三十九話 繁栄の象徴
俺はアゲハを横に抱きかかえ、後ろ向きに走り出した。
目を逸らしてはいけない、こいつはある能力を保持するため逃げ切ることは困難、殺すことは不可能でありながら、その攻撃は一撃で命を刈り取る。そのため、一瞬であっても隙を見せてはならない。
床を砕きながら追いかけてくる猟犬に向かい、尾の針を飛ばす。
猟犬の眉間に真っ直ぐ飛んでいく針は必中すると思われたが、針が猟犬に当たる瞬間、針の真横に転移した。
ティンダロスの猟犬は、時空の番人だ。
罪人を追うために空間跳躍能力を保有しているが、こいつが未だ討伐され無い理由はもう一つの能力だ。
次々に針を放ち牽制していると、しびれをきらしたように猟犬が吼えた。
その瞬間、猟犬は天井の亀裂から落ちてきた。
『くそっ・・・!』
とっさに手を振って追い払おうとするが、当たると思われたそれは空しく空振り、猟犬はコマ戻ししたように再び天井の亀裂から落ちてきた。
ティンダロスの猟犬は、鋭角限定の転移能力を持つ。それも連続転移が可能な転移能力だ。
九十度以下の鋭角に限定されているとはいえ、鋭角なんてものは無い場所を探すほうが難しい。
この迷路も石を積み重ねて作られているものなので、鋭角はそれこそ山ほどあるだろう。
幸いにも生物への転移はできないので、球体の構造物に篭れば逃げ切れるかもしれないが、無機物などの類は持ち込んではいけないので永遠に絶食しなければならない。それは生物には不可能な話だ。
しかも、ティンダロスの猟犬は決して非力ではない。余程の構造物でなければ、呆気なく破壊されてしまうだろう。
噛み砕こうと食らいついてくる猟犬を手で追い払うと、また猟犬はコマ戻りして元の位置に戻り飛び掛ってくる。
針を撃っても、別の鋭角に転移し飛び掛ってくる。
黒炎で迷路全体を焼き払っても、ギリギリ届かない足元に転移して飛び掛ってくる。
そう、猟犬の厄介なところは攻撃が当たらないのだ。
ある意味、不死よりも厄介と言えるだろう。不死ならば不死殺しを使うか封印すれば済むのだが、当たらないのでは手の尽くしようがないのだから。発動が遅い封印なんて論外だ。
これが、猟犬が未だに討伐されない最大の理由である。
最大ではないもう一つの理由は、神々が迂闊に時間旅行をしないようにと抑制のために生かされているというのもあるが。
『くそっ、きりがねえ!』
出口はどこかもうわかっているので、これ以上迷うことはないが、出口に辿り着いても逃げ切れない・・・ということはない。
猟犬は、一度見つけた獲物は”余程のことが無い限り”決して逃がさない。
その追跡能力は、まさに猟犬。その牙で罪人の命を噛み切るということが達成されるまで、猟犬は諦めらめることない。
だが、追い払うことができないわけでない。対処法も、主神試験の時に学んでいる。
しかし、ここでは狭すぎる。もっと広い場所でなければ、猟犬から逃げることはできない。
猟犬を牽制しながら走り続けていると、天井が高い広場に出た。
広場は多数の道と繋がっているため、本来の目的は侵入者を迷わせるためのものであろうが丁度いい。
『アゲハ!十秒で終わらせる!時間を稼げ!』
「わかりました!」
腕を解き、アゲハは孔雀のように奇怪で美しい翅を広げ、身の丈ほどある扇子とこれまた逆に手のひらほどしかない扇子を広げる。
大きな扇子は、それだけで秘宝と言われても違和感がないほど装飾された豪華な扇子。
与えられた名は『虚栄』
小さな扇子は、装飾どころか模様さえないほどシンプルであり、ただただ白い金属が張られた扇子の先につけられた凶悪なほど尖った爪が強烈に印象づける。
与えられた名は『殺念』
どちらも、アゲハがつけた名で、思わず見事といいたいぐらい皮肉っている。
物自体は俺が【最高位魂魄武具生成】つくったものだが、名前をつけたのはアゲハで、付与された能力も俺が選んだものでなくアゲハの要望によって付与されている。
虚栄は、詠唱なしで発動できる魔術用神器。殺念は、強力な近接攻撃用神器。
だが、俺の作った神器がその程度で終わるはずがない。
「起動―――【虚栄心の弊害】」
