四十九・五話 中央ギルドの人々
今回はグラス回です。
五大国として数えられるグラシリア王国。
穏やかな天候と、豊かな大地、そして豊富な水源は大地に恵みをもたらし、作物は青々と育ち、家畜は大きく成長する。
王国で飢饉が起きたならば、世界は滅びるだろうとまで謳われたその生産能力は、大陸一と言っても過言ではない。
そのため王国はほかの国と比べると裕福であり、その巨大な融資を受け運営される組織がある。
ある者は一騎当千を夢見て、ある者は成り上がりを夢見て扉たたくその場所は、冒険者ギルド―――通称ギルド。
ランク制にきっちりと確立された実力と、長年かけて積み上げられた技術と信頼は、他の有象無象の組織とは隔絶したものがある。
そんな冒険者ギルド本部―――中央ギルドに一人の男がいた。
行儀悪くテーブルの上に足を乗せ、図鑑らしき分厚い本をアイマスク代わりにして寝る男。
はっきり言わなくても、男は役立たずの穀潰しにしか見えない。
こんな真昼間からこの中央ギルドで昼寝をしている時点で、実力が図れると言うもの。
実際に、ギルドならではの魔物の討伐依頼を全く引き受けようとしないどころか、直接持ちかけられても何かと理由をつけ逃げる男を臆病者と馬鹿にする者たちもいる。それもしかたがないことだ。
だが、ギルドはそうは思っていない。
むしろ、ここ百年の中でも屈指の逸材として認識されていた。
「あ、いたいた!グラスさん!今日もお願いしますよ!」
ギルドへ依頼している商人が、カウンターで依頼の手続きをしながら男に声をかける。
男は半分意識を睡魔に奪われたまま、返答のつもりなのか右手を上げ左右に振った。
その後も、何人か商人はギルドに訪れたが皆一様に男に声をかけていった。
そのたびに、男は右手を振った。
男が眠り続け、太陽は西の大地に飲み込まれかけた時、依頼を終えた冒険者たちが帰還し始めた。
成功し酒を片手に騒ぐもの、失敗しはじっこで意気消沈と飯を口に運ぶものと様々な者がいるが、それでもギルド内は騒然とした空気が立ち込め始めたことに違いはない。
だが、そんな中でも男は目覚めない。
中央のテーブルを占領する男を快く思わないものもギルドには多い、しかし、自らそれを正しに行こうと行動するものはいなかった。
彼らの中で、ある不文律が出来上がっていたのだ。奴には手を出すな、と。
不文律が出来上がった最初のきっかけは、男にある中堅冒険者のパーティーがつっかかったことであった。
気性が少しばかり荒いことで有名なそのパーティーは、その日久しぶりに中央ギルドへと帰還し、依頼成功も兼ねて大量の酒を飲んでいた。
そこで見つけたのが、ど真ん中で堂々とテーブルを占領する男、それが冒険者たちの勘に触り、酒の勢いも合わせて冒険者たちは男に絡んだ。
だが、いくら挑発しても男は全く反応をしなかった。それがゆえに、自分たちは相手にもされていないと冒険者たちは怒り、酒瓶を男の頭に叩き付けた。
割れたグラスが周囲に飛び散り、酒に混じって赤い液体が床に飛散した。
突然の荒事に悲鳴と怒号が飛び交い―――次の瞬間に全てが沈黙へとかえった。
皆が目を大きく開き、驚愕に喉を詰まらせる。
床には確かに血が飛び散っていた。しかし、男が怪我をしているようには見えない。
酒瓶を叩き付けた冒険者も消えていた。だが、あるひとつのものがその存在を示していた。
高く、高く振り上げられた男の左足。冒険者は、無様にも天井に突き刺さり失神していた。
仲間がやられたことで怒り狂った冒険者たちは次々に男へ襲い掛かった。中にはギルド内であるにも関わらず自らの獲物を抜くものまでいた。
流石に死傷沙汰はアウトだと様子を見守っていた観客が止めにかかるが、大多数が予想していたように冒険者たちは止めるまでもなく、先の冒険者と同じ道を辿った。
男は中堅の冒険者、それもそれなりに連携が取れていたパーティーを椅子から立つどころか顔を覆う本を外すことすらなく文字通り蹴散らした。
それは、圧倒的なまでの実力の証明。これを機に正面から男に挑もうとするものは消えた。
次に男に絡んだのはいわゆる都会を夢見て王都へ来た”おのぼり”の少年たちであった。
地方で修業し実力を身につけ、王都へやってきた戦士の少年と狩人の少年と魔術師の少女の三人組。
まだまだ経験が足らないところもある若者たちだが、彼らが修行を積んだ場所は一流冒険者でも油断すると死にかねない【禍渦海峡】。船ひとつを丸呑みする『大口鯨』や、深海から腕を伸ばし捕食する『狭間烏賊』、またその強力な魔物達を捕食する、世界最強種の一角として名を連ねる『禍削歯海龍』などの強力な魔獣が入り乱れ、複雑に入り乱れた潮流は方向感覚を狂わせ、一歩でも足を踏み入れれば帰ることは不可能と噂される天然の城砦。
