三十一話 降臨
あれからしばらく飛行を続けていると、今度はパタっと面倒事に合わなくなった。
面倒事にあわなくなったのは嬉しいが、こういきなりなくなると不安でしかたがない。嵐の前に静けさみたいな。面倒事が厄介事に進化する前兆みたいな。
『・・・あれか』
ようやく、水晶木の枝の端が見えてきた。飛行し始めてから数時間・・・面倒事さえ合わなければ半分位で済んだかもしれない。
というかその面倒事に対処しに行ったコーカサスも未だ帰ってこない。一体どこまでいったのやら・・・
まあ、特に問題はないだろう。あいつも結構強いだろうし、なんて言ったて神器を一つ渡してあるのだ。あれがコーカサスの手にある限り、負けることはありえない。
『さてと、すこし飛ばすとしますか・・・!』
背にある羽に意識を集中し、更に加速し空を切り裂きながら飛ぶ。
目標があるとないじゃ、やっぱり気合の入り方が違うなとどうでもいいことを考えながら、俺は水晶木のもとへ向かっていった。
金属がぶつかり合う音と血の匂いに気づかないふりをしながら。
*
鉄の音と血と火の匂いからして予想はついていたが、やはり戦争中であったようだ。
防衛側の方が有利そうだなとか、攻撃を加えている方の鎧に何故か見覚えがある気がするが、そんなことは全く気にならない。今はもっと深刻な問題がある。
そう、それは・・・
『・・・もしかして場所間違えたか?』
ということだ。
確かに俺は百年間エレメル村に訪れていない。ちょっとだけ神界から覗こうとしても、ミネラルヴァに止められていたため、どんな風に変わっているかはわからなかった。
でも、神域になっていたのだし、オーディンにも色々とやらせたのだから、ちょっとぐらいは昔より栄えているんじゃないかなと思ったわけだ。
木の家からレンガに変わっているとか、ちょっとした城壁っぽいものができているんじゃないかなとか。
しかし・・・まさか、いくらなんでもエレメル村が水上都市になっているとは思いもしないだろう。
大きな湖の中にポツンと浮かぶ島の上、魔水晶の大木がドンと真ん中にそびえ立ち、それらを取り囲むよう城下町らしきものが出来上がっていて、通路なのか三本の橋が水上都市から陸地へ伸びている。
特に豪華な建物が魔水晶の大木の周りを覆っている建物で、何だかよくわからない金属みたいな鈍色の物質で構成されており、窓にも金の縁取りがしてある。
水上都市防衛のために作られたのか、でかくて頑丈そうな城壁も出来てるし、立派な鉄の門まで出来ている。
発展しすぎだろ、これ。
おそらくこんなふうになっている理由は、オーディンのせいだろう。
湖の形も俺が【終焉の黒太陽】で開けた穴にそっくりだし、なにより水から微かにオーディンの力を感じる。オーディン特製の魔道書を食いまくった俺が、オーディンの魔力波長を間違えるわけがない。
俺の願いの一つである『皆に平穏を』で、戦略的に有効とかそういうことじゃなく、エレメル村の皆を別の安全な場所に移動させるのが面倒とかそんな感じで、水を流し込んだんだろう。
結果的にはオーライかもしれないが、水を別の世界から召喚したせいか、湖の中にこの世界には存在しない生物の気配がする。多分だが異界の水を摂取したことにより、独自進化した結果に生まれたものだな。
水もそんなに性質というか、存在に違いがなさそうだから適当なところから水を持ってこようとして、うっかり平行世界に繋いで召喚してしまったって感じか?
これ、大丈夫なんだろうか?うっかり湖の生物が人を襲おうものなら、神が生態系に変化を起こしたということで始末書の侵略が来るぞ?
まあ、年中暇そうだったし、問題はないんだろうな。
さてと・・・それじゃあ、レイラに会いにいくとするか。
*
レイラの気配をたどっていくと、たどり着いた場所は3つの門の中で一番大きな門であった。
門がでかいだけ戦闘も激しく、攻撃も苛烈を極めているが、水上都市側には全く被害は出ていない。
それもそのはず、全ての攻撃を空中から突如発生する光の盾が防いでいくからだ。
ぼやかして言えば、とんでもなく見覚えのある見た目、正直に言うとトラウマ。その名も、神器イージス。
うっかり暴走してくれやがった、あのイージスだ。あの恨みは未だ忘れていない。
しかし、これがあるということは一つの事を証明する。
そう―――レイラの生存だ。
俺が与えた加護により、イージスの所有権は一時的にレイラに移っている。
そして、俺の加護は一代限りとなっていて、子や孫に受け継がれていくものではなく、ほぼ実例のない例外を除いて継承は不可能。
よって、イージスが起動しているのならレイラも生きているということとなる。
ウキウキ気分で早速探すと、直ぐに見つかった。いや、探すまでもなく見つかった。見つかったのだが・・・
『・・・おかしいな・・・俺は十年間引きこもってて、この世界では百年間じゃなかったか?』
思わず目頭を抑え、目を疑ってしまう。
それもそのはず、俺の視線の先にいたのは百歳の老婆・・・では決してなく、最後に見た時と全く姿かたち変わらぬレイラであった。
背丈も変わっていなければ、髪の長さも変わらず、体型もあまり変わってなく、何も全く変わっていない。
服だけは白の布地に金の装飾が付けられた法衣と豪華になっているが、それ以外は百年前とほとんど変わっていない。
・・・限りなくありえないかもしれないが、あれは孫か曾孫かどっちかで、本当のレイラは別の場所にいてイージスを使っているとかそういう事か?
