三十八話 迷路
結局、次元門での移動はアゲハでは無理だったので、俺が一度移動した後【召集】で召喚することにした。
あんなに顔を真っ青にしてお願いされては引き受けざるおえないだろう。俺は別に無理やりいやがることをさせるなんて鬼畜ではない。
少しだけ、普段の余裕たっぷりの態度とギャップがあって新鮮だったとは思ったが。
繋いだ場所は、エレメル村の皆と宴をした場所だ。あそこなら、関係者以外に姿を見られる危険はない。
ミスラが気合入れて、魔術で迷路を作ったみたいだからな。酒が入ったミスラは、この魔術は誰にも破られないと宴で豪語していた。
あそこまで言われてちょっと破ってみたくなったことは内緒だ。
次元門をくぐり抜けると、宴の後片づけがしてあり、大量の皿や酒瓶は隅っこのほうに纏められていてる。
小分けされていた机は合体して大きな円卓となっていて、その円卓をぐるりと囲むように椅子が並べられていた。
そして、その一番奥の席でレイラは待っていた。
「ムーちゃーん、遅いよ!夕方には帰ってこれるっていってたじゃん!」
『すまんすまん、少々厄介事に巻き込まれてな』
「厄介事?大丈夫なの?」
『ああ、もう終わったことだからな。気にしなくていい、後もう一人連れがいるんだが入れてもいいか?』
「うん!ムーちゃんの信頼している人なら大丈夫だろうしね!」
レイラの了承の言葉をもらったところで、アゲハに【招集】をかける。
俺の足元から広がった黒炎がつぼみのような形態をとり、花が開くようにしてアゲハが現れた。
なんか、初めて使ったけど過剰演出だな。ゲームじゃないんだから。
「お呼びいただきありがとうございます」
アゲハはドレスの端をつまんで、軽く頭を下げる。
どこかの令嬢のように、完璧な作法だが、一体いつ学んだんだろうか?
俺は貴族の作法なんてしらないから、俺の知識が元になっているということはないだろうが。
『紹介する、私の第二眷属のアゲハだ』
「アゲハでございます。よろしくお願いしますわ、神子様」
突然出現したアゲハに驚き、目をぱちくりさせているレイラ。
少しだけ頭を上げて状況を確認したのか、アゲハは背中の翅を開放してふんわりと飛び上がった。
若干低いヒールがかつんと音を立て床を蹴り、山を描いて一足で円卓を飛び越えレイラの横に降り立っちレイラに手を差し出した。
「くす・・・よろしくおねがいしますね」
「え・・・う、うん。よろしくね、アゲハちゃん」
ぎこちなくはあるが、笑顔で握手を返すレイラ。問題はなさそうだな。
『他にもまだ眷族はいるが、残念ながら他の奴は仕事があってな。また今度紹介する』
「そう・・・それじゃあ、また今度ね。何人いるの?」
『アゲハも入れて六人だな。まあ、ちょっと気難しいところがあるかもしれないがきっとうまくやれると思うぞ』
基本的に、敵にはとことん容赦しないが、身内にはグラスを除いて甘いのがあいつらだ。
まったく関係のない村娘なら駄目かもしれないが、俺の寵愛を授かったレイラなら大丈夫だろう。
なんだかんだいって、あいつらも子供には甘いし。
でも、もう百年経ってるしレイラの実年齢って・・・
「ムーーーーちゃーーーん!失礼なこと考えてない!?」
ちっ、勘がいいな。
『気のせいだろう。ところで、何か用事があったんじゃないか?』
「むー、露骨に話を逸らそうとしてる気がする・・・」
口をとがらせながら文句をぶつぶつと呟くレイラは椅子から立ち上がり、奥にあった布を剥ぐ。
天井から吊り下げられいている金属の糸で編んだ旗は、カーテンのように軽快な音を立て平行移動し、その先には今まで見てきたものとは違う、石の扉が現れた。
幾何学的な模様が描かれた扉には、半身が埋まっている天使と悪魔が彫刻されていて、あまりのリアルさに今にも動き出しそうなほど巧くできている。
「この扉はね、正規の解除コードを打ち込まないと彫像が動いて侵入者を殲滅するようにプログラミングされた一種のゴーレムなんだよ。お父さんでも、本気で三十回ぐらい殴らないと罅すら入らないぐらい強いんだよ」
それはまたえげつない・・・、昔Sランクの冒険者で、上位種族に転生した村長が本気で殴らないと壊れないゴーレムって、普通の人間には絶対破壊不可能だろう。
しかし、それだけ強いとなると問題がひとつあるはずだ。
『その分の魔力はどうしてるんだ?』
そう、燃費だ。
一般的に、ゴーレムの出力は上がれば上がるほど燃費が悪くなっていく。それは、ゴーレムがいかに複雑であるかも示している。
よく物語に出てきたりする百メートル級の攻城用ゴーレムなんてものがあったりするかもしれないが、そんなものは魔術師を百人単位で使い捨てしなければ案山子以下の木偶の棒でしかない。
それに、それだけ犠牲を払っても稼働時間はしめて三十分。あきらかに割に合わない。
扉に埋め込まれている天使と悪魔は二メートルほどしかないが、レイラの話ではおそらく魔法金属並の硬度を保持しているはずだ、ただの石にそれだけの硬度を持たせるのは、それこそ膨大な魔力が必要であろう。
ちなみに、総魔法金属製のゴーレムは両手で数えられるほどぐらい極少数だ。材料がないからな。
「魔力は大丈夫だよ。ありあまってるから、ここで消費しているとも言えるけどね」
九枚のパネルをぱちぱちと打ちながら、レイラは答える。
ありあまってるというと・・・龍脈か?
