第七章 魔導国
舞踏会場から別室へ案内された歌音は、改めてミラェルドレー聖王と対面した。
王は、貴賓席で見せていた威厳をいくらかやわらげていた。
身体はがっしりとしているが面立ちが優しく、人の良さそうな顔をしている。娘であるシェラフィールスと共通した部分はあまりなく、彼女は王女を産んで間もなく亡くなったという王妃に似ているのだろうことが推測できた。
「このようなことを異界人であるそなたに頼むなど、本当に恥知らずなことだ。至らぬことを責められても仕方がない」
聖王は、歯がゆそうな顔でそう言った。根が優しい人なのだろう。
歌音は勧められた椅子に腰掛けながら、首をゆるく横に振った。
「最導師様からお聞きしました。『外れしもの』という存在がゲーンにいるかもしれないということを。それが私にしか見分けられないというのなら……」
歌音が誰にも見えない膝の上で手を握り締める。最導師から話は聞いているのだろう、聖王はすまなそうに歌音を見つめた。
「戻ったあかつきには、できる限り願いを叶えよう」
「いいえ。お気になさらないでください」
テーブルに置かれた紅茶からかぐわしい香りが漂う。
その香りを散らすように、室内へ力強い足音が入り込んできた。
「お父様! これはどういうことですか!?」
「シェラ様?」
シェラフィールスが、憤怒の形相で駆け込んできた。途中で衛兵に止められたのか、ドレスの裾も髪も乱し、妖精姫の名が泣きそうな姿になっている。
「カオンをゲーンへ向かわせるなんて! ゲーンとは関係が上手くいっていないんでしょう? カオンに何かあったらどうするつもりなの!」
歌音は慌てて椅子から立ち上がり、今にも泣き出しそうなシェラフィールスに手を伸ばした。
「落ち着いてください、シェラ様」
「だったら私が行くわ! 聖歌だって歌えるもの!」
「シェラフィールス様……」
鼻を啜りながら目に涙を浮かべるシェラフィールスを歌音は申し訳なく思う反面で嬉しく思いながら、その髪を撫でて整えてあげた。
シェラフィールスは、歌音に抱きつき、放すまいと腕に力を込める。
その背後に、宰相のニドルクレウが音も無く立った。
冷たいと思えるほどの冷静な眼で、シェラフィールスを見下ろす。
「王女殿下。これは国の政に関わること。聖歌姫がお引き受けになったというのに、王女殿下であるあなたさまがそのようなことでは困ります」
シェラフィールスはきっと宰相を睨んだが、苦手な相手なのか、悔しげに顔を背けた。
それでも勇気を奮ってもう一度睨む。小動物が睨みを利かせているようなものだったけれど、その瞳には本物の怒りが宿っていた。
「シシルス、あなたが企てたのね。あんなところでカオンを歌わせて、衆目の前で断れないようにして……脅迫のようなものじゃない。恥ずかしいと思わないの!」
「過ぎた行為だったことは認めましょう。聖歌姫のお心を試すような真似をしたこともお詫びします。しかし、それによって、聖歌姫をゲーンへ送り出すことが最善策であることは証明されました」
「わたくし達の問題を、異界人であるカオンに押しつける気!?」
放っておけば掴みかかりそうになるシェラフィールスを、歌音の手がやわらかく止めた。
「カオン」
シェラフィールスが、苦しそうな顔で歌音を見上げる。
歌音はやわらかな笑顔だった。
「いいんです、シェラ様」
「どうして? だって、カオンには関係ないことなのに」
歌音はふるふると首を振った。
「これが、私がここに召喚された理由だと思うんです」
その言葉は強く、はっきりとしていた。
「確かにここは、私が生まれた世界ではありません。けれど、ここには、私に優しくして助けてくれた人達がいます。その人達が助かるというのなら、私はどこにでも行きます」
シェラフィールスの小さな手は歌音の腕を強く掴んでいたけれど、その手が、震えながら、放された。
歌音はニドルクレウに向き直る。
「出立はいつに?」
「親善会は密やかに行われます。日付は戦月の闇五日……五日後です。出立は四日後。それまでにもう一度、宮廷作法とゲーンについての知識を学んでいただきます」
「今夜はもうよいだろう、ニドルクレウ」
