三十五話 仮初
〈side オーディン〉
これは今から、ちょうど百年前のお話。
「はあああ・・・ダルいけど、やるか・・・」
ムーが神界に行ったのを見届け、作業に戻る。
正直に言うと、わざわざ新米のためにここまでやる必要はないのだが、恩を売るためにもこういうことはやっておいたほうがいいのだ。
強制的より、自主的に動いてもらったほうがやはり効率もいい。
「まずは、この土地をどうにかしないとな・・・そうだ!」
天空島みたいになってしまった土地を《浮遊》のルーンで持ち上げ、抉れてしまった大地に水を注ぐ。
水は一々ルーンで出していては手間がかかってしょうがないので、適当なところから《召喚》のルーンで持ってくる。
巨大とも言うべき島が、一筆書きで書かれたような奇妙な記号で持ち上がり、その周囲を公転するこれまた奇妙な文字から大量の水が放たれている光景は、かなりおかしなものだがこの場を監視しているものは誰もいないので、オーディンも一切自重することなくルーンを使用していく。
現在、オーディンが製作しているのは最近見つけた漫画に書いてあった水上都市だ。
それなりに製紙技術が発達していた世界で偶然見つけた漫画で、表紙の良さから衝動で買ってしまった戦記もの。
話の構成もなかなか面白く、今も定期的に《召喚》のルーンで本を召喚して(代金は作者の財布に転送している)購読しているほどはまっているのだ。
そして最新刊で主人公が反撃の拠点として選んだのが水上都市であったのだ。
大海の上に浮かぶ孤島であり、常に海流に乗り移動しつづけていることから隠れるにはいいとか書いてあったが、正直自分の居場所もわからなくなるんじゃないか、船で攻め込まれたら逃げ場がないんじゃないかとか色々思うところはあったが、オーディンは深くは考えないことにした。
そんなことを考えてしまったら一生終わらないからだ。ただでさえ手段と方法なら手札が切れることのない多才の魔術師、常識はずれの魔法なら腐るほど保持している。
実際個人所有の図書館の中で埃被っている。
ある程度水が溜まってきたところで、この世界の中でもそれなりに実力を持つ水生生物を召喚する。
暴れださないうちに【精神洗脳】の魔法を発動し、設定した人物には襲い掛からないようにして、湖に放す。
お気づきのとおり、これらの生物はエレメル村の人間を蘇らせた後に守護させる予定の魔獣たちだ。
実力的にはそのへんの魔物なら素手?で殺せるぐらいの実力を保持しているので、守護獣としてはぴったりであろう。
「さてと・・・これからが本番か」
深呼吸を一回ほどし、ぐるぐると肩を回し、気合を入れなおす。
ムーから頼まれたのはエレメル村の人間の安全と、蘇生。
安全の保障なんかは比較的簡単にできたが、蘇生は気軽にできることではない。例えそれが、魔術王と称されるオーディンでもだ。
事後処理的な何かは全てムーに丸投げするつもりだが、元々蘇生はかなり面倒な作業なのだ。
まず蘇生した瞬間に再び即死しないために、肉体に原因が残っている場合はそれを取り除かなければならない。
それでも、寿命で死んだ場合は生き返らせることができない場合もある。
次に魂の確保。
これも次の肉体に転生してしまっている場合、生き返らせることができない場合もある。
魂は新しい肉体の持ち主の財産だ。生半可な理由で奪うことなどできない。
今回の場合は魂も旅立って直ぐなので転生はしていないだろうが、問題は魂に付けられてしまった傷だ。
ネロが使っていた黒剣ナイトメアホロウは、かなり希少なことに魂の干渉を可能とした剣であった。
そのため、いつもと違い処置が面倒な魂の補修をしなくてはいけない。救いは全て一刀で殺されているため傷が少ないことか。
「・・・あ?肉体はどこいった」
《召喚》と《再生》を両手に用意し、早速蘇生を開始しようとしたところ、オーディンは肝心の肉体がないことに気づいた。
それもそのはず、肉体はムーが【回帰する生命の白炎】で燃やしてしまったのだ。
そうとも知らず村を歩き回り探すオーディンだが、見つかるのはムーが寵愛を授けた少女だけ。蘇生を頼まれた村人などどこにも存在しない。
根気よく探していたオーディンではあるが、ついに限界が来てしまった。感覚としては、ワンルームマンションで探し物をしている時、一部屋しかないくせに全く見つからないときに近い。
ようするに、かなりいらつくということだ。
「ああもう、どこにあんだよ!・・・まあいい、肉体は作ればいいから先に魂の再生でもするか・・・」
肉体探しを諦め、魂の再生に取り掛かるがこれまた問題が発生した。
《探索》のルーンで魂を検索するのだが・・・
「はあ!?魂がない!?」
結果はエラー、魂が見つからないのだ。それも一人も。