そんな危険地帯で修行を積んできた少年たちは既にSランクに相応しい実力を持っており、Sランクへの昇級試験が王都でしかできないため王都へ上京してきたのだ。
常に上を目指し、修行を積む、彼らはまさに冒険者の鏡であった。
だからこそ、いつ来ても怠惰に眠り続ける男が許せなかったのだ。
まず最初に少年達―”黒の魔剣”―のリーダーの戦士の少年が男に『なぜいつもここで寝ているのか』と問いかけた。
だが、最初に男に絡んだときのように男が少年の言葉に反応するわけもなく、ただ沈黙し続けた。
なんども根気良く戦士の少年は問いかけるが、男は一切反応することはない。
相手にならないと狩人の少年が戦士の少年を止めようとしたところ、魔術師の少女が叫んだ。
「なんでアルが聞いてんのに、無視してるの!?」
魔術師の少女にとって、尊敬する人間が無視されるのは我慢ならないことであった。
少女が短く詠唱すると、男の頭上を取り囲むように氷の槍が生成された。
「いきなさい!」
狩人の少年と戦士の少年は慌てて少女を止めにかかるが時既に遅く、氷の槍は男を貫いた。
・・・と、思われたが、男は氷の槍に貫かれた瞬間、陽炎のようにぶれて消えた。
ハテナマークで頭が埋め尽くされた少年達だが、それを偶然見ていたギルドの受付係が声をあげて、指を指した。
その指の先には、何も変わらないかのように別のテーブルで寝ている男がいた。
少女は無言で再び氷の槍を生成し、男に放った。少年達も止めなかった。
氷の槍は男を貫こうと突き進むが、当たる直前で男の姿がブレ、むなしく椅子と床に穴を開けるだけであった。
その後はいうまでもない。
躍起になった少女と、それに便乗する狩人の少年、久しぶりの強者と奮い立つ戦士の少年。
三人対一人の追いかけっこが始まった。
結局、三人の少年少女と一人の男の鬼ごっこは他の冒険者が帰還するまで続いた。
後に残ったのは木っ端微塵になったテーブルの山と穴だらけの床を彩る矢と氷の槍、疲労で床に転がる少年達と暢気に床で居眠りし続ける男。
そして最後に、無言無表情、涙の枯れた目でそれらを見つめるギルドの人々。
冒険者たちはその苦労を思い、涙を堪え片付けを手伝った。
余談ではあるが、少年達”黒の魔剣”はSランクには昇格したが、当分の間王都のギルドの出禁をくらったという。
閑話休題
ほとんどの冒険者が帰還し王都の門が閉ざされ始める頃、ようやく男は起きた。
眠気眼に寝癖だらけの頭のまま、男はカウンターに向かった。
「はい・・・グラスさんですね。いつもどおり場所は門前に・・・はい、お願いします」
「ふああ・・・・はいよ」
ギルド受付係は手馴れたように依頼の受諾を済ませ、男は渡された羊皮紙を持ち欠伸まじりの返事を返して門まで歩き始めた。
王都は夜間に営業する酒場以外は閉まり始め、人々は夜の闇に押されるように自らの家へと足を向ける。
そんな光景を傍目に見ながら、男は早歩きで門まで向かう。
「あ、来た来た!」
門まで辿りつくと、そこで男を待ち構えていたのは商人たちであった。
平民以上貴族以下の装飾を身にまとった商人たちの後ろには、布をかぶった小さな山ができていた。
「今回は、少しばかり量が多いので急いだほうがいいですよ?」
「わかってるって」
生返事を返し、男は布を剥ぎ取る。
布の山の中から現れたのは、もはやギャグ漫画か何かとしか思えないほど大きなリュック。
男は目を細め、嫌そうな顔をする。
「こりゃまた、随分と詰め込んだな・・・」
「今は皇国が滅んだことで、どこも戦争準備で物資不足ですからね。こんなチャンスを逃すようでは、商国の商人の名折れですよ」
「勝手に折れてろよ、そんなもん・・・」
嫌そうな顔をしながらも、男はリュックの持ち手に手をかけ一気に背に回し背負った。
リュックはその衝撃でギシッと軋むが、底が抜ける、持ち手が外れるような感じは見受けられない。
流石特注だなと、男は内心感心した。
「それでは、お願いしますね。グラスさん。報酬はいつもどおりで」
「おうよ」
それだけ返事を残し、グラスは飛んだ。いや、跳ねた。
五十メルト以上ある城壁を軽々と飛び越え、あっという間に彼方まで姿を消した。
男は、護衛依頼も討伐依頼も採取依頼も受けない。男が受けるのは、いつも荷運びの依頼であった。
たかが荷運び、されど荷運び。
男はそれだけで、Aランク冒険者に匹敵する資金を得ているのだ。
跳飛神フライ、それが男が加護を授かっていると言われる神の名だ。
加護の効果は、絶大なまでの脚力の強化。
