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バグズ・ノート  作者: 御山 良歩
第四章 最古の恐怖
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五十三話 星巨人

 ガラスを引っかくような、頭を揺さぶるような甲高い悲鳴が耳をつんざく。

 それと同時に、まるで正反対の腹に響くような低い絶叫が大地を揺さぶる。

 超高音と低音が混じりあい、まるで肩を掴まれ揺さぶられたように頭がぐらつく。


「ま、魔神様!」


「・・・頭が痛いですね」


 奥からは慌てて霊仙も飛び出てきた。ラムールも顔を顰め、頭を抑えながら出てきた。

 霊仙とラムールが飛び出てきたということは、聞こえたのは俺だけというわけではないみたいだ。

 今の音には聞き覚えがある、神界で主神試験で擬似的に再現され聞かされた―――世界の悲鳴だ。


『今のは世界の悲鳴だ。どこかで緊急事態が発生しているみたいだ』


「北・・・です・・・」


『・・・何?』


「北です!この大陸の北で・・・霊脈が切断されました!」


『何だと!?』


 霊脈は世界の血管、それも主要な動脈と言っていい。

 霊脈から魔力を流すことで、世界に魔力を満たしているのだ。

 血管(れいみゃく)が切断されれば、(まりょく)は流れない。

 その結果は―――世界の崩壊だ。


『北のどこだ!どこの霊脈が切られた!?霊脈を切断したのはどこの馬鹿だ!!??』


 もちろん、血管と言っても実際に形があるわけではない。具体的な通り道が、霊脈と呼ばれるだけだが、実体が無い以上その切断など自然現象で起きるわけが無い。

 それが切断されたと言うことは、誰か、必ずそれを行った悪意がそこにあるはずだ。


「お、落ち着いてください魔神様。犯人探しは後でもできます。今は急ぎ霊脈の修復を・・・」


『主様!!!』


 何も無い空間に、小さな裂け目が現れる。

 更に裂け目から現れたのは親指ほどの蝿―――ベルゼの使役蟲だ。


『至急、黒曜城へ帰還を!』


『いや、こちらも緊急事態だ、悪いが、後に・・・』


《いや、今すぐ城へ戻れ。ムー》


 ベルゼに続き、どこか気だるそうな声が虚空から響いた。

 この声は・・・


『オーディンか?』


《そうだ、そこじゃノイズが酷い。今すぐ城へ戻れ》


 いつものようなふざけた感じは無く、オーディンの声には真剣さがあった。

 俺は数秒ほど思考し・・・


『わかった、俺は城へ戻る。アゲハは後で追いつけ。霊仙とラムールは原因を探ってくれ、できたなら霊脈を修復してくれ』


 城への帰還を選択した。


「かしこまりました。主様」


「手は尽くします。しかし、霊脈への干渉は・・・いえ、善処します」


「なんで私も手伝うことになってるんですかね?まあいいですけど」


 霊仙とアゲハの声と不思議そうに首をかしげるラムールを後に、俺は次元門へ飛び込んだ。




          *




 次元門を通り過ぎ、玉座にたどり着くとベルゼと一筆で書かれた簡易的な魔法陣が待っていた。

 魔法陣はオーディンがよく使うルーンかなにかだろう。

 それを裏付けるように魔法陣からはよく知る魔力が感じられる。


『待たせたな』


「お帰りなさいませ主様」


《到着したか。本題に移るとしよう。現在、神界は大混乱に陥っている》


『・・・かなり端折ったな』


《詳しく説明している暇は無い。突如湧いて現れた魔物達が、神の魔力に当てられて厄介なものばかりに変化した。犯人はもうわかっているだろう?》


 俺が知っている中で、そんなことをしでかしかねない奴と言うと・・・一人しかいないな。


『【楽園の蛇】か』


《ああ、そうだ。どうにかして、座標を突き止めたみたいだ。現在武・戦・軍神(のうきんども)を除いた連中総出で座標の書き換えを行っている。だが、魔物の対処にも追われているため正直作業が捗っていない》


