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バグズ・ノート  作者: 御山 良歩
第三章 百年後の世界
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四十四話 皇国殲滅作戦―葬剣―

 ―――東門

 血が噴き出ることすらしない白い鎧の死体が積み上げられた東門の上空。

 彼らはそこにいた。

 刃と刃がこすれ火花が散り、甲高い音が喧しく響く。

 葬剣と名乗った双子の攻撃は、一言で言うならば変則的である。

 姉は大剣を縦横無尽に振り回し、弟は徒手で密着するように拳を放つ。

 決して同じリズムで動くことなく、急に刃の向きを変える、振りぬこうとして寸前で止める、剣を使わず蹴りを放つなどは当たり前、恐ろしいことに互いの首元を掠るような軌道で刃が振り切られても、双子は止まらない。

 まるで当たらないことを確信しているように、避けることを確信しているように、双子は止まらない。

 だが、アゲハも負けてはいない。

 決して余裕を崩すことなく、全て捌ききっている。

 戦場は空、使える足場は三百六十度全方位ということを利用し、挟み込むように攻撃する葬剣の刃を急降下や急上昇を使い、回避する。

 それは、子供の虫取り網を巧みによける蝶のような猛攻であった。

 ひらりひらりと遅くも無く速くも無く、アゲハは軽やかに空を舞い続ける。


「どうした!神の眷属よ!」


「避けてばかりでは、私達には勝てません」


 挑発しながら弟が腰を捻り回し蹴りを放ち、弟の首元を掠り後ろから姉が大剣を突き出す。

 アゲハは、それを虚栄を広げて止めた。

 だが、流石神器とはいえその相手も神器、数ミリほど虚栄に穴が開いてしまう。


「くすくす・・・残念、後で直して貰わなければいけないわね」


「後など無い」


「毒蝶よ、貴方の命はここまでですよ」


「くすくす・・・あなたたちさっきからそればかりね。もう少し、まともな事は言えないのかしら?いえ、知らなければ言えないわね。何と言ったて、子供なんだから」


 殺念を口元に当て、くすくすと笑うアゲハ。

 ぶちっと、何かが切れる音がした。


「ふ、ふざけるな!私はもう百歳を超えている!子供ではない!」


「ダークエルフなのだから、エルフの近親種なのよね?それならばまだまだ、子供もいいところじゃない」


「うぐ・・・とにかく!私はもう立派な大人だ!」


「姉様、落ち着いてください。毒蝶のペースに乗せられてはいけません」


 そう言って、弟は後ろ手に姉の胸を短剣で刺した(・・・)

 突然の行動に、アゲハも笑みを固める。

 敵の前で突然肉親を刺すといった行動であっても、弟の行動に迷いはなかった。

 そしてそのことに対して姉は

 