アゲハが虚栄を振り下ろし―――五人に分裂した。
アゲハの種族は『虚構嘲翅蝶』という、毒や幻術に特化した種族だ。
保持しているスキルもその類のものが多く、逆に直接的な攻撃スキルはあまり保持していない。
が、反対に考えれば幻に関するものならば無敵に等しいということだ。
目の前で五人に分裂したアゲハに、猟犬は立ち止まった。
普通ならば本物は一人、他の四人は偽者ということがわかる。しかし、自らの嗅覚を持っても、全く幻と現実の区別がつかない。
どれが本物か偽者か、もしも間違えたのならば何らかの罠が待ち受けているかもしれない、そう考えていたが、猟犬は直ぐにその思考を放棄した。
猟犬は、知能が無いわけではない。しかし、知能があるだけ弱点もあった。
その弱点は慢心。この世に生を受けて数千年、一度たりともその身に敵の刃が当たった事は無い。
例えどんな罠であったとしても、当たる前に回避する。よって、全ての分身を噛み殺す。それが猟犬の考えであり、最大の慢心であった。
素早く一番右あった鋭角に転移し、一番右のアゲハの首に食らいつく。
幻であったのか、噛み付いた瞬間きらきらと光る燐粉となって空気に消えていった。
最初から本物に当たるとは猟犬も考えていない、相手が反応する前に次の首に食らいつく。
しかし、本物でない。先ほどと同じで、空気をかむように儚く消えていった。
次のものも、その次も、アゲハの幻影は呆気なくかき消されていく。
そして、残ったのは本物のアゲハ。猟犬は喉奥で笑い声を静かにあげながら、最後のアゲハに食らいついた。
猟犬の牙はアゲハの首筋を突き破り―――燐粉となって消えていった。
「ガァっ!?」
猟犬は混乱した。
全ての幻影が偽者、本物がいなかったからだ。
そんなはずはない、自身が誇る嗅覚も他にいないことを証明している。
いくら考えてもわからないことが更に混乱を呼び、戸惑う猟犬。
それが、仇となった。
「消えろ、畜生めが」
横から突如出現し迫りくる凶悪な爪。
猟犬は長年染みついてきた反射により、間一髪で別の鋭角に転移する。
先ほどまで猟犬が存在していた場所には、噛み殺すことのできなかった血まみれのアゲハが浮かんでいた。
アゲハの発動した【虚栄心の弊害】は、完璧な幻影を作り出すスキル。
体型も、体臭も、魔力も、全てオリジナルと同一であり、本物かどうかを確かめるには幻影を殺すしか方法はない。
だが、それだけ完璧な幻影をつくるのにも代償がいる。
それは、ある程度の肉体同調。幻影が負った傷は、十分の一分だけ本体にフィードバックしてしまうのだ。
まさに、虚栄を誇りすぎたが故の弊害である。それがあるから完璧な幻影ともいえるのだが。
「(主様が指定した時間まで後五秒、ここでもっと足止めできれば・・・!)」
何でもないかのように振舞うアゲハだが、内心はかなり焦っていた。
十分の一とはいえ、幻影は全て殺されているためフィードバック分のダメージがかなり酷い。
これ以上の戦闘は危険だ、最悪命にも関わるかもしれない。
だが、撤退と言う文字はアゲハには無かった。
主から下された命令は絶対だ。例えその命を差し出せと言われても、アゲハは喜んでその命を差し出す、それぐらいの覚悟があった。
死を覚悟して、アゲハは再び【虚栄心の弊害】を発動した。
猟犬もアゲハを認識したのか、剥き出しの歯をガチガチと鳴らして唸り声を上げる。
これまで生きてきた中でも、最大に近い屈辱。マグマのような怒りが煮えたぎっていた。
再びアゲハに襲い掛かろうと、四肢に力を篭め始めるが、猟犬は気づいた。
後ろの奇怪な蟲が、なんらかの準備をしている。
先ほども言ったが猟犬は馬鹿ではない。戦況の把握ぐらいは朝飯前だ。
幻影を作り出し己の裏をかいた女は、なぜ効かないとわかってもう一度同じ技を使ったのだろうか?
二度目も聞くような技ではない。そんなことはわかっているはずなのに、どうしてそんな行動をとるのか?
理解しているのに、何故違う技を使わないのか?いや、使わざる終えなかった。
もしや、この女は後ろの蟲に注目しないようにしているのではないか?