『座標の書き換えはどれほどできそうだ』


《少なくとも・・・そっちの時間で十時間は欲しい。それ以上の短縮は不可能だ》


 世界の座標を書き換える。

 これはただ紙に書いてある数字を変えるなんてレベルの作業じゃない。

 全ての世界に通じる神界の座標を、以前と変わらぬ性能の座標に書き換えなければ神界の機能は停止しかねない。

 そして、神界の機能停止は、一時的にとはいえ世界が神の管理から離れると言うことを意味する。

 恐らく【楽園の蛇】はそれを狙っているはずだ。


『大体状況は理解できた。俺も至急そちらの救援に向かう』


《いや、神界は大丈夫だ。問題は・・・お前の世界なんだ》


『・・・はっ?いや確かに、霊脈が切断されたのはやばいがそれも神界の混乱に比べたら・・・』


《説明するより実際に見たほうがいい。一旦外に出て北を見ろ》


 オーディンに言われたとおり、玉座を出て城のてっぺんへと飛び乗って北を見る。

 だが、眼に映るのは広大な草原と少しばかり森林。

 いや・・・限界まで凝らした眼には人影が映りこんでいた。

 足元まで墨色の髪の毛を伸ばした、一人の人間。 


『・・・おい・・・おいおいおいおいおい!!どういうことだこれは・・・!!!』


 驚愕に戦く俺に、オーディンは何も語らない。

 墨色の髪の毛を伸ばした人間は、確かに俺の眼に映っている。

 しかし・・・しかし・・・


『ふざけてんじゃねえぞ!あそこは・・・あそこは皇国跡地のはずだろう!?』


 人影がいたのは皇国跡地。

 そう、普通ならそんな場所から人間が見えるなんてことはありえない。

 人外の視力を持つこの俺でさえも。

 ならば、今、俺の眼に映っていつものは何か?

 超遠距離であってもその存在を主張するものとは一体何か? 

 

《・・・巨人だよ》


 俺の心中の疑問に返答するように、オーディンは呟く。


《巨人つってもただの巨人なんかじゃねえ断じてねえ。全長一万メートル、推定体重二十兆トン、神々の観測上最大最強を誇る”最も理解しやすい暴力”の化身の始祖―――


―――『星巨人』ダイダラボッチだ》


 オーディンは、はっきりとそう告げた。    

    

『・・・・・・・・・』


 あまりのスケールのでかさに、言葉が出ない。

 全長一万メートル?キロメートルに直そうものなら十キロと小さく見えるが、これは飛行機が飛ぶ高さとほぼ同じ高さだ。

 それに、二十兆トンなんて生物の体重じゃない。絶対に生まれた瞬間自重で死ぬはずだ。

 ここは、確かに魔術やらなんやら不思議原理が働く場所ではあるが、流石にそれは許容外な重さであるはずだ。

 しかし、俺は次のオーディンの言葉で納得した。

 

《ダイダラボッチは原初世界の魔物だ。最初は俺とアマテラスと他大勢で討伐に向かったんだが・・・すんでのところで北端の大地に・・・今は北極って呼ばれてるんだったか?まあそれに風穴を開けられてな・・・その場は海水を凍結させて氷の蓋を造ることで凌げたんだが俺たちが対処している間に逃げられた。それがまあ流れに流れ着いてこの世界まで落ちていたみたいだ》


 ―――原初世界の魔物。

 神々が初めて手を取り合い神界のシステムを作り上げた時に合同で創られた世界。

 世界の歪みから余剰魔力が発生し、その余剰魔力を元に魔物が生まれるそのシステムを逆手にとり、神々は初めて通常状態で一切魔物が生まれない世界を創り上げた。

 それが、原初世界。

 だが、原初世界には限りなく致命的な欠陥があった。

 一般的な世界と違い、原初世界は魔力の経路を限りなく細かくして網目状にしてある。

 そのおかげで細部までに魔力が行き渡り全てが循環しあうようになり、余剰魔力が発生しなくなる・・・これが原初世界のシステムだ。

 しかし、一見すばらしそうに見えるそのシステムには、どこか一つでも経路が駄目になれば全ての経路で問題が発生し、膨大な余剰魔力が発生してしまうという欠陥があるのだ。

 そして、その膨大な余剰魔力全てを吸い上げ凝縮しできあがった魔物が、神々にも匹敵する力を持った魔物―――原初世界の魔物なのだ。

 なるほど、原初世界の魔物ならば何一つおかしなことはない。

 常識すら捻じ伏せて、不条理の中で法則を捻じ曲げる、それが原初世界の魔物だ。


《今更なんで目覚めたかなんてことは問題じゃない、どうせ蛇がやったんだろうからな。お前の仕事は、二つある。まず一つはダイダラボッチを足止めすることだ》


『・・・それだけでいいのか?』


《ああ、お前は確かに強い。だが火力と言う概念が絶対的に欠けている。そんな生半可な力じゃあ被害が余計に増すだけだ。逆にダイダラボッチを殺しても、世界に歪みが生まれかねん。既に座標書き換えと同時進行で、その一帯全体転移の術式をスタンバイしている。完了は、座標書き換えとほぼ同時だ。神界に持っていきさえすれば、遠慮なく俺たち(かみがみ)も本気を出せるからな》


