イヤホンの精霊
ポケット内部。
紙屑や、お菓子の包み紙などが入っているそこに、緑色のとんがり帽子をかぶった、小さな精霊がいました。
「んしょ、これをこうして……へへッ、どうだこの固結び!」
その精霊は、イヤホンの精霊です。
彼らは、ポケットに入ったイヤホンを複雑に絡み合わせ、人間に「あー、また絡まってるよ……」と言わせることが生き甲斐の精霊です。
決して「しょぼいwww」なんて笑ってはいけません。
彼らは意外にデリケートなのです。ガラスのハートなのです。
「あー、また絡まってるよ……しかも、固結び……」
イヤホンの持ち主である、学生服を着た少年は心底うっとうしそうな表情で、解きにかかります。
「へへへっ、困ってる、困ってる」
対し、イヤホンの精霊は、嬉しそうです。
結構性格悪いんです。
「あ、おはよー、健二くん」
イヤホンを解いている少年、健二君に声をかけたのは、同じく学生服を着た少女でした。
「あ、おはよう、高倉さん」
「なにしてるの?」
「イヤホン解いてるんだよ」
「あー、よくあるよねぇー」
二人はそんな会話をしながら、学校へ向かって歩きます。
どうやら登校時間だったようです。
そして、イヤホンの精霊はポケットから顔を覗かせました。
人間には、彼らの声も姿も、聞こえませんし見えません。
すると、少女のポケットからも、小さな精霊が顔を出しました。
今度は赤い精霊です。
「あ!!また出やがったな、赤いの!!」
「それはこっちのセリフよ!緑の!!」
どうやら、二人は知り合いの様です。
「こっちはお前の顔なんて見たくねぇんだ!」
「しらないわよ!大体なに?あんたまた固結びしたの?それしか脳がないの?」
「うっせぇ!お前だって蝶々結びしかできねぇじゃねぇか!」
「ざんねん!この前ネクタイ結びも覚えたわ!」
「な、なに!?」
緑の精霊は驚きました。
「はっ、固結びしか脳のないやつは、さっさとイヤホン村へ帰りなさい!」
イヤホン村というのは、イヤホンの精霊が幼いころ過ごし、そして引退したときに住まう村です。
「なんだと! バーカバーカ!まな板!」
「な、なんですって!?このコケ色帽子が!!」
「そばかす!」
「ミドリムシ!」
「腐ったトマト!」
「わかめ!」
ギャーギャーと言い合う二人、というか二匹の精霊は、ついには言い合いをやめて、
「よし、わかったわ!ならイヤホン結びで対決よ!」
「おう、いいぜ! 望むところだ!負けて泣くなよ!」
丁度いいタイミングで、健二君はイヤホンをポケットに入れました。
緑の精霊は、すぐさま結びに掛かります。
「くっそぉ……目にもの見せてやる!」
そういいながら、せっせとイヤホンを結ぶ緑の精霊。
「もうあったまキタ! 絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
赤の精霊も同じようなことを言っています。
ちなみにイヤホン結び対決とは、イヤホンを結び、それを人間が解く時間を競うもので、
解くのに時間がかかったほうが勝者でです。
「そうそう、健二君。私、新しい携帯買ったの!」
しばらくして、高倉さんは、ポケットからイヤホン付きのスマートフォンを取り出しました。
「あれ?その携帯、僕と同じ機種……」
「え、そうなの?」
「うん、ほら」
健二君も高倉さんと同じ機種のスマートフォンを取り出します。
もちろんイヤホン付きです。
「あー、ほんとだ。じゃあお揃いだね」
「うん、そうだね」
微笑みあう二人は、カップルのように見えました。
非リア充の敵です。撲滅せよ!
