三十七・五話 竜呪
書きました紅騎士編でございます。
後、前回言い忘れていましたがアラクネの語尾が『ござる』に変化してます。
言い忘れてごめんなさい。
ムーがエレメル村に向かっていた頃、コーカサスは・・・
「ご協力、ありがとうございます」
「いえいえ、王女様を我が家に招くなど末代までの誉れ、歓迎いたしますぞ」
王女に付き添い契約通り王都まで向かっていたコーカサスだが、すでに馬車はボロボロ、他のものは気づいていないが主の声が聞こえた後、何故か魔物との遭遇はなくなってしまったため負傷者はそれほど増えていないが、兵も一晩歩きとおしていたため疲弊してしまっていて日も暮れかかっていたため、偶然見つけることができたそれなりに大きな町にて一時的に休息を取ることが決まった。
馬車は村にいた鍛冶師に手を借り、翌日までに修理が可能とのこと。兵の装備も、サービスとして修理してくれるそうだ。
王女はニコニコと外向けの笑顔を浮かべ、村長に礼を言う。
立場という観点からみれば王女が町長に礼を言う必要はない。しかし、恩に対しては礼を返さなくてはいけないと教育されており、王女もその考えに賛成であったため、こうして大きいとはいえそれほど立場の高い人物ではない町長にも礼を言っているのだ。
その王女の行動に町長は恐れ多く内心戦々恐々してしまっているが。
宿泊場所は、王女と御つきのメイドは町長の館の客室、護衛の兵士たちは王女の部屋の前に交代で三人配置し、他はエントランスで雑魚寝となっている。町長の館と言えど、流石に兵士全員分の部屋はなかったのだ。
ここで王女たちの一日は終わるはずであったが、しかし王女たちは一つの問題を抱えていた。
そう―――紅騎士だ。
普通ならば、王女の命を救った恩人として王女と同じように客室に宿泊するかもしれないが、残念ながら客室はそこまで無く、王女とメイドだけで手一杯、空きはない。
かといって、兵士と同じように雑魚寝をさせるわけにはいかない。
それに、金を持たせて宿屋に泊まらせようにも、紅騎士以上の戦力は今の王女にいないため、なるべく王女から離すようなことはさけたい。
なんとも、扱いにくい人物?であったのだ。
「あの・・・紅騎士様、どうしましょう?」
「・・・・・・・・・」
王女が根気よく話しかけるも、無口な紅騎士はなにも語ることはない。
腕を組んだまま、直立不動で町長の館の門の前で立ち続けている。
どう話しかけても反応を返さない紅騎士を見て、護衛隊長は気づいた。
「もしや紅騎士殿・・・ここで護衛を続けられるつもりですか?」
護衛隊長の言葉に、何をしても反応しなかった紅騎士はこくりと一つ頷く。
兵士も王女も町長も、驚いたように目を見開き、そして感動した。
道中護衛を続け、馬車に乗ることすら遠慮し、鎧と巨大な斧を身につけて歩き続け疲弊しているはずなのに、主の命令に従い護衛を優先する。
なんという騎士魂。これぞ、騎士の鏡、と。
「あなたの御心はわかりました・・・しかし、我らが恩人にここまでさせて我らが暢気に眠るわけにはいきません。我ら護衛隊も全員お供しましょう」
「・・・・・・不要」
護衛隊長の言葉は、紅騎士の言葉によって切り捨てられてしまった。
護衛隊長はいきなり断られたことに未だ脳が認識できず、固まったまま呆然としてしまっている。
数秒たったころ、護衛隊長が言葉を発する前に紅騎士が言葉被せた。
「・・・・・・休息、必要・・・休息、無し、護衛、不可・・・」
会話としては成り立つはずのない短い言葉であったが、その真意は王女にははっきりと伝わった。
「護衛隊長、あなたたちは最初の計画通りで進めてください」
「し、しかし!このまま我々が何もしないと言うのは・・・!」
「紅騎士様の言葉を聞かなかったの?貴方たちが紅騎士様に付き添い全員で参加した場合、明日の護衛はどうする気なのかしら?まさか、紅騎士様一人にやらせる気かしら?」
「・・・・・・それは・・・」
「あなたたちに必要なのは休息、しっかりと体を休め、明日に備えることです」
「・・・わかりました」
「そして、紅騎士様。あなたのその御心は嬉しいのですが、我々としてはその行為を許容することはできません。門の警備は兵士が行います。紅騎士様は、私の部屋の警備をお願いできませんか?」
これが、王女の精一杯の譲歩。
騎士としての信念を曲げさせることなく、自らがいちばん近い場所に配置し、信頼していることを暗に示す。