猟犬は、口の端が釣りあがるのを止めることができなかった。
その様子を奇妙に思ったアゲハだが、遅かった。
猟犬は素早くムーの後ろに転移し、襲い掛かる。
「―――主様ッ!!」
ムーはまだ気づいていないのか、手元を見たままであり、必死にアゲハが呼びかけても気づく様子が無い。
急ぎ主の下まで移動しようとも、間に合わない。
「主様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
アゲハの悲痛の叫び声が上がる。
猟犬の牙は、刻々とムーの首元に迫り・・・
『―――馬鹿者が』
ムーの手元が光り輝き、猟犬は突然の光に驚き、別の鋭角に転移した。
『話はちゃんと聞けよアゲハ。俺は十秒で終わらせると言ったのだぞ?』
ムーは手をゆっくりと開き、光輝く何かを取り出した。
光り輝く何かは、小さな銀の鈴であった。
それを見た瞬間、猟犬は体を震わせ焦るようにしてムーに飛び掛る。
『選択を間違えたな、猟犬よ。お前がアゲハの挑発に乗った時点で、終わってるんだよ』
銀の鈴はチリンと涼しげな音を鳴り響かせ、巨大な召喚陣を展開した。
それを見た猟犬は、まるで剥製のように固まり、小さく小さく後ずさり始めた。
『アゲハ!後ろを向け!決してこちらを見るな!』
「は、はい!了解いたしました!」
呆気に取られていたアゲハは慌てて、後ろを向く。
さあ、準備は完了。これこそ、神界が誇る最高の技の一つ―――
『―――召喚、アザトース!』
―――他力本願だ!
巨大な召喚陣から現れたのは、これまた巨大な揺り籠。
空中から出現している鎖に繋がれた揺り籠の中にいるのは、大きな胎児。
ティンダロスの猟犬のように、剥き出しではないが皮膚が薄いため血管が透けて見え、何を写しているかもわからない濁った瞳は、顔の半分ほどもある。
胎盤代わりに胎児の臍の緒が繋がっているのは、小さな惑星である。
ティンダロスの猟犬は、どんな攻撃も当たらない。それは正しい、そのため討伐はできないし、余程のことがない限り諦めない為逃げることも困難。
だが、その余程のことである死の危険が迫れば猟犬も逃げる。かの物も正しく、生物であるのだから。
それを利用した猟犬の対処法が、クトゥルー神話主神である、アザトースの召喚である。
アザトースが出てくれば、猟犬は必ず逃げる。
別に、格が違うとかそういう話ではない。
見たら死ぬからだ。
アザトースは、宇宙の起源とも言えるほど膨大な可能性の塊だ。
手に入れれば全世界を制覇できるといわれるほど強力な力を保持しているが、本人に戦闘能力はない。
そのため、自らのみを守るために自衛能力として発現した能力が、【見敵必殺】である。
見たら死ぬ、触れられても死ぬ、近づいても死ぬと死の三コンボ。これを知っていて、挑もうと言う馬鹿はいない。
飛び道具ももちろんダメだ。全て塵になって、消える。寿命を迎えるということだな。
ちなみに、猟犬はアザトースの姿が出現する前に逃走している。
あれだけしつこかった奴も、命には代えられなかったか。
《・・・オオ、ココハ何処ダ?》
突然の揺り籠の召喚により目覚めたのか、アザトースが体を起こし、眠そうに目を擦る。
『お久しぶりです、アザトース様』
《ウン?ソコニイルノハ、我ガ友デアル、ムーデハナイカ》
『はい、少々猟犬に追われましたのでお力をお借りいたしました』
正確には、姿をお借りしただけどな。
《猟犬?アア、ティンダロスカ。ソレハ災難ダッタナ。時空間移動デモシタノカ?》
『いえ、正しく言えばいつの間にか巻き込まれてしまったというか・・・』
《?ヨクワカラナイガ、マア無事デアルナライイカ》
何か納得したのかアザトースは再び揺り籠の中に沈み、眠り始めた。
『ありがとうございました。また、神界でそちらへ行くことがありましたら土産でも持っていきます』
《・・・ソウカ・・・期待シテオコウ》
アザトースが眠りにつくと同時に、揺り籠はゆらりゆらりと揺れながら、召還陣へと消えていく。
あの揺り籠も、神界でも最高ランクの神器なんだよな。
オーディンも大変だったと言っていた。アザトースが触れることができるものを作るのは、相当労力がいるだからだろうからな。うっかりしたら塵に還るし。
ああ、そうだ。土産も慎重に選ばないとな、
ちなみにだが、この手が使えるのはアザトースに認められたもの、つまり不死であるものに限る。
認められるにはアザトースの姿を見ることができないといけないので、【見敵必殺】を防ぐ、もしくは克服できていなければならないからだ。
【見敵必殺】を防ぐには超がつくレベルで高位の神器を使わなければならないし、それが使うことのできる奴は自身の力で猟犬を退けることができるので、実質的には不死だな。
俺は【不死不滅】を持っているので、大丈夫だ。
『ふう・・・』
大きなため息を一つつく。
まさかとは思っていたが、予想以上に面倒に巻き込まれてしまった。
いくらミスラが世界でも上位の種族に転生しているとはいえ、まさか時間軸をずらすとは思いもよらなかった。
・・・時間軸はそう簡単にはずれないはずなんだがな。まさか、何か異常事態でも発生しているのか?