……失礼、取り乱しました。
「あ、健二君、またイヤホン絡まってるよ?」
固結びが何重にも施された、解くのがいやになるイヤホンです。
緑の精霊はポケットから顔をだし、ドヤ顔を決めます。
後頭部をしばきたくなるような顔でした。
「ほんとだ。……あ、高倉さんのも絡まってるね」
ネクタイ結びと蝶々結びが交互になった、ある意味綺麗なイヤホンです。
美術点があれば、そうとう高いものになっていたでしょう。
しかし、解くのがうっとうしいことには、変わりありません。
赤の精霊は、ドヤ顔を決めます。
グーパンしてやりたくなる顔です。
「じゃあ、どっちが早く解けるか競争しよっか」
「いいね。じゃあよーいドン!」
そこから、黙々と二人は解きにかかりました。
―――十分後。
「解けたっ!」
声を上げたのは、高倉さんです。
いくら蝶々結びも、一本ひぱってしまえば、それで解けるのであたりまえかもしれません。
「くそぉ、負けたか……」
健二君は、悔しそうにしています。
まだ、二個目の固結びを解く途中でした。
「へへんッ!どうだ赤いの!
「う、うぅ……」
赤い精霊は悔しそうに顔をうつむかせます。
しかし、顔を勢いよく上げ、
「こ、今回はたまたまよ!」
「あぁ?俺が勝ったことには変わりねぇだろ?」
にやにやしながら言う緑の精霊は、うざい顔でしたが、正論です。
「うぅ……この、ミジンコち○こ!」
「いきなり下品なこと言うんじゃねぇ!」
「うっさい!○○○←【自主規制】」
赤の精霊は、見境がなくなりました。
なにかのスイッチが入ってしまったのかもしれません。
「んだと!? 俺知ってんだかんな!この前のイヤホン結び選手権で、三回も迷子センターに連れていかれたこと!」
「な、なんで知ってるのよ!?」
「ほかにも色々知ってんぞ! 未だにぬいぐるみを抱いてないと寝れないとか!シャンプーハットかぶってないと頭洗えないとか!」
「……な、なに、よ……」
赤の精霊は服に負けないくらい顔を赤くして、涙目になりました。
「ばか! カビ野郎! ケムシ!!」
罵倒の言葉を並べますが、涙声です。
そして、目にはいっぱいの涙を溜めています
。
「あ、いや、その……ごめん、言い過ぎた」
緑の精霊はそれに気づき、あやまります。
「あ、あやまられる筋合いはないわよ!このチキン野郎が!!」
「あぁ!?なんだと!? せっかく、こっちが謝ってんのによぉ!!」
そして、また言い合いが始まりました。
「あんたなんか、固結びの間に挟まって窒息死すればいいんだわ!」
「おまえなんか、蝶々結びでバンジージャンプすればいいんだ!」
二人とも、頭に血が上って、意味の解らないことを言い出しました。
これは、イヤホンの精霊の特性ではありません。
ただたんに二人共頭が悪いだけです。
「うっさい、この童貞が!」
「ぐ……お、お前も処女だろ!!」
「うっ……」
お互い、それなりのダメージを負いました。
ちなみに、この二人ぐらいの年齢の精霊は、大体そういうことをする、彼氏や彼女の一人や二人はいるものですが、彼らにはいないのです。
「しね、ち○かす野郎!」
「くたばれ、小豆ババア!」
「ば、ばーか、ばーか!!」
罵倒するポキャブラリーは結構少ないようです。
「あんたなんか、大っ嫌い!」
「俺は好きだ!!」
「あ」
「あ」
結構しまずい沈黙がながれました。
へっ、ざまーみろ。
「な、なによ……このタイミングで?」
「う、うっせぇ!今のはその…つい、うっかり……と、とにかく忘れろいいな!」
顔を真っ赤にしてポケットに戻ろうとする緑の精霊。
しかし、男が照れるとこなんて需要はありません!
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
赤の精霊は緑の精霊を呼び止めます。
「そ、その……いいわよ」
「なにがだよ……」
「つ、付き合ってあげたっていいって言ってんのよ!」
赤の精霊の上から目線の告白に、緑の精霊は、困惑します。
またリア充が増えることになりそうです。
「お、おう……そうか……」
「なによ、もっと喜びなさいよ!」
「――ッ!なんで、お前はいちいち上から目線なんだよ!」
「はぁ?なに、なんか文句あんの?」
「おおありだ!」
「うるさい!キュウリ!」
「だまれ、トウガラシ!」
二人は言い合いを続けます。
それは、さっきまでとは違い、表情はどことなく嬉しそうです。
ポケットの中。
朝の登校時間。
そんな何気ない日常の中に、イヤホンの精霊達のドラマがありました。