会ってまだ一日しかたっていない人物にそこまでさせるのは、はっきりいって異常。あまりにも短絡的行動であり、王族としては不用意に信じすぎているとしか言いようのない行為。
それでも、王女には確固たる自信があった。
この御方なら、大丈夫であると。
しばし沈黙が続く。町の喧騒が、まるで絵画の中の世界のように遠ざかっていくような、奇妙な気配に王女たちは襲われた。
顎に手を当てしばし考え込むコーカサス。
主の命令に従うと、護衛対象は王女だけでなくメイドも護衛の兵士も含まれている。
そして、その中に優劣はない。すべて平等に、コーカサスは守ると決めていた。つまり、王女の警備にだけつくというのは、命令違反となってしまう。
この提案に乗ることは、その主の命令と自分の信念を曲げる行為、コーカサスとしてはあまり気乗りはしない。
しかし、このまま自分がここで立っていたとしても、余計に事態が複雑化することもコーカサスは理解していた。
さんざん悩んだ後、コーカサスは王女の言葉に従うことにした。
この集団の中で一番の存在は王女、戦争では末端はいくら死んでもいいとまでは言わないが、流石に命の価値が違う。
最悪なんらかの不届き者が現れた場合、手を出させる前に切り殺せばいい、そう結論付けた。
「・・・・・・肯定・・・」
そう一言王女に告げて、コーカサスは屋敷に入ろうとする。
しかし、屋敷に入ろうとすると今度は町長が目の前に立ちふさがった。
「ちょ、ちょっとお待ちください!もしや、その斧を背負ったまま屋敷に入るつもりですか!?」
コーカサスの背にある巨大すぎる斧を指しながら、町長は叫ぶ。
言われてみればそうだ、コーカサスの斧は通常のものと違い、縦に長く横に短い。
その分、かなり分厚くもなっているが、全長八メートルもの斧を背負って扉をくぐるのは不可能だろう。
斧を槍のように水平に構えても、次は重さが問題となる。
王女の宿泊する部屋は二階、屋敷は基礎が石でほとんだが木製、良質の木材とはいえ斧の重量を耐えきれるとは町長は考えられなかった。最悪、鎧の重さでも床が抜けるかもしれないとも考えていた。
この言葉に、コーカサスも悩む。
腰につけられている剣ならいくらでも置いていってもいいが、斧は主から授かったもの、そこらに放置するのはあまりに不敬な行為。
だが、命令を遂行するためにはこちらも譲歩が必要。
せめて、重量物収納用のアイテムでも持っていればよかったが、そんな便利なものはコーカサスの手持ちにない。
そこで、コーカサスは王女がいることを思い出した。
どこまでの規模の国かは知らないが、仮にも一国の王女、もしかしたら持っているかもしれないと。
「・・・・・・収納、道具、保持・・・?」
「収納袋ですか?・・・護衛隊長、予備はありましたか?」
「もうしわけございません、今回の旅は長旅の予定でなかったため、予備は持ち合わせておりません。それに、あったとしても紅騎士殿の武器はあまりに長大、おそらく袋の口が足りないです」
残念ながら、当てが外れてしまった。
どうにかできないものかと考えるも、いい案は浮かんでこない。
結局コーカサスは妥協して、門の前に置いておくことにした。かなり重量があるため、持ち去りは困難、それに幸か不幸か防衛機能もついている。それも、持ち主にも牙をむくタイプのだ。
背中から巨斧を外し、門の前の地面に突き立てておき、今度こそ紅騎士はだれにも止められることなく屋敷の中に入っていた。
そして、王女達はその光景をポカーンとした様子で見ていた。
騎士にとって、武器とは己の身を守る相棒であり、長年共にする友人でもある。極めたものは恋人ともいうぐらい、武器は重要なものであるのだ。
しかし、紅騎士はなんのためらいもなく(王女たちにはそう見えた)主戦力の武器を置いていってしまったのだ。
多少の無礼打ちも覚悟していた町長も、魂が抜けんばかりに口をあけている。
結果は町長としては望むものとなったものの、あまりに呆気なさ過ぎて実感が湧いてこない。
「・・・はっ、あ、ありがとうございます。紅騎士様!」
町長が慌てて頭を下げるものの、コーカサスは既に屋敷の中、誰もいない場所に町長は頭を下げていた。
「我々も、紅騎士殿に続いて行きましょう。今は一刻も早く休息をとるべきです。それと、護衛を後三人追加して紅騎士殿の斧の警備をしてもらう。決して、盗まれるなどといった失態を犯すではないぞ!」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