ともかく、この空間からも早く出ないといけないな。時間軸ずれてるから、外で一体どれだけ時間が経過しているかわからないからな。
『怪我の具合はどうだ』
「・・・こんなものは掠り傷です。先に行っていて・・・ひゃっ!」
そんな血塗れの格好で言われても、全く大丈夫そうに見えないんだがな。
出血のし過ぎか重心がふらついているアゲハを拾い上げ、出口へと向かう。
「お、降ろしてください!」
『命令だ、じっとしておけ』
「・・・・・・・・・」
アゲハは不満そうな顔をしながらも、暴れるのをやめた。
それでも、嬉しそうにしてるのは隠せてないんだがな。
全く、俺の眷属は天邪鬼ばかりだな。蟲だけど。
*
「あれ?なんで先についているの?」
アゲハを背負って出口と思われる場所へと向かうと、丁度後ろからレイラが現れた。
時間軸が普通の時間軸と比べ狂っているいたので、もしかしたら神界とこの世界のように十倍ぐらい違っていて、俺がティンダロスの猟犬と鬼ごっこをしていた間に一日ぐらい経過していたということはなかったみたいだ。
よかったよかった。
『ちょっと徘徊する獣と鬼ごっこをしててな』
「・・・もしかして、迷い込んじゃったの!?大丈夫?怪我はしてな・・・アゲハちゃん!?」
血塗れのアゲハを見つけたレイラは、おろおろと戸惑う。
少し大げさとも思ったが、少し前まで無事だった人間が、いきなり血塗れになってたらそりゃ戸惑うか。
『大丈夫だ。傷はもう塞がっている』
「それなら降ろしてください・・・」
『それは却下だ』
頬を膨らませても、子供じゃないお前がやると変な風に見えるぞ。
一部の趣向を持つものにとっては、ギャップに萌えるというのはあるかもしれないがな。
「本当に大丈夫なの?」
『もうしばらく休ませれば、失った血も直に補填される』
「そういえば、アゲハちゃんもムーちゃんの眷属なんだから人間じゃないよね・・・」
『そういうこった。さっ、行くぞ』
「あ、ちょっと待って」
先に行こうとする俺を抑え、レイラが先に走り、出口に差し掛かる部分で壁を探り始めた。
「ここらへんに・・・あった」
積み重ねられた石の一部が奥へと押し込まれ、その横にあった石が霧のように消えていき、隠されていた扉が現れた。
隠されていた扉にもパネルはついており、迷路に入る前の扉と違い三×三の九枚でなく、八×八の六十四枚と警戒レベルも上がっている。
ダミーの出口に、暗証番号か。間違えたらおそらく、この迷路ごと崩れ落ちるようになってるんだろうな。この扉に、異常なほど魔力が集中しているからわかる。
しかし、それほどの警備はその奥にあるもの重要さの裏返しでもある。
『厳重だな、そこまでのものがあるのか?』
「うん、もしかしなくても世界をひっくり返すことが一品。これは、何があっても世界に出しちゃいけない」
真剣そうな顔でパネルを打ちながら、レイラは言う。
世界に出してはいけない・・・そんな危険なものあったか?
世界に重大な損害を与えかねないものは俺に報告が入るはずだから俺が知らないはずが無いし、そんな報告は聞いてないんだがな・・・。
所有者が使用するような意思を見せなかったから放置されたか?それでも、報告は入るはずだし・・・
・・・はっ、まさか、ミネラルヴァの報告忘れか?