転生していることは時間的にありえないし、そもそも魂が傷ついた状態で転生させることなどできない。
「喰われたなんてことは、あの犬っころ程度じゃありえないだろうし・・・どうしたものか・・・」
頭を悩ませ手慰みに丁度いい大きさであったペン型グングニルを指の間にくるくると回す。
回すたびに衝撃波らしきものが飛び出しているが、一メートルぐらいを超えたところで煙のように消えているため一応問題はない。
「魂まで創ったら流石にやばいだろうしな・・・後疲れる。それにバレルだろうしな・・・あ?」
若干思考が危ないほうへと向き始めた頃、突如奇妙な魔力が集結しはじめた。
属性が全く感じられない、理論上でしか生成できなかったはずの純粋魔力。そんな貴重なものがオーディンの目の前で圧縮されていく。
しかもそれは人型へと。
更に言うと、丁度蘇生を頼まれていたエレメル村の住人と同じ数。
オーディンはなんとなく異常事態の原因が気づき始め、背中に冷や汗が滲む。
純粋魔力は徐々に形を決め、無色透明から色がつき始める。
あるものは赤く、あるものは蒼く、あるものは金色に、それらの色が完全に純粋魔力を染めたとき、純粋魔力はこの世界から消えた。
完全に傷一つない肉体と魂を兼ね備えたエレメル村の住人を残して。
思わず目を見開き、一度目を閉じてから見てもそこにあるものは変わらない。
悪い冗談だと思いながらもどこかでこれは現実だとざわめく。
そう、そこにいるのは完全な肉体と魂を持ったエレメル村の住人、しかし、彼らは一人として人間ではなかったのだ。
「蘇生・・・?いやただの蘇生じゃねえ、この村の住人は人間だったはずだ。だがここにいるのは全員人間以上の上位種族・・・そこにいるのは『剛人』だし、あそこにいるのは『精霊人』。おいおい、世界に十人しか存在できないはずの仙人にも新しい奴ができてるじゃねえか。合計十一人か?冗談じゃねえぞこれ・・・!」
その場にいるのは全て上位種族。それも、それほど珍しくない種族もいれば、世界に百人も存在しない超絶貴重な種族もいる。
筆頭が『酒仙人』だ。
そもそも仙人は特別な種族であり、この種族の転生条件には才能が一切関わらないことが特徴だ。
転生条件は、それ一つにひたすら打ち込み続けること。簡単に聞こえるかもしれないが、これがなかなか厳しい条件なのだ。
他の惑わしに一切負けることなく、一秒たりとも心を移すことなく修行に没頭し続ける。ただ一瞬たりとも怠惰は許されない、そうすることよってその属性の仙人にやっとなることができるのだ。
しかし大抵世界の中で属性はあらかじめ決まっているものであり、一つの属性に仙人は一人しかできない。そのため、どの世界でも十人前後しかいない。
故に、その十個の席につくために多少の運が必要かもしれないが、運といってもそこまで極められる種族は千年に一人出るかでないかなのであまり問題はない。
だが、これだけであるなら仙人も大したことはない。属性に特化できるのは素晴らしいが、凄いというわけでもない。
仙人がなぜ特別なのかというと、仙人はなんと神界へ入ることができるのだ。
それ一つに打ち込み続け、全身を隈なくその属性で満たした仙人にいかに神界の魔力であろうと入り込む余地はない。もっとも長時間はさすがに危険だが。
「新種族『酒仙人』・・・種族能力はあらゆる酒が造れる【万酒製造】と酒を造る時間を短縮できる【酒造短縮】・・・一つ目はともかく二つ目は時間干渉か?まだ未熟だったからこれだけみたいだが、今から修業を積めばどんな化け物に変わるか・・・」
戦々恐々としながら元人間たちを眺める。
はっきり言わなくても異常事態、ここまでの事はオーディンも両手の指で数えるほどにしかない。
それに対してオーディンがとった行動は・・・
「・・・よし、―――見なかったことにしよう!」
それはただの現実逃避だと、突っ込むものはここにいない。
〈side out〉
*
「なにが完璧に終わっただ・・・?終わるどころか始まってすらねえじゃねえか・・・!!!」
皆が俺の大声で驚いているのを無視し、ひたすらオーディンへの文句を叫ぶ。
今までの鬱憤を全て吐き出すが如く、ただオーディンへの恨みを呟く。
そして、その恨みが具現化したものがおそらくその四本の腕に握られているボールだろう。(実際はただ【最上位魂魄武具生成】で作っただけ)
手のひら大のショッキングピンクのボール。なんのことはない、少々光沢のあるボールだ。
そう―――半分ぐらいまで裂けたようも鋭い歯がついたただのボール。
俺はボールを振りかぶり、魔力で強引に神界の門を開き。
「―――いけよやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
全力で叩き込んだ。
歯が生えたボールはガチガチと歯を鳴らしながら音速の壁をぶち抜いて、神界へと突き進んでいく。