息の合った返事が空気を揺らし、隊列を組んで屋敷の中に入っていく・・・が、全員が屋敷に入ろうとしたとき門のほうから男たちの声が聞こえてきた。
「おい!なんだこれ!」
「凄げえぜ兄貴!これ、斧ですよ斧!ほら、上のほうに持ち手が見えますし、下のほうには刃もついてやがる!」
その声を聞いた護衛隊長と王女は慌てて門の前まで戻ると、そこには三人の男が斧を珍しそうに眺めていた。
二人は標準的な体形から少し痩せているぐらいの男ではあるが、兄貴と呼ばれた男は頭一つ抜けた大男だ。背中に背負っている大剣も、まるで分厚い鉄板に刃をつけたように武骨で長大だ。
王女たちは騒いでいるだけなら問題はないかと判断して屋敷に戻ろうとすると、大男が斧を持ち上げようとつかみ上げているのを見て、慌てて止めに入った。
「お待ちください!」
「あ?なんだ、貴族のガキか?俺たちゃ忙しいんだ、後にしてくれ」
「いえ、私たちが用があるのはそこにある斧のことです!それは紅騎士様の武器、不用意には触ることは許しません!」
王女の言葉に男たちは顔を見合わせると、大声で笑い始めた。
流石にこの態度には護衛隊長も堪忍の緒が切れた。
「貴様ぁ!この方を誰だと思っている!不敬だぞ!」
「ぎゃはははははは!!!知らねえよ、こんなガキ!俺たち冒険者は、大陸中を走り回ってんだからな!こんなかわいげもないガキみたいな田舎の木端貴族の顔なんか、覚えてるわけねえだろ!」
「きっさまあああああああ!!よほど死にたいらしいなぁ!?」
激昂して掴みかかろうとする隊長を、他の隊員が必死に抑える。ここで騒ぎを起こしてもらったら、町長にも更に面倒がかかってしまうことを恐れてだ。
それに、何か問題を起こしてしまった場合、隊長が解雇され政敵に隙をつかれる原因となってしまう場合もある。ここは何が何でも、止めなければいけなかった。
「はっ、こんな馬鹿が隊長じゃお前らも大変だな!」
「止めなさい!これ以上の侮辱は許しません!」
「木端貴族に許しを請う必要なんざねえよ!」
大男は王女の静止の声を聞くことなく、巨斧を引き抜いた。
大男にとっても、巨斧の重さは予想外だったのか、多少よろつくもののしっかりと巨斧を構える。
「ふん・・・!随分とおもいでか物だが、もてねえほどじゃねえな・・・!」
「流石兄貴だぜ!」
額にまで血管を浮かび上がらせながら強がる大男と、それを煽てる取り巻き達。
だが、やはり重いのだろう。大男は息を切らしながら地面に突き立てた。
「ふう・・・馬鹿みたいに重てえな・・・だが、別に俺には相応しい武器だ!貰ってくぞ!」
「待ちなさい!」
再び巨斧を担ぎ上げその場を去ろうとする大男を、王女たちは引きとめた。
「あ?なんだよ?」
「先ほどから言っているように、その斧は紅騎士様のものです!窃盗は犯罪ですよ!」
「ははは、何言ってやがる。落し物は拾ったもののもんだろ?あんなところに置いておく間抜けが・・・は?」
大男が笑っていると突然、大男の肩から重みが消えた。
いや、斧だけでない。斧以上の重みが、今まで慣れ親しんできたはずの重みも消失していた。
ギギギと油の切れたロボットのように大男は首を動かし横を見ると、そこには地面に落ちている斧と焼けた臭いを発する一部が炭化した肉片があった。
肩の所で焼き切られた、己の腕が。
「へっ・・・ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」
ようやく脳が認識した痛みでのた打ち回る大男。取り巻き達は、あまりの突飛な事態を認識できていないのか、声を出すことすらできていない。
もちろん、それは王女たちも例外でない。
怒りで我を忘れていた護衛隊長も、目が飛び出るのではと心配するぐらい目を見開いて驚いている。
「俺の・・・俺の腕がああああああああああああ!!!くそがあああああああああああ!!!!」
正気を失ったように大男は斧を蹴りつける。
スキルを使ったのだろうか、大男の足には赤い光が纏わりついているが、王女は何故か次に起きることが予想できていた。
そして必然のごとく―――つま先から膝までが蒸発した。
「ああ、ああああ、あああああああああああああ!!!」
もはや腕の怒りも忘れ、蒸発した足の痛みも忘れ、ただただ大男は斧に恐怖する。