『・・・エレメル村に龍脈なんぞあったか?』
「いや、ここらへんにはないはずだよ。それに、龍脈なんてあったらここに国はつくれないよ」
『じゃあ、新しく何か発明したのか?』
「うーん、そういう感じでもないな・・・あ、開いた」
数十回以上パネルを打ち続けて、ようやく扉は開いた。
腕を組み合わせて鍵のように固まっていた彫像が腕を解き、左右に観音開きで開いていく。
その奥には、更に薄暗くなっている階段が続いていた。
「それじゃあ、ちゃんとついてきてねムーちゃん、アゲハちゃん。ここも迷路になってるから、うっかりはぐれると、干からびたミイラになるか徘徊する獣に食われちゃうから気を付けてね」
『物騒だな・・・獣なんているのか』
「うん、迷路にしたとき異次元化した影響で、異次元の獣が巻き込まれて召還されたみたいなんだよ。でも、知能があって言葉も通じたから迷路の徘徊者になってもらってるんだ。かなり強くてね、ムーちゃんもうっかりしたら食べられちゃうかもよ?」
レイラはがおーと腕をあげ獣のポーズを取るが、凄みはない。むしろ可愛らしいだな。
「・・・今の話が本当であるならば少々問題なのでは?」
いつのまにか近寄っていたアゲハが、レイラに聞こえないようにこっそり耳打ちする。
『なんらかの不具合で堕ちたならば問題だが、この場合は召還のパターンにあてはまる。更にいえば、魔力食いの傾向も見られない。放置しても問題ないだろう』
神界の規則もかなりゆるいところがあるけど、妙な部分が厳しいところもあるから一概には言えないんだが、この場合ならば規則にひっかかることはないだろう。
もしも、帰還を望んでいるならばかえしてやればいいからな。やるのは俺じゃないだろうけど。
「ムーちゃーーーん!アゲハちゃーん!ついてこないと置いてっちゃうよぉー!」
レイラが少し進んだ場所で、大きく手を振りながらこちらに呼びかける。
『わかった、今いく』
レイラは、百年たってもせっかちなのは変わらないな・・・。
俺は、レイラの後を追った。
*
何というか、お約束と言うか・・・
『迷った』
注意を受けたばかりなのに、開始三分で迷路の中で遭難。もはや、出ないはずの涙が滲んできている気さえするよ。
確かに、この迷路は魔術によって作られたものだ。普通の天然の迷路と色々と勝手が違うので、進むときは細心の注意で払いながら進まなければならない。
しかし・・・しかし、まさかレイラが曲がり角を曲がった瞬間消えるなんてことは予想できなかった。
魔術でなければこんなことは起きなかっただろうが、手で掘っただけの天然だと仕上がりに不安があるだろうからな・・・グダグダ言っていてもしょうがない、さっさとレイラを見つけることにしよう。
一瞬だけ強い光源を作り、俺の影を後ろに拡張する。
光源は持続的なものでなかったためすぐに消え、残ったのは大量の虫であった。
もちろん俺のスキルの一つ【従体生成】により生成した、自我無き虫達だ。
種族名は『群密蟲』。イニシャルがGの黒光りするあれだ。
この蟲は、ほとんどと言っていいほど戦闘能力を保持していない。体長も十センチほどで、顎も人間の肉を噛み切れるほど強靭でないため、数十匹ほどの集団でかかっても子供を殺すことすらできない。
数千匹いれば口の中に潜り込んで窒息死させることもできるが、飛行能力もないので壁と天井がある場所でないと口元の高さまで飛ぶことができない。
これだけ聞くと良いことなしのように思えるが、この蟲はある一点においてはとても役に立つ。
すなわち、情報収集。それも人海戦術タイプのだ。
製造コストも非常に低く、大量につくっても大した魔力を使わないし、ある程度魔力が溜まると自動的に増殖していく。
それに、この蟲はもう一つ大きな特徴がある。