娘と歌音を見つめていた聖王が、目配せで歌音に退出を促した。歌音はそれに従い、頭を垂れて部屋を出る。
「……聖歌姫が好きなのだな。シェラ」
聖王は、こちらに背を向けて俯いている娘に呟いた。
「気丈な方ですな。異界の姫とはあのようなものなのでしょうか」
ニドルクレウが感心したように言う。誰かへのあてつけのようにも聞こえた言葉だったが、その姫はもはや怒りも見せない。
「……だから王城は嫌いなのよ」
「シェラ……」
悲しいものを見るような目でそう口にする父王に見られないよう、シェラフィールスは涙を押し殺した。
「カオンの身体、震えてたわ……」
部屋に沈黙が下りる。
晴れていたはずの夜空から、細い銀の雨が降り出していた。
♪
その翌々日から、歌音の部屋に綺麗な花が飾られるようになった。大ぶりの花瓶に溢れんばかりの花。ニルナがしたことだった。
「毎日、飾っておきます。だからどうか、花が元気なうちにお戻りくださいね」
歌音がゲーンへ特使として赴くという話を聞いた時、最も衝撃を受けたのは、ニルナだった。泣くことも忘れて茫然とし、王城の人間に止めさせてほしいと嘆願しに飛び出しそうになったところを侍女長に止められたという。
だが、落ち着くと、少し無理をしたような笑顔で歌音の旅の準備をしてくれた。
「ありがとう、ニルナ」
荷物はほとんどできあがり、荷馬車が港まで運んでくれることになっている。出立は明日に迫っていた。
歌音は、残り少ない時間を、魔導殿から借りてきた書物を読むことに使っていた。どの書物も本来は魔導殿から持ち出してはいけないものだが、最導師が権限を使って許可してくれた。
(どうして、こんなに記述が少ないのかしら)
読みはじめてから、歌音は妙なことに気付いた。この世界の神話でありながら、「聖なるもの」と「魔なるもの」、そして「外れしもの」についての記述が極端に少ない。
創始の神々と言われる「聖なるもの」と「魔なるもの」さえ、それがどのような存在なのか分からない。解明されていないようだった。この世界では、神は人々の願いと祈りから生まれたものではなく、確かに世界を創った実在のものとして捉えられている。だから、歌音の世界の神話のような広がりがまるでない。歌音の世界の意識で言えば、それは自然界の法則を解き明かすようなものなのかもしれなかった。
その中でも、「外れしもの」の記述が最も少ない。聖魔の均衡の崩れ、綻びから生まれるものとはされているが、それが人であるのか、ものであるのかさえ分からない。この世界は、本当にまだ未成熟なのかもしれない、と歌音は思った。
しばらくして、ニルナが部屋にやってきた。
「失礼します、カオン様。お客様がいらしています」
「お客様?」
「癒ノ騎士、静ノ騎士、それにローザイン将軍です」
客間へ行くと、舞踏会ぶりのイルミラや、ダルダイム、ローザインが揃っていた。
三人とも深刻そうな顔をしている。
歌音は、彼らの分だというように笑みを浮かべた。
「どうなさったんですか?」
「明日出立だと聞いたから、挨拶に。僕らは王都に残らなければいけないから」
では、歌音の護衛の任に就くのは、彼ら以外の聖騎士なのだろう。
そう思った瞬間、ちくりと胸を刺された思いがした。あれ以来、アルフレインに会っていない。
歌音がソファーに座るなり、イルミラが頭を下げた。
「イルミラ様?」
「何もできなくて、ごめん、カオン。まさか聖王があんなことをなさるとは思わなくて」
イルミラは、もしかしたら自分の力を使って何かしようとしたのかもしれない。だが、それが叶わず、申し訳ない、と言いたそうな顔だった。
歌音は首を振った。
「聖王様も、イルミラ様と同じように苦しそうなお顔をされていました。考え抜いてのご決断だったのだと思います。どうか、そんなお顔をなさらないでください」
「カオン……」
歌音の強がりを見抜けないイルミラではない。当事者が気丈に振る舞っているのに自分がしょげている場合ではないと思ったのか、少し笑った。
「私の手で姫をお守りできないのは悔しいことですが、シェザーレイは、ああ見えて腕の立つ男です。必ずお役に立ちましょう」