最初に手に取った時は、なかなか使えそうな物を見つけたと歓喜していた。見た目からもわかる圧迫感、強力な魔道武器である間違いない、下手したら神器クラスかもしれない、と。
だが現状はどうだ、生まれた時から付き添ってきた最愛の武器である左腕は焼き落とされ、右足は消え去った。
もはや、冒険者としての未来は絶望的、通常の生活も困難だろう。
しかし、それ以上に大男は恐れていた。
目の前の斧から染み出るように出現した、悪魔のように歪みきった竜に。
「なんだよ・・・なんなんだよお前!」
子供のように泣き喚き残った右腕を振り回し、竜を追い払おうとするが竜はただ大男を見つめる。
〈・・・仙人の顔も三度まで〉 『お前は過ちを犯した』
【まず一つ、私達を主から奪おうとしたこと】 《二つ目に、主を侮辱したこと》
(ミッツメニ、ワレラノカラダニドロヲツケヨウトシタコト) {これで、三つ}
老若男女、あらゆる声が竜から放たれた。そしてその全てに確かな怒りが篭っていた。
〈だが、我らにも慈悲有り〉 『噴竜の試練』
【生き残れば】 《汝の腕と足を返そう》 (ソシテ、ワレラノ力ヲサズケヨウ)
{さあ、竜の怒りを買いし愚か者}
〈『【《({煉獄の彼方で朽ちろ})》】』〉
全ての声が唱和した瞬間、大男は世界から焼失した。
焼けた肉塊になることなく、炭の塊にすらならず、塵と埃の塊となり風に乗って消えていく
竜は地面に残ったシミを不機嫌そうに一瞥した後、斧に溶け込むように消えていった。
「ひ、あ・・・ああああ、ああああああああ!!!」
「おい待て、俺を置いてくな!」
大男の取り巻き達は奇声を発しながら、何度か躓きながらも懸命に走り去っていった。
逃げなければ、死ぬ。彼らの本能が、理性を超えて体を支配したためであった。
王女たちの意識は未だ戻らない。
普通は、窃盗の現行犯として取り巻きたちを追いかけなければいけなかった。だが、体が恐怖で動かない。
自らが受けたものでないため、遅れてきてしまった恐怖が全身を縛り付けていた。
そんな中、屋敷の中から紅騎士が現れた。
紅騎士は一直線に斧に向かい、軽々と片手で拾い上げる。
もはや驚くことすらなく、王女達は紅騎士の行動を見つめ続ける。
紅騎士は元の場所に斧を突き立て、振り返ることもせず屋敷の中に入っていった
「・・・王女様」
「・・・・・・なんですか?」
「・・・紅騎士殿の斧の監視を三人から六人に増員します・・・これ以上、犠牲者を増やすわけには行きませんので」
「・・・わかりました、了承します」
王女は理解した。
何故、ああも簡単に斧を置いていったかを。
盗まれるなどといった心配は、紅騎士にとって欠片も無かったのだ。
むしろ、盗人があわれに思えてくるぐらいの強力な守護者がついていたのだから。
そして、その守護者に王女は心当たりがあった。
「・・・竜呪」
絶対的な世界最強である竜種。
彼らをもしも殺すことができたのなら、竜種の絶対的な力をその身に宿すことが可能なのはよく知られていること。
しかし、どれだけの強者であってもそれを実行に移すものは少ない。
勝てないからではない、竜は死亡時、強力な力と共に竜呪と言われる呪いも授けるのだ。
その呪いは竜が強力な力を持っていれば比例するかのように強力になって行き、あるものは不死の力を手に入れたが傷が治らなくなる不治の呪いも授かり、今もなお苦しんでいると言われている。
教会の大神官であっても、竜呪は取り除くことができない。つまり、竜の力は人の身には余るものであるのだ。
しかし、紅騎士はどうだ。
あの斧にかけられていた呪いはおそらく、所有者を焼き尽くす炎の呪い。
鉄をも溶かす高熱の炎を扱える代償に、斧自体が所有者を焼き尽くそうとする、実に皮肉な力だ。
だが、紅騎士はその呪いすら克服していた。
力と呪いは表裏一体、丁度プラマイゼロぐらいの比率となっている。
そこで、マイナスである呪いを克服することができたなら・・・
王女は、知らずに渇いていた喉にざらざらとした唾を飲み込んだ。
―――自分が引きとめようとしている人物は、もしかしたらとんでもない化け物ではないだろうか?
そんな考えが、王女の頭を横切った。
紅騎士「入り口前でスタンバって、ました」
王女の名前が決まらない・・・決めたほうがいいかな?
なんかおかしいところがあったら、教えてください。
後、ネロも一応竜を殺してますんで竜の力を持っています。
もう出番無いですけど。