男はその加護を利用し、依頼から最大二日以内に荷物を届ける運送屋として名を知られていた。
地方の都市に物資を運ぶ際、一番の壁となるのが盗賊や魔物などの襲撃だ。
騎士たちが定期的に掃討している王都周辺ならともかく、地方の都市に行こうものなら出会わない確率はゼロに等しい。
そのため、商人は自らの財産を守るため護衛を雇う。しかし、護衛を雇うのにも金が要る。
更に言うと、信頼できるところからの紹介でなければ護衛が盗賊に早変わりする可能性だってある。
ただ護衛を雇えばいいというわけではないのだ。
そんな中、男の存在は実に魅力的であった。
盗賊だろうが魔物だろうが男の速さに追いつけるものはいないため護衛は不要、通常の倍以上の速度で配達可能、唯一の欠点が運べる物資量に限りがあると言うことだが、それでも護衛を雇い馬車を手配しえっちらほっちら運ぶよりかは遥かに安全で効率的であった。
冒険者達には臆病者と謗られる男は、商人には英雄とまで呼ばれているのであったのだ。
*
成人男性四人は入りそうなほど膨れ上がっていたリュックは萎み、力なく垂れ下がっている。
依頼は全て完了、依頼書には受領の判子が押されているが、一枚だけ押されていないものがある。
それは、男が受ける荷運びではなく、偵察の依頼書であった。
男がいつも受付係に任せていたのがいけなかったのか、いつのまにか紛れ込まされていたのだ。
男は無視して帰ろうかとも思ったが、気紛れに内容を流し読みしたところ気になる記述があった。
依頼者は名も知らぬ村。依頼内容は、隣村の様子を見てきてほしいというもの。
三日に一回ほど物資の購入のため降りてくる隣村の者が、十日たっても現れないのでなにか起きたのではないのか?もし、それが対処できるならそちらで対処してほしい
一見普通の依頼に見えるかもしれないが男の目を引いたのは隣村の部分に書かれていた注釈であった。
「魔物を操る・・・ねえ」
隣村は純粋な人間の村ではなく、額に角を生やしたものが住む村であり、その村に住むものは白い大鬼を操ると依頼書には書かれていた。
しかし、魔物を操ると言っても催眠や強制といったものでもなく、純粋に家族のように行動をしているとのこと。
「単純に考えれば、そこの村人がおかしいか、鬼がおかしいか・・・まあ、間違いなくおかしいのは村人のほうだな。角生えてるって書いてあるしな」
そうこう考えている間に、男の目に目的の村が写った。
目的の村は元皇国より北方にある雪山に埋もれるように存在していた。
「まあ、さっさと終わらせますかねっと!」
男は少しだけ本気を出し、脚に力を籠める。
足首から下が微かに黄緑色の光を帯び、革靴は硬質的な物質へと変化していく。
「【部分変化】っと・・・目立ちたくないときはこれに限るな!」
パンッと、空気がはじける音だけを残して男は加速した。
*
村に降り立ってみれば、そこは村とは思えないほど寂れていた。
人の気配、いや生き物の気配がしない。
雪が積もり重みで家が潰れるのを防ぐためやや鋭利な屋根のついた家々は破壊されているし、なんらかの家畜を飼っていたと思われる小屋は跡形もなく潰されている。
まるで廃村のようだ。
一応念のため、一軒一軒見て回るが死体は見つからない。
「夜逃げ・・・?いや、一つの家だけならともかく、村全体が消える意味はない。魔物が襲ったにしては、死体や残骸が無さすぎる。奴隷狩りもどれだけ村人に価値があっても、ここまで来る奴はよほどの馬鹿か命知らずだ・・・うーん・・・」
頭をがりがりと掻き毟り、男は決断した。
「原因不明の失踪でいいか」
決断と言うよりは諦めといったほうがいいかもしれなかったが。
さっさと次の依頼のために、中央ギルドに帰還するかと脚を踏み出したところ・・・ガリッと硬い何かが擦れあう音がした。
音の発生源は、男の踏みつけた雪の中。
めんどくさいと思いながらも、男は律儀に雪を掘り返す。
中から現れたのは、黒色の髪の毛が纏わりついた歪んだナイフと凹んだ金属板。
一瞬何かと思った瞬間、男は気づいた。
確かこの金属板は、不造金と呼ばれるものではなかったかと。
凹んでいる理由はわからないが、ここまで整った形の不造金を作ることが出来るのは一つしかない。
男とその兄弟と主が滅ぼした、皇国しかないと。
「はあ・・・なんかきな臭い感じがしてきたなあ・・・」
とりあえず見つけてしまった証拠を自らの主に持っていくことにするかと、男は黒曜の城へと脚を向けた。
果てしなくめんどくさい予感を感じながら。
そろそろ神器図鑑も追加します。コーカサスの斧とかそのへんですね。
訂正
・確立→確率