そう断言したのは、ローザインだった。何故彼女がそんなにもシェザーレイのことに詳しいのか不思議に思う歌音だったが、隣でダルダイムも頷いているので、彼の腕前は周囲にも認められているのかもしれない。なにせ、剣ノ騎士と言われるほどだ。
「……アルフレイン様ですが、同行する騎士団員の選考があり、出立までこちらにはお出でになれないそうです。港までは、シェザーレイとジェインがつきます」
ダルダイムの言葉に歌音はかすかに翳りを見せたが、「分かりました」と笑って頷いた。
「カオン。最導師様からお預かりしてきたものがあるんだ。しばらく魔導殿からお出になれないそうで」
イルミラが、宝石箱を差し出した。
「最導師様から?」
開くと、中に入っていたものは首飾りだった。大小いびつな宝石が大きさに沿って連なり、三日月のように弧を描いている。形はいびつだが、輝きはダイヤにも劣らない。
「聖魔石という鉱石で作った首飾りだそうだよ。最導師様ができるかぎりの聖性を込めてくださったから、これだけで聖歌殿と同じ効果をもたらすと。ゲーンに入ってからは、必ず身につけるようにとおっしゃっていた」
歌音はそれを、丁重に受け取った。
「ありがとうございます。最導師様にお礼をお伝えください」
「うん、それじゃあ、僕らはこれで――」
歌音は館の玄関まで三人を見送り、心のなかに少しだけ開いた隙間を埋めるように、胸を押さえた。
出立の日がやってきた。
ゲーンに入るための方法は二種類ある。一つは西の国境線を通ること。もう一つは、内海を渡ること。東の国境線は鬱蒼とした聖魔の森に覆われ、魔獣の寝床となっている。
魔獣と言っても邪なものではなく、聖魔の均衡の崩れがない限り人を襲うことはない。「魔なるもの」の顕現とも言われ、この森は聖域として、二つの王国に守られていた。
ミラェルドレーとゲーンは、西の国境線と、人は立ち入れないが東の聖魔の森で繋がり、その中央を楕円形の内海が隔てている。内海は船を出せば一昼夜で着く大きさであり、これを経路しての貿易は盛んだった。今は、輸入出のやり取りが制限されているため、どこか活気のない港だったが。
箱馬車が港に着くと、歌音は、船へ乗り込む時間まで海を眺めさせてもらうことにした。
傍にはシェザーレイとジェインがついていたが、歌音が一人になりたいことを見取って、少し離れたところに控えている。
澄んだ空気の中、海と空の境界線がはっきりと見えた。潮の香りは濃くなく、波の音も小さい。白い、カモメのような鳥が何羽もひらりひらりと気持ちよさそうに飛んでいた。
「海は、カオンの世界にもあるのかな」
歌音は、急に声をかけられたことと、その声が久しいものであったことに驚いて振り返った。
背後にアルフレインが立っていた。一緒にいたはずのシェザーレイとジェインはいない。
アルフレインの顔を見た途端、力が抜けるような気がした。
「……あります。同じ色です。飛んでいる鳥も似ています」
「見てみたいな。……叶うのなら」
二人で港に佇み、海の向こうを眺める。
しばらく無言だったが、歌音が口を開いた。
「……怒っていらっしゃいますか?」
「……無茶をすると思った」
間を置いてから、アルフレインが呟いた。
舞踏会の夜。貴人達の前でゲーンへ行くとはっきり言った歌音を、アルフレインは忘れられないでいた。その時に抱いた、行き場のない憤りも。
「親善国とはいえ、今はゲーンの思惑が読めない時だ。海を隔て、ミラェルドレーを離れて、何が起こるかも分からないのに迷いもなく行くと言ったことが、やけに腹立たしかった」
歌音は、やるべき使命を目の前につきつけられたから、引き受けた。だが、周囲から見れば無謀以外のなにものでもなかったのだろう。
「あの場ではそう答えるしかなかったのかもしれないが、迷いもしなかった。無茶をする、とんでもない姫君だと思った」
「……すみません」
小さな謝罪に、けれど、アルフレインは違うというように首を振った。
「だが、何よりも、聖王と宰相に異議を唱えられなかった自分自身を情けないと思った。光ノ騎士などとは呼ばれていても、結局は、一騎士でしかない」
歌音は、悔しげにそう言うアルフレインの横顔を見つめた。彼が、自分の所為で騎士であることを悔むなど、あってはならないことだ。