神界にボールが突撃してから数秒後、悲鳴らしきものが聞こえてきたのを確認して、俺は神界の門を閉じた。
ちなみに俺が今投げ入れたのは【奪丸《破産貯金》】という名前の使い捨て神器だ。
能力はいたって簡単なもの、相手の幸運を奪うのだ。
だが、正直遊びアイテムであったので、ひとつでも当たった瞬間即死級の不運が訪れるといったことはできない。数を揃えればいけるかもしれないが、今投げた四個程度ではせいぜい『箪笥の角に小指をぶつけて、その衝撃でたらいが降ってくる』や『物をよく失くし、探すとどこかに頭をぶつけタライが降ってくる』や『何もしていないのにタライが降ってくる』ぐらいしかおこらないだろう。
「ど、どうしたのいきなり叫んだりして?」
突然の俺の行動に目を丸くしたレイラが問いかけてくる。
そうだな・・・
『悪は滅んだよ・・・』
「へ?悪って何のこと?」
よく考えたら何も悪いことはやってなかったなオーディン。
まあ、まぎらわしい言動と虚偽の情報を伝えた罰ということでいいか。
そう納得して、俺はパーティーに戻った。
*
〈side ???〉
時間は少しばかり巻き戻りムーが精霊騎士団を殲滅していたころ、遠く離れた場所に周囲の闇に隠れるように影が監視をしていた。
全身を隠すような隠蔽効果の高いマントを身につけ、精霊魔術によって森の精霊と影の精霊に働きかけ、更に呼吸音が漏れないよう口に包帯をつけて隠れる徹底ぶり、影はプロであった。
例えそれが、望まないものであっても。
影は精霊騎士団の撤退を望遠鏡で確認した後、懐から一枚のカードを取り出した。
通信用の魔術が刻まれた上質な紙製の手の平サイズのカード。
しかし、上質ではあるがそれだけでは魔術の使用は数分も持たない、だがそれでいい。
証拠を残さない、そのための使い捨て。そしてそれは、影自身使い捨てであることも証明していた。
カードに刻まれた魔術が発動し、一人の男の声が影の耳元に響いてくる。
『それで、精霊騎士団は全滅か?』
「いえ、千人長を含む数十人は多少の負傷をしていますが、無事のようです。使者役は虫の息ですが、一応生存しております」
『生き残ったのか・・・しぶといやつだな。それにしても、隠し玉まで出してやったのにこのざまか』
「申し訳ございません」
『いやいや、お前に怒っているわけではない。それと、今回の全滅の原因は何だ?あの邪教徒どもの偽聖女は、甘いはずだから皆殺しまですることはなかったはずだ。霧にでも襲われたか?』
「いえ、上空から悪魔が降ってきまして、たった一回の咆哮だけで殺しました」
数秒間沈黙が嫌に響いた。
『冗談・・・を言えるわけないか。そうかそうか、奴らは悪魔を召喚したか・・・』
そういう割には男の声に悲観は見えず、むしろ喜んでいるようにも聞こえる。
事実、彼は歓喜していた。
やっと、やっと使うことができるのだ。
裏ではない、表の最高戦力。
精霊騎士団と違い最大ではない、最高の少数精鋭騎士団。
『―――神罰騎士団を出す』
「・・・可能なのですか?」
影はあえて『よろしいのですか』とは聞かず、『可能なのですか』と聞いた。
それは、男の立場であっても容易に動かすことが叶わないことによるものだろう。
『大丈夫だ。あの頑固な男も悪魔が出たと言えば動くだろう。くっくっく・・・これで、ようやく聖地を取り戻せるな・・・』
神罰騎士団は、皇国には所属しているが厳密には教皇に仕えているわけでない。
彼らが唯一の主人として崇めるは、聖光輝神レクスベクトのみ。
そのため、彼らを動かすにはよほどの事態でなければ動かすことはできないのだ。
そう―――今回のような悪魔召喚のような事態が。
『こちらは早速出動嘆願をだすとしよう。他に報告はないか?』
「はっ、今回全滅した精霊騎士団の生き残りですが、どうしましょうか?」
『殺せ』
男から下された命令は、たった一言の非情なものであった。
『奴らの代わりなど、腐るほどいる。皇国最大の騎士団の名は伊達ではないからな。くっくっく・・・』
笑えない冗談と共に、男が通信を切ったのかカードが燃える。
カードは真ん中から燃え広がり、灰も塵も残すことなく消えていった。
影は無表情のまま立ち上がり、苛立ちを晴らすように近くに生えていた木を蹴り飛ばした。
それだけで、木は吹き飛び、連鎖するように近くの木も次々と倒れていく。
普段の影では絶対に行わないような、周囲へ自分の存在を知らせるような愚かな行動。
そんな正常な判断ができないほど、影は怒り狂っていた。
「私は・・・決してあいつらのような屑どもの使い捨てになどならない・・・!!!」
歯を食いしばり、怒りを込めて首に手をかける。
その首には、紫と灰が混じったような色をした宝石がついた金属製の首輪が暗く光っていた。