『二つ目は?』


《これは一つ目と若干似ているんだが・・・絶対に他の生命体に不利を悟られるな》


『・・・どういう意味だ?』


《巨人という存在はかなり特殊だ。闇ではなく、日が昇る大地での絶対的な暴力の象徴が奴らだ。他の生命体がそれに恐怖すればするほど、ダイダラボッチの力は膨れ上がる。逆に、お前がダイダラボッチを翻弄する姿を見せれば、巨人への恐怖は薄れる。どうせなら全ての恐怖がお前に向かうぐらいの気概でいったほうがいい》


 なんか、巨人と言う存在が本当に神様みたいだな。

 さしすめ、恐怖で信仰を集める悪神かなにかだ。

 オーディンは巨人を翻弄しろと言った。つまり・・・


『手加減はしなくて良いのか?』


《当たり前だ馬鹿野郎。手加減なんかして勝てる相手じゃねえよ。ああ、後気をつけることだが・・・ああ・・・》


 突然、ルーンが奇妙な点滅を繰り返し始める。

 それに、オーディンの声にもひどいノイズが混ざり始めた。

 あっち(神界)の状況もあまりよくないみたいだ。


『安心しろオーディン。仕事は完遂する。たった十時間持たせればいいんだろう?楽勝だ』


《違え・(ザー)・・く・・イズが・(ザー)・・気をつ・・・だいだ・(ザー)・ち・・・スキ・(ザー)・むこ・・・ぞ・(ザーーーーーーーーーーーーー)》


 ノイズ混じりだったオーディンの声は、完全にノイズのみとなってしまい、ルーンも空中に溶けるように消えていく。

 最後に何か言っていたようだが、残念ながらノイズが酷すぎて聞き取ることは出来なかった。

 声のトーンからしてなにやら重要そうなものだったみたいだが・・・まあいい、今神界に連絡は取れないのだから、悩んでいてもしょうがない。

 今はそれよりも・・・


『こっちの対処だな・・・』


 ダイダラボッチと呼ばれている巨人の進行速度は実にのんびりしている。

 歩幅は広いが、全体的に見て動きが鈍い。まだ目覚めて時間が経っておらず、慣れていないのだろう。

 まあ、理由はどうあれ進行速度が遅いのはこちらとしても喜ばしいことだ。

 それだけ、準備の時間が増える。


『ベルゼ』


「はっ」


 ベルゼは短く返事をして俺の後ろに現れた。


『全員と連絡を取れ。現在より、対巨人作戦を開始する。戦場はこの平野だ。アルゼンに軍を展開させろ。この平野に人間どもを近づけさせるな。アラクネは、いつもどおりアルゼンの護衛につけ。グラスとアゲハが帰還しだい、本格的な作戦を開始する』


 ここまで大規模に出現したのだ、人間たちが気づかないはずが無い。

 目の前に出現した脅威を取り除くため、必ず軍を派遣するはずだ。

 だが、それは俺たちにとって邪魔でしかない。よって、能力的に巨人討伐に参加できそうにないアルゼンは人間たちの足止めをしてもらう。

 今回巨人との戦闘に直接参加するのは、コーカサスとグラスとベルゼだ。

 アゲハには、幻覚で色々とやってもらいたいことがある。

 あの巨体では、毒も効かなさそうだからな。

 ああ、そうだ・・・


『――と連絡は取れるか?』


「はい、可能です」


『そうか、ならお前の僕を借りるかもしれないとだけ通達しておいてくれ』


「かしこまりました」


 一応保険はかけておく。緊急事態だ、これぐらいはいいだろう。

 小さく溜息をついて、巨人を見据える。


『さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・誰も死なないことを祈るしかないか』




          *




「くそっ!切れやがった!」


 手に持った本を叩きつける。

 今ここで連絡が切れるなんてことは、【楽園の蛇】が妨害しているに違いない。

 それを証明するように、いくら繋ぎなおそうとしてもムーと連絡が取れない。

 眼をつぶっていて寝ていてもできる簡単な作業が、だ。


「オーディン様!魔物が塔内に侵入しました!」


死霊英雄(エインヘリアル)共にに対処させろ!駄目なら爺共でも使え!おい、アマテラス!どうするんだ!下手すりゃ主要な枝が一本落ちるぞ!」


「それはあんたの得意分野さね!あたしに聞くな!そしてその犬!畜生風情が頭が高いさね!」

 

 空中を蹴って襲い掛かってきた五つの眼を持つ狼を地面に叩き潰しながら、アマテラスが叫ぶ。

 俺は頭を掻き毟る。

 一番重要なことが、まだ伝え切れてない。

 星巨人攻略で、もっとも重要で死活問題になりかねない情報が。


「どうするんだよ・・・!くそがっ!」


 屋上まで飛んできた蛸のような魔物を槍で貫き爆散させる。

 どうにかして、ムーに伝えなくては。 


「あの巨人には・・・ダイダラボッチにはスキルが効かねえって・・・!!!」



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