「……聖王のなさることが間違いではないと思ったから、何もおっしゃらなかったのではないのですか?」
それが正しいことではないと思ったのなら、アルフレインは身分を越えて忠言しただろう。歌音の言いたいことが分かったのか、アルフレインが苦く笑う。
「そうだな。だから尚のこと許せなかった。国のためにカオンを利用するような気がして。……今更かもしれないがな」
異世界から何も知らない娘を召喚し、聖歌姫の役目を押しつけた。その罪は最初からあったはずなのに、ここにきてようやく気付いた。その全てが腹立たしい。
「カオン」
アルフレインが歌音の方へ向き直ると、海風が優しく吹いた。アルフレインの蜂蜜色の髪が陽の光に混ざって輝くほど眩しく、透き通っている。
歌音は、その眩しさに目を細めた。そして自分を見つめる湖水色の瞳。海よりも薄く、緑がかった瞳が、どこまでも優しく歌音を見つめている。
「君は必ず私が守る」
自分の姿を捉えた瞳を見つめ、歌音は心のなかの小波が落ち着いていくのを感じた。
「――はい」
ごく自然に微笑んでいた。
もう、心の隙間はどこにもなかった。
♪
翌日の夜明け前、一向はゲーン港へ到着した。
港には人気がなく、暗く、静まり返っている。
港に足を踏み入れ辺りを見回すと、晴れる気配のない濃霧が立ちこめていた。肌寒く、歌音は知らないうちにケープに手をやっていた。
港と城は、目と鼻の先だった。足下を芯から冷やす風と濃い霧の向こうに、影がうっすらと見えている。灰色の塊のように見えた。
薄暗い港に、箱馬車と迎えの人間の姿が浮かび上がった。
「ようこそお出でくださいました。どうぞ馬車へ……」
ミラェルドレーの魔導僧に似た、濃紺の僧服を着た男達が出迎えた。
歌音達は、黒馬が牽く箱馬車に乗って、城を目指した。
(なんだか、寂しい景色……)
車窓から覗いた港は寂れていた。夜明け前ということもあるのかもしれないが、すべてのものが死んだように見える。それとも、日が昇る頃には活気のある明るい港になるのだろうか。
入る前に一瞬目にしたゲーンの城は、ミラェルドレーの王城より無骨な印象だった。石の壁面を塗装することなく、地のままで見せているからそう見えるのかもしれない。悪く言えば地味だが、どっしりと腰を下ろしている姿は巨岩のようにも見える。
だが、城内に進むと、その印象はがらりと変わった。
濃紺を基調にした敷物や壁面を金の装飾が惜しげもなく彩り、いたるところに焚かれた灯が城内をまばゆいほど明るく照らしている。
だが、窓が殆どないため、おそらく昼間でも夜のような城内なのだろう。その身に深淵の闇を抱えているような、暗い美しさがあった。
歌音は、引率役であるニドルクレウの女性秘書官とアルフレイン達と共に貴賓室へ案内された。
そこには、小柄な老人が待っていた。うっすらと笑みを浮かべた腰の曲がった老人だ。
しわがれているのに、やけに高い声だった。
「聖歌国の聖歌姫、お越しを歓迎いたします。わたくしは宰相を務めております、ニェと申します。早速ですが、今宵の親善会の予定を打ち合わせていただきたく……」
歌音が頷き、その隣で秘書官とニェが打ち合わせをはじめた。親善会である宴がいつはじまるのか、どのような流れになるのか、服装はゲーンで用意したものに着替えてほしいなどの質問と要望が行き交う。
歌音は人形のように黙って椅子に座っていたが、その居住まいに隙はなかった。全神経を使って、周囲を感じ取っている。
打ち合わせの後、歌音は滞在用の部屋に案内された。中扉で隣の部屋と繋がっており、そこには女性秘書官が泊まることになっている。
別室でミラェルドレー側の打ち合わせがはじまると、聖騎士達が一様に渋い顔をした。
「どういうことですか。扉の前の警護は我々が行うはずでは」
「ゲーンより、聖歌姫の部屋の前の警護はゲーンの衛兵に任せてほしいという要請がありました。ゲーンに敵意がないことを、我が国の側が承知している証明が欲しいのでしょう」
女性秘書官は、ニドルクレウによく似た淡々とした口調でそう説明した。けれど、それで納得できるはずもない。