「・・・ふう、すまなかったな。弟よ」


 何事も無かったように、冷静になった。

 満足したように微笑むと弟は、短剣を引き抜く。しかしその刀身に血は付着していない。

 姉には傷口も見当たらず、それどころか服にも刺し傷すら見当たらない。

 普通ではない。完全な異常。

 全ての異常には理由がある、全ての現象には原因が存在する。

 そして現在最も当てはまると考えられるものは・・・


「それが、あなたたちのいう改造神器なのかしら?」


「・・・何故知っているかは問わない。どうせ筋肉馬鹿が口走ったんだろう」


「どうせ数分後には消える命、冥土の土産に聞かせてやりましょう。姉様」


「くすくす・・・優しいのね。もしくは、慢心っていうのかしら?」


「下らん負け惜しみを残されても迷惑だからな」


 葬剣は短剣と大剣を縦と横にクロスさせる。

 それは、まるで墓標に突き立つ十字架のようであった。


「我らが葬剣は二本で一つ」


「故に双剣(・・)でもある」


「我が大剣―――《此岸》は、全ての災厄を与える剣。この刃に斬られたものはありとあらゆる厄を受ける」


「私の短剣―――《彼岸》は、全ての災厄を退ける剣。この刃に触れたものはありとあらゆる厄から逃れる」


「この世の苦難を」「あの世の救済を」「この剣は」「再現する」


「「死と生を二つを繋げる葬、よって葬剣だ」」


 そこで、戦場は激変した。

 雲ひとつ無い空に暗雲が立ち込める。

 ちらっとだけ、アゲハは空を見上げる。

 視界に写ったのは、大量にして大塊なる鉄の塊の大群。

 いわゆる隕石の鉄版、隕鉄が大量に落ちてきていた。


「ふむ、星杖が神器解放を行ったようだな」


「はい、姉さま。あれにしては、随分と追い詰められたようですね。直にここらにも降り注ぐでしょう、撤退しましょう」


「くすくす・・・逃がすと思っているのかしら?」


「わかっていないようだな、あれが落ちればお前も死ぬぞ?」


「我々にとっては好都合ですがね」


 無知を嘲笑し、失望の色を浮かばせる葬剣。

 だが、それに対しアゲハは怒ることもせず、より邪悪に嘲笑を返した。


「くすくすくすくす・・・追い詰められたということは、追い詰めた誰かがいるということよ。つまり、あそこにはそれだけの実力者、私の兄様がいるのよ」


「それがどうした、神器の恐ろしさは神に最も近いお前たちが一番知っているだろう?」


「ええ、知っているわ。誰よりも知っているからこそ・・・あそこに神器以上の物を保持する兄様がいるのだから、逃げる必要はないということもよくわかっているのよ」


 瞬間、極光の柱が天に突き刺さった。

 少しでも目を開けば失明は逃れられない、それほどまでの極光は雨粒のように拡散していき、天地が逆転したかと錯覚するように天に光の雨が降り注ぐ。

 アゲハは扇子で顔の前に影を作り、葬剣は姉が大剣で影を作り、失明を防ぐ。

 光が消え去り数秒後、弟が素早く短剣を振るって自らと姉を刺し、目のダメージを回復する。

 そして空を見上げると・・・そこには何も無かった。

 迫り来る隕鉄も、空を覆っていた暗雲も、そして・・・


「・・・姉様、気づきましたか」


「ああ・・・星杖が死んだ・・・!!!」


 手元にあった一つの宝石が砂となり崩れ、風と共に消え去る。

 四装に与えられた、互いの状態を表す宝石。

 その一つが、今、完全に消え去った。


「南門突破・・・あと三つね。いや、もうすぐ二つかしら?」


 陽気に邪悪に、アゲハは微笑む。

 葬剣は、ぎしっと軋むほど剣を握り締める。

 その瞳に、もはや光は無かった。


「遊びは終わりだ。アレをやるぞ、弟よ」


「わかりました、姉様」


 そう言って姉は大剣を逆手に構え、素早く振るう。

 一瞬それに対し構えをアゲハは取るが、剣閃はアゲハに届くことは無かった。

 大剣はくるっと一回転し、姉と弟の首筋を浅く切った。


「・・・なにかしら?仲間の後でも追う気なのかしら?」


 葬剣の説明が本当であるならば、姉の持つ剣は切った相手に毒を、呪いをかける剣だ。

 そんなもので、自らの体を、ましてや重要な動脈が通る首を切るなど正気の沙汰とは思えない。

 

