので、三年生が卒業した後は期待しされていた。
「なんでまたこんな事になったんですかねえ」
体育祭の一週間前。応援団や、その他の見せ物関係も最後の仕上がりを見せ始める頃、リレーチームもバトンパスの確認など、細かい調整を行っていた。第一地区の四人の一人としてその調整に加わっている尾張は、またひとつ大きなため息を履いた。もとから集中力を欠いているため、バトンを落としたり、自分がバトンを受ける時になっても助走をとらず、直前のランナーと接触したりなど、なかなかひどいミスを繰り返している。
「尾張ぃ!お前、おれたちを殺したいのか?」
第二走者の岡本が先程からのいらだちを爆発させる。
「知ってるだろう、お前も。いや、学校中の奴らが全員知っているはずなんだ。勝負事に負けたやつはひどい目に遭うって。お前が死ぬだけならいいさ。だけどよ、リレーのせいで負けたら、他の三人もひどい目みるんだ。そこのとこわかってんのか?」
胸ぐらを掴み上げて怒鳴る岡本の目は真剣そのもので、ひとつもふざけている様子など見えない。
「忘れてんなら教えてやるよ。死んだあいつの他にも、三人は交通事故で骨折したり、溺れて助かったはいいが、体に障害が残ったり……他の同じ地区になっただけの連中でさえ怪我人が多く出たんだ。お前だけの命じゃねえんだよ」
むっとしつつも、岡本の言う事も最もなことなので、尾張は喉まででかかっていた買い言葉を飲み込んだ。
「そうは言いますけど岡本さん。いまいち実感わかないんですよね。たしかに去年人が死んだのは知ってますし驚きましたけど、おれのせいで人が死ぬといわれても、やっぱりピンとこないというか……」
死ぬ気でやれとよくいうが、日本の平凡な高校生に「お前がやり遂げることができなければ人が死ぬ」と言ったところで、はいそうですかとなるかといえば、それは難しいのかもしれない。じっさいに、岡本らが本気になれているのは同級生の死と、その他様々な凶事を二年間も見てきたからなのだろう。
けっきょく、尾張はその日の練習を早めに切り上げさせられて、家路につくこととなった
。
日が落ち始めていて辺りはオレンジ色に染まっている。胸中は整理がつかずどんよりとかげりを見せているが、あくまで夕暮れの空は快晴で、それが尾張の憂鬱さを加速させた。
なぜこんな高校に入学してしまったのだろうか。学問、スポーツ共にそこそこのレベルにあるこの高校(野球部は昨年、県大会でベストエイトまで勝ち進んだ)。まあ、率直に言うのなら、住みやすそうだと思ったからだ。間違っても、祟る校長像の話なんか聞いていたら他を探したことだっただろう。
「あと一週間かあ」
「お、おセンチかい?ぼやき少年くん」
ポツリとつぶやいたところを、後頭部をはたかれた。後ろをみるとそこには見知った二人の影があった。同じクラスの田中と杉山だ。
二人とも一年生の頃から同じクラスで、体育祭の地区も同じである。田中は、尾張と一緒に学年別のリレーに出ることとなっている。
「なんでおれがこんな思いしながら走らんといかんのかねえ」
少し唇を歪ませながらたずねると
「そりゃあ、足が速いからに決まってる。負けたら死ぬかもしんないんだ。誰だって勝ちにいくさ」
杉山の答えは至極まっとうで、他に答えようなどなかった。
「また誰かしんじまうのかな」
こんどは田中が答える。
「さあな。そんなの誰もわからないさ。死ぬかもしれないし、死なないかもしれない。だから不安にもなるし、誰もが怯える。まあ、つまりは頑張ってくれよ、尾張くん。僕らの命のためにね」
後半はふざけて茶化すようになっていた。
「そこの実感なんだよなあ」
最後のぼやきは、二人の耳には入らなかった。
やはり、感想お待ちしております