いやでも、自分の娘を死地に送るなんて鬼畜なことをレイラがするとは思えない。イージスが発動しているから安全かもしれないが、もしものことが起きてしまった場合がレイラに考えられないとも思えない。
更に言うと、なんとなくではあるが俺と魔力が繋がっている感じがするから、あの少女は俺が加護を与えた存在であることは間違いないのだ。
しかし、俺が加護を与えたのはレイラ一人だけ。
そうすれば、レイラしかないのだが・・・いやなぜ年をとっていないのだろうか?
もしかして・・・俺の加護を与えた影響で、俺の特徴の一つである不死性が若干劣化して不老性になったのだろうか?
まあ、加護を与えればスキルの他に、その神の特徴か何かが稀に引き継がれることもあるというが、それなのだろうか?
考えてもしょうがない、とりあえず今は・・・
『戦争が終わるのを待つか』
なんとか見つからないように超高空で。
えっ、戦争に介入しないのかって?そう思うだろうが、実はできない。本音で言えば今すぐ見覚えのあるあの兵士どもを、レイラ?に危害を加えようとしている馬鹿どもを【罪滅の獄炎】でこの世界から蒸発させてやりたいのだが、できないのだ。
その理由は、まさに俺の存在。つまり、神であるがためだ。
神の力は強大だ。例え一言の亜神であっても、並の生命体では勝利は絶望的。世界の調停者として支配を任せてきた龍種や、極々稀にしか産まれない原初世界の魔物ぐらいしか勝ち目はない。
まあ、龍種はともかく原初世界の魔物が生まれた場合は逆に亜神では勝ち目がなく主神級の出張が必要となるのだが。
ちなみに余談だが、【煉獄炎神プロソフィアの情熱】により授与された神器【灼砲《天穿つ朱き閃光》】に封印されている一角赤獣は、原初世界の魔物だ。
本当は魔物はその世界の人間に対処させ神々的には放置だったはずだったのだが、新米の神が神界の扉を閉めるときに一角赤獣が扉を突き破って突入してきたらしく、そのまま神界で大暴れしたらしい。
被害は一言が五柱に二言が三柱と甚大で、塔もかなりの数が倒壊したそうだ。
それにブチ切れた主神達が、罰として神器に封印され現在の形となり、それから原初世界に生まれた魔物は被害が出る前に全て神々によっての討伐が義務付けられたそうだ。
でも、その前にそんなことが決まる前に大抵の魔物は神々の手によって討伐されていたらしいが。
少し話がずれてしまったが、簡単に説明すると、神々が迂闊に世界に干渉するなということだ。
特に、後の後始末が面倒くさい人間の戦争に干渉なんかした日には、俺はまたあの部屋に篭らなくてはいけなくなる。
それに、わざわざ勝てそうな戦争に干渉する意味はない。
一応ある条件が満たされれば合法的に干渉することもできるのだが、あまり起きることではないので期待できない。期待することでもないのだが、流石にそれを奴らが行った場合、大義名分を得た俺は殺意を抑えきれる自信がない。
ぼんやりとしながら下を眺めていると、一つの不審な影が俺の目に映った。
だいたい二十歳後半ぐらいの年の男、そいつがナイフを持ちながら、レイラに迫っているのだ。
兵士の後ろに隠れながら高笑いをしている中年の男の声と、レイラの焦る様子が伝わってくる。
この状況からして・・・事前にあの高笑いをしている男が忍び込ませていた工作員か?
これはヤバイ。いくら加護を与えたといっても、どこまで行っていたとしても所詮人間。あのナイフで刺されたら、レイラの命が危ない。
『ちっ・・・しょうがねえ!』
俺は全力で降下を開始する。
この際、始末書覚悟で突撃するか、そんな考えが頭の中で渦巻き始めた頃、一つの福音ともいう情報が俺の耳に届いた。
「・・・ま・か・・・催眠魔術?あな・・・・たいり・・・・ていをわすれたの・・か!?」
「さあ!ど・・よ!その・で・女を、神敵を討ち滅ぼすのだ!フハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
爆音などが途中で混じったせいで中年の男の高笑いしか聞こえず、レイラの声がよく聞こえなかった、が、しかし、これだけで充分だ。
口元が邪悪に歪み、笑みを止める、いや抑えきることができない。
ああ、レイラに危害を加えようとせし愚か者どもよ、どうかありがとう。数少ない感謝を貴様らに捧げてやろう。
―――どうも、俺が介入できる大義名分をくれて。
音の壁を突破し、青年が振りかざしたナイフを青年の手ごと握りつぶす。
現時点でこの世界最強とも言える魔神の握力に安物の量産品ナイフごときが耐えられるはずもなく、青年の手と一緒にナイフは雑巾のように絞られる。
「ひぃっ!?」
目の前で人間の手が握りつぶされるという若干ショッキングな光景を見たせいかレイラの驚きと怯えの声が聞こえるが、今は気にしないことにしておくとしよう。
「な、なんだ貴様!?」
先ほど寝ぼけた事を抜かしていた中年の男は、狼狽した声を上げる。
ここからは、こいつとの勝負ではない、俺の心と意思との勝負だ。
如何に、殺意を抑えきれるか。如何に―――殺さないように自分の怒りを抑えきれるかどうか。
『神敵?笑わせるなよクズども。魔神に敵対するというなら貴様らが神敵だ』
さあ、その身に真の絶望を染み込ませろ。
その愚かなる頭に、魔神の恐怖を刻み付けろ。
その魂を、終焉の未来に沈ませろ。
―――魔神の凱旋だ。