「そんな気は毛頭無いな」


 しかし、葬剣が倒れる気配は無い。

 むしろ、先ほどよりも威圧感と殺気が増していき、魔力もより高まっている。


「毒と薬は紙一重、使い方しだいではこういったことができる」


「長時間の使用は危険ですが、限界時は私の彼岸で毒を消すことで何度でも使用はできます」


「「よって貴様の負けだ(です)」」


「・・・・・・・」


 アゲハは無言でその光景を見つめる。

 そして・・・


「くすくす・・・―――きゃははははははははは!」


 大声で哂った。

 いつもの笑い声とは違い、邪悪なものでなく無邪気な笑い声。

 だが、その笑顔に存在するものは決してよいものではない。

 存在したものは、限りなく濃厚で巨大な・・・


「ああ、ああ、なんて面白い子たち!!!」


 ―――絶対的な悪


「毒と薬は紙一重?違う!害しかないから『毒』は『毒』であり続ける!あなたたちの言うものはもう毒じゃない、ただのおままごとと同じこと!」


 くるくると空中を舞いながら、大声で笑い、哂い、アゲハは無邪気に言葉を紡ぐ。


「見せてあげるわ!本物の毒というものが何かを!」


 バッと両腕を天に向け突き出す。

 蟲惑的であり全てを魅了する美しき翅は、根元から絵の具を垂らしたように紫と蒼に染まる。


「【ダイヤモンドダスト】!」


 雲ひとつない空から、小さな紫紺の氷の結晶が降り注ぐ。

 小指の爪ほどの大きさであるが、降り注ぐ氷の結晶は相当量、あっというまに東門の空間全てを埋め尽した。

 だが、それを黙って見届けるほど葬剣も愚かではなかった。


「何をしようとしているかは知らんが」


「死んでください」


 姉が大剣を突き出し、弟が腰の弓を取り矢を番える。

 アゲハは更に深く笑った。


「【ポイズンバブルボム】」


 人差し指と親指で輪を作り、ふっと息を吹きかけると、そこから緑と黄が混じった毒々しい泡が吹き出た。

 姉は咄嗟に大剣を戻し、盾として構える。

 瞬間、泡は爆発し周囲に無色の霧を撒き散らした。

 弟は宙を蹴りその場を離脱したが、姉は近づきすぎたため霧から逃れられない。

 爆発を防ぐことはできたが、霧は姉に纏わりつく。

 霧を毒物の類と判断した姉は、息を止め、全力で前方に大剣を突き出した。

 ザシュッ、と大剣が何かを突き破る音が聞こえ、生ぬるく赤い液体が姉の顔を濡らす。

 霧が晴れ、そこに見えたものは胸を貫かれたぐったりとしたアゲハ。

 やっと死んだか、と姉はため息をついて大剣を抜く。

 もはや羽ばたくことすら出来ないアゲハは重力に導かれ地に落ちていくが、弟が鈎針つきの矢を放ちそれを釣り上げた。


「どうしたのだ。毒蝶など拾い上げて」


「土産物としましょう、仮にも神の眷属、利用価値はいくらでもありましょう。止めは刺してありますよね」


「・・・ふん、舐めるなよ。私の此岸の突きを受け、生きているわけが無いだろう」


 姉が言うとおり、毒が回ったのかアゲハの美しい髪の毛はぼろぼろと抜け始め、肌は内出血で青くなっていき、瞳孔が開いた目から血が滴っている。これで生きていると判断するほうが難しいだろう。


「そんなものより、早く彼岸で刺してくれ。そろそろ毒を抜かないと死にそうだ」


「わかりました。・・・ところで、一つ聞いてもよろしいですか?」


「ん?なんだ?」


 滑るように空を駆け、短剣を抜いた弟は無邪気に笑って言った。




「―――そこにいるのは、だあれ?」




 ぐにゃりと世界が歪んだ。

 もう消えたはずの氷の結晶が再び空間を埋め尽くすように出現し、空は紫色の雲によって覆い尽くされている。

 そして目の前にいた弟の姿は消え、現れたのは先ほど死んだはずのアゲハだった。

 

「・・・へっ?」


 どすっ、とアゲハの手から伸びた氷の剣が、姉の胸を貫く。

 姉は何も理解することができず、反応することも出来ず、呆気なく心臓を貫かれた。 


「へ・・・え・・・なんで・・・」


「何故生きているか理解できない?それより、質問に答えてくれないかしら。そこにいるのはだあれ?」


 猛烈に嫌な予感がした姉は、首が取れるのではないかという勢いで下へ伸びる氷の糸の先を見る。

 ぐずぐずになって溶けた肉体は崩れ、地面にぼたぼたと落ちていき、残っているのは糸に引っかかった軽鎧だけ。

 その腰元には、見覚えのある短剣が携えてあった。

 姉の大剣の対となる、弟が使っていた、彼岸が。 


「ああああああ・・・ああああああああああああああ!!!」


 全てを理解した姉は大剣に手をかける。

 しかし、いつもなら軽々と持ち上がる大剣はまるで大地に縛られたように重く、とてもではないが持ち上げられず手から滑り落ちてしまった。

 アゲハは氷の糸を操り、それを拾い上げる。

 

「気をつけたほうがいいわよ。もう体はボロボロなのよ。まあ、私のせいなのだけれどね」


 姉が自らの両腕を目を向けると、的確に腱と筋肉が抉られ霜が付着していた。

 こんな傷は覚えがない。戦闘中に、姉は一度たりともアゲハの刃は受けていないはずなのだ。

 