「しかし……」
「もちろん抗議はしましたが、内側から鍵がかけられることもあり、受け入れようと思っています。よろしいですか、聖歌姫」
歌音は、ちらりとアルフレイン達を見た。アルフレインも、シェザーレイも、ジェインですら納得できないような顔をしていたが、彼らの不安を優先するわけにはいかない。
「そうすることで、ミラェルドレー側にも敵意がないことを証明できますか?」
秘書官は少し驚いた顔をしたが、頷いた。
「はい」
「では、私は構いません」
「……ありがとうございます」
ミラェルドレー側からは、秘書官、聖騎士を三名、騎士団から精鋭を十五名、それだけが入国を許された。その中でも、城内で歌音の近くにいられるのは秘書官と聖騎士だけ。騎士団は離れた場所で待機し、何事かなければ動けないことになっている。
頼りなくもある人員の理由は、ゲーンができる限り人数を絞ってくれるように要請してきたからだった。その真意がどこにあるのか分からない限り易々と呑めないが、こちらの誠意も示す必要がある。
「ゲーン王は現在病床の身であり、第一王位継承者のウルィ王子が代行を務めております。歌姫には一曲披露した後、ウルィ王子とお話を。政に関することはのちに私が行いますので、簡単なお話で構いません。できれば、込み入った話はなさらないように……」
歌音は、秘書官からの指示を頷いて聞いている。
「恐れ入る……」
壁際に立ってその話を聞いているシェザーレイが、恐ろしそうな口調でぼそりと言った。
アルフレインとジェインがシェザーレイに視線を向ける。
「女は度胸が据わると怖いものだな。守るこちらが苦労しそうだ」
「怖じ気付いたか?」
アルフレインが訊ねると、シェザーレイは、にやりと笑った。
「まさか。俄然やる気が沸いてきたのさ」
その一刻後に宴が始まった。
密やかに行われると言っていたとおり、大きな宴ではなかった。
円形の大広間に同じ形の織物が敷かれ、ゲーンの重鎮と思われる老人達が円陣のようにあぐらをかいて座っている。
歌音は一段高い貴賓席に座り、その周囲を聖騎士達が固めていた。王子はその背後の玉座にいるが、幕が下がっていて顔は分からない。
歌音は、ゲーンの巫女服を着けるようにと言われ、その通りにしていた。しっとりと肌に吸いつく紫紺色の生地の服には膨らみがなく、流れるようなラインがこの国では清純を表す。また、ミラェルドレーでは白に銀の刺繍が聖なるものとされるが、ゲーンでは紫紺に金の刺繍が最上のものだという。歌音の巫女服には銅色の刺繍が施されていた。
ひらけた場の中央では、絹の服を纏った女達が舞を披露していた。ゲーン北部の伝統だという舞は、神に捧げられるもの。その曲は歌音も聴き覚えがある。
ゲーンは、聖歌に踊りをつける風習があるという。その違いを除けば、二国の間に聖歌に対する意識の差はないのだろう。共に手を取り合ってきた国なのだから。
「聖歌姫……一曲ご披露ねがえますか」
やがて、ニェ宰相がうすい笑みを浮かべながら近付いてきた。
歌音は頷き、場に進み出た。
伴奏が流れはじめた。ゲーン式の、ギィーより丸みを帯びた撥弦楽器は、不安になるようなか細い音を奏でる。歌音は、その旋律に乗せて歌いはじめた。
服の下に隠した首飾りが、歌音の声をより透き通る音に変える。
ゲーンの重鎮達は、その声が聖性によるものだとすぐに気付き、拝むように手を合わせた。魔導が行き届いたこの国では、強い聖性は何よりも尊ばれる。
(よかった、ちゃんと歌えた)
一曲歌い終えた時だった。貴賓席の背後にある幕の垂れた玉座から、拍手が起こった。
これまで姿を見せず座っていた王子が、引き上げられた幕の向こうから姿を現した。
歩み出た王子の姿は、歌音の目を驚かせた。
一瞬、女性かと思い、その後、なぜ女性と間違えたのか不思議に思った。それほど均整のとれた身体つきと、高い背を持っている。
薄い唇がほほえむと、月下美人が闇夜に咲いたような錯覚を起こした。
王子は、歌音を見つめて、とても嬉しそうに微笑んだ。
「美しい……とても美しい聖性でいらっしゃる、聖歌姫」
魔導国ゲーン皇太子、ウルィ・ディ・ラ・ゲーンは、魔性を秘めた美しい王子だった。