この蟲は、例え自然発生したものでも一つ一つに意識というものが存在しない。
軍団の中に紛れ込んでいる、十五センチほどの個体がすべての個体を掌握していて、ほかの蟲はその隊長ともいうべき蟲の命令に絶対服従なのだ。
まさに、個にして郡、郡にして個を地で行く蟲だ。
そのため、意識を繋ぐのは隊長の一匹だけでいいから、いちいち一匹一匹意識を変えていく面倒は無い。
問題点は、あまりに情報量が多いため下手に数を増やしすぎると頭がパンクして廃人になりかねないことだな。
「申し訳ございません、主様。あまりその蟲を近づけないでくれるとありがたいです・・・」
ああ後、女には受けないな。むしろ、この蟲を出すとドン引きする。
神界で全種類の特性を調べるために出してたら、アマテラスが丁度入ってきて、俺の執務室でリアル太陽が顕現しなさった。
とっさに守ったが八割ぐらい書類焼失、むしろ太陽が顕現して全滅しなかったことに感動するべきなのかだろうかと、八割も書類が燃えてしまったことを嘆くべきなのかかなり迷った。
ちなみに犯人は、泣きながら逃げてった。そのせいで、梟にかなり白い目で見られてしまった。
いや、俺は悪くねえだろ。
蟲の数が数億に届いてきたころ、やっと迷路の出口が見つかった
魔術で作ったとはいえ、入り込んだ瞬間入り口が消える迷路などはできない。せいぜい空間を通常よりも拡張する程度と、思考誘導でエンドレスループをさせるぐらいだ。
普通ならよほど魔術抵抗力が高くないと永遠にさまよい続けるだけだろうが、誘導するための意思が無い蟲なら問題ない。
出口が見つかったので早速向かおうとすると後方で不可思議な事態が発生した。
奥のほうの蟲が一気に死に始めたのだ。
いや、それだけではない。まるで、道ができるように蟲が死んでいっている。
・・・これは、もしかしなくてもレイラの言っていた獣か?
接近する獣の気配を感じ取ったのか、アゲハも一メートルほどある扇子を取り出し構える。
「主様、お下がり下さいませ。私がやります」
『待て』
前に出ようとするアゲハを手で制し、暗闇を睨む。
本当に異次元の獣で知恵があるなら、うかつに攻撃するのは危うい。
どうせなら、穏便に済ませるのが一番だ。
『そこにいるのはわかっている。話がしたい。出てきてくれないか?』
俺の問いかけに返ってきた答えは、荒い息遣いであった。
・・・なにかがおかしい気がする。
不思議に思い暗闇を凝視していると、そいつは現れた。
大きさは三メートルほどで、ぎりぎり天井に触らない程度。
形は犬に似た何か、毛は無く、皮も無く、粘液に包まれた剥き出しの筋肉と骨が不気味に光っている。
空洞のように空虚な瞳は赤く鈍く輝き、青い唾液が滴る乱杭牙の隙間からは毒々しい紫色の吐息が空気に溶けていく。
肋骨の隙間からはうっすらと心臓が見え、拍動するたびに全身に張り巡っている網のような血管が膨れ上がるように脈動する。
『・・・そういうことか・・・!』
その姿を見て、俺は納得した。
こいつは、確かに異次元の獣だ。知性も、会話が通じる程度にはあるかもしれない。
しかし、今はあまりにも場所が悪い。今ここにいては、こいつにとっては餌でしかない。
それにしても・・・ミスラは張り切りすぎだろう。
『異次元じゃなくて、異時元に繋げたのかちくしょう!』
それは、罪人を追うもの。
いかなる場所に逃げようと、いかなる時間に逃げようと、いかなる空間に逃げようと決して逃れることが適わない最強の猟犬。
神々であっても、迂闊に時空移動しない最大の理由。
いまだ討伐されることなき、原初世界の魔物。
かの者の名は・・・
『―――ティンダロスの猟犬・・・!』
最強の猟犬は、咆哮する。
時空移動という、大罪を犯した罪人を狩る為に。