「傷に見覚えがない?それはそうね、痛覚が鈍くなる毒を使ったのだから」


「そんなの・・・いつ・・・」


「言ったでしょう、本物の毒が何かを教えてあげるって。毒は気づかれないように使うべきものなのよ?」 


 くすっと笑って、背の翅をアゲハは大きく羽ばたかせた。

 翅の羽ばたきと同時に、キラキラと光るものが空に舞う。

 

「・・・りんぷん・・・?」


「正解、そもそも私に接近戦で挑むことがダメなのよ。半径五メートルは私の燐粉(どく)の領域、弟は気づいていたみたいだから、数秒ごとに回復してみたいだけど、流石にあなたまでは手が回らなかったみたいね。もっとも、回復させようとしても避けたのはあなたなのだけれど。ああ、一応聞いておくけれど・・・どこから貴方の弟は本物の弟だったと思う?」


 わからない。

 姉は答えられない。

 どこからどこまでが本当のことで、どこからどこまでが幻覚だったのか。

 どこからアゲハが弟に成りすましていたかも。

 答えがでないことと姉の体が限界であることを察したアゲハは、ため息をついて氷の剣に力を込める。

 パキパキと、姉の傷口から侵食するように紫紺の氷が覆っていく。


「私が得意なのは、毒じゃなくて嘘。全てを欺き嘲笑う虚構の蝶、それが私。そうそう、貴方の弟から伝言よ。


―――『目を覚まして姉様』ですって?あの絶望に染まった顔は中々良かったわ。くすくす・・・」


 ―――騙されてくれてありがとう。

 頬を薄く染めながら、アゲハは興奮したように言う。

 氷の棺に飲み込まれながら、怨嗟の念を視線に篭め姉は叫んだ。


「いま・・・ここで、死んだとしても必ず教皇様が我々を救ってくださる・・・!!!覚えていろよ毒蝶・・・!この屈辱は・・・必ず・・・!!!」


「くすくす・・・それはないわね」


 アゲハは、最後まで姉の言葉を聞くことなく否定した。

 よく見れば気づいたであろう。

 アゲハの肩に、一匹の蠅がいることを。


「兄様から連絡が届いたわ、解析が完了したってね。あなたたちの魂の一部は体に残っているみたいだけど、大部分は神器に移植されているみたいね。神器が魂と同化することを上手く利用したみたい。魂同士は繋がっているけど、体に残っているのは生命維持に必要な最低限のものだけ、だから例え体が死んだとしても神器が残っていれば何回でも蘇生できるけど、逆に言えばあなたたちは神器を破壊されてしまえばもう復活も出来ない。

中々うまい作戦だとは思うわよ、普通の人間相手に神器を壊されることは絶対にできないのだから。

ああそれと、先ほどの質問のヒントを上げるわ・・・ダークエルフ如きが神器を壊せると思った?」


 アゲハの手元にある大剣と、氷の糸につるされた短剣を紫紺の氷が覆い始める。

 アゲハがムーから受け継いだスキルは【絶望の呪氷】と【毒液生成】。そのため、アゲハは通常の種と違い氷をも自在に操ることができる。

 もちろん、消耗は激しいが完全な【絶望の呪氷】としての氷も操ることができる。

 つまりそれは、神器であっても破壊が可能ということを示す。

   

「【ダイヤモンドダスト】・・・これはスキルでも魔術でもなんでもないただの氷の結晶を降らせるだけの小技・・・変に勘違いしてくれてありがとう、裏切り者の道化師さん」


「ああ、あああああああああああ・・・・・・・・・・・!!!!!!!!」


 姉は縋り付くように腕を伸ばすがもう届かない。全ては最初から終わっていた。

 口元まで紫紺の氷は覆いつくし、氷の世界に静寂が訪れる。


「三流劇もここでお仕舞い、これにて『偽者の親愛』は閉幕となります。

 それでは皆様方、悪意と絶望を篭めまして、役者(ピエロ)の終わりに盛大な拍手を送りましょう!

 ―――【崩壊する永久凍土】!」


 氷の糸を、アゲハは思いっきり握り締めた。

 パリンっと軽やかな音をたて、全てが砕け散った。

 

凄く・・・悪役です。


次回はコーカサスかグラスか・・・長くなるな。




アゲハ「呪術の真髄を知っていますか?それは―――【嘘】、ですよ」



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