それはありえるな。もしそうであったなら、後でしばいておこう。
パネルが壊れるんではないかというスピードで打ち続け十分、最後のパネルを打った瞬間赤く光り輝き、扉が開いた。
しかし、レイラは前に進むことなく立ち止まっている。
『どうかしたのか?』
「・・・ねえ、ムーちゃん。国に作るのに必要なものは何かわかる?」
こちらを見ることなく、レイラは唐突に問いかけてきた。
国に必要なものか・・・それは・・・
『その国に住む国民だな、民なくして国はありえない』
「・・・ムーちゃんは、そう思うんだね。アゲハちゃんは?」
「―――力、ですね」
アゲハは一言で言い切った。
「主様の言うとおり、民無き国は国ではありません。しかし、民を守るのにも引きつけるのも、そして押しとどめるのも力が必要です。武力、魅力、財力、全てが欠けてはならない、正しき”力”です」
「そうだね。この国はそれら全ての力を揃えているから、大国として名を連ねることができてるんだ。武力である防衛力はお父さんとお母さんと私とがいる。国民は引き止めるまでもなく私の国を作ると言う意見に賛成した元エレメル村の住人ばかり・・・まあ、しばらくして入った人もかなりいるけどね。だけどね、それだけではこの国はただの国で終わってしまうはずなんだよ」
ゆっくりとゆっくりとレイラは扉をくぐり前に進んでいく。
俺も無言でそれに付き添い、扉をくぐり抜ける。
そこには―――絶景と言う言葉が陳腐に思える光景が広がっていた。
天井、床、壁はすべてクリスタル製であり、太陽の光を取り込んだクリスタルは内部で乱反射を起こし幻想的な光景を生み出している。
ただそれだけではあるが、そこには宝石や貴金属では表しきれない絶景があった。
『素晴らしいな・・・』
「・・・この広場こそが、エレメル村が湖国として繁栄できた最大の要因。資金も何もない村が国として成り立つために、この魔水晶を売買することによって大国並みの財源を保有することができたの。だけどここでの採掘は中止された。なんでだかわかる?」
『崩落の危険性があったから、か?』
「ふふ、残念。正解は、見つけてはいけないものを見つけてしまったから、だよ」
微笑みを浮かべながら、レイラは中心へと歩みを進める。
「魔水晶の特性は一定の魔力を保有すること。大きさや質で保有量は変わるみたいだけど、石ころみたいに小さいものでも、魔術師にとっては喉から手が出るほど欲しいみたい。でもね、これはそれすら覆す」
レイラが小さな手にはめられた指輪を抜き取り掲げると、中心に隠されていたものが現れた。
一目見て俺はすべてを理解し、そして絶句した。
「この魔水晶の大樹は、周囲から魔力を収集して成長するの。だけどね、その成長がある日突然止まったの。でも、魔力の収集が止まっている気配がなかったから危険がないか採掘を中心に向かうように切り替えて、皆で調べてみたんだ。その結果でてきたものがこれ」
それを指さしながら、レイラはこちらを向いた。
大きさは十センチほど、中心には光が宿っていて、その光を中心に小さな光が衛星のように回っている。
「無限に魔力を保有することができる伝説の鉱石―――高位元素結晶。・・・これ、ムーちゃんがつくったものだよね?」
困ったような顔をして、レイラは問いかけてきた。
なるほど、これなら誰も報告しないはずだ。
何ていったってこれは、俺が知らないはず無いものだから。
これは・・・アマテラスが【能力付与】で作った原石であるのだから。
おそらく、魔水晶の大樹につけられた【成長】が削られていく体に反応して防衛本能を誕生させ、主要な魔力を中心に集中させた結果、魔力の飽和が起こり、それに対処するために魔水晶の上位互換鉱石―――高位元素結晶を生み出したみたいだな。
流石自然、なにが起きるかわかったもんじゃない。
『これを見せたかったということはわかったが、何故見せようと思ったんだ?』
「―――壊して欲しいの、これを」
悲しげな目をして、レイラは高位元素結晶を見つめる。
「どこからか秘密が漏れたのか、皇国がこれを狙ってるみたい。他の国にばれるのも、もう時間の問題。今はまだ皇国も本気を出していないから大丈夫だけど、この前皇国が催眠魔術を使ってきたように、いつまた禁忌に走るとも限らない。これ以上、この国を危険にさらすことはできない。このことは、元エレメル村の全員が納得していること、遠慮はいらないから思い切って壊して欲しいの」
『いいのか?核である高位元素結晶を破壊すれば、魔水晶はもう二度と生成されないんだぞ?』
「資金は十分に溜まってるし、この量の魔水晶は使い切るのにも何万年と言う月日がかかる、贅沢はダメなんだよ?」
『・・・わかった』
俺はエーテル結晶体を掴み、一思いに噛み砕く。
カシャンと軽い音を立てて、高位元素結晶はこの世界から消滅した。
一片たりとも残さずに、エレメル村の繁栄の源は世界から消失した。
「・・・今までありがとう」
涙でぬれたレイラの瞳には、深い深い感謝が篭っているような気がした。
訂正
・エーテル→